伊藤詩織氏ドキュメンタリー作に「承諾が取れていないのであれば人権上問題」「事前に確認なく公開」かつて共に闘った弁護士たちが警鐘の裏で何が…
伊藤詩織氏ドキュメンタリー作に「承諾が取れていないのであれば人権上問題」「事前に確認なく公開」かつて共に闘った弁護士たちが警鐘の裏で何が…

1月23日に第97回米アカデミー賞の候補作品が発表され、ジャーナリスト・伊藤詩織氏が監督した『Black Box Diaries』が長編ドキュメンタリー映画賞にノミネートされた。だが、史上初の日本人監督ノミネートとなった本作について異を唱えているのは、かつて彼女の民事裁判を共に闘った弁護士たち。

いったい何があったのか。〈前後編の前編〉

「上映する前に、必ず内容を確認させてほしい」と伝えるも…

伊藤詩織氏は2015年4月、元TBS局員の山口敬之氏から性暴力を受け、2017年9月、東京地裁に民事訴訟を提起した。2022年には最高裁が山口氏の上告を退け、同意なく性行為におよんだと認定し、山口氏に約332万円の賠償を命じた二審・東京高裁判決が確定している。

一方、山口氏は当時、準強姦容疑で書類送検されたものの、東京地検は2016年に山口氏を嫌疑不十分で不起訴処分としていた。伊藤氏は翌年5月に不起訴不当を訴えたが、東京第6検察審査会も同年9月、不起訴相当と議決している。

伊藤氏の初監督作品『Black Box Diaries』(ブラック・ボックス・ダイアリーズ)は、こうした出来事の渦中にある性暴力サバイバーの自身を、ジャーナリストとして記録したドキュメンタリーである。

ところが2024年10月21日、本作について内容の修正を求める記者会見が開かれた。会見を行なったのは、伊藤氏の民事裁判を担当していた弁護団のうち、西廣陽子弁護士と加城千波弁護士。

そして、伊藤氏を中傷する投稿にTwitter(現X)上で「いいね」を押した元衆院議員、杉田水脈氏を相手取り損害賠償請求訴訟を行った際の、伊藤氏側の代理人だった佃克彦弁護士。

現在、佃弁護士は、西廣・加城弁護士の代理人となっている。つまり、3人はもともと伊藤氏を護っていた人々なのである。

会見の場で3名は、裁判に際して「裁判以外に同映像を一切使用しない」旨の誓約書を交わしたうえで伊藤氏と代理人が入手した民事訴訟の証拠である「ホテルの防犯カメラ映像」が、映画『Black Box Diaries』で使われていることを明かした。「裁判以外に同映像を使用しない」という誓約書にサインしたのは、伊藤氏と西廣弁護士だ。

なぜ話し合いで解決できず、会見で公にすることとなったのか。西廣弁護士と佃弁護士に聞いた。

「伊藤氏との信頼関係が揺らいでしまったというのが発端です。振り返れば訴訟中、伊藤氏が、弁護団会議に突然カメラマンを連れてきて撮影しようとしていたことが何度かあり、弁護団が注意をしたことがありました。

後に何度か伊藤氏から映画化を示唆する話がありましたが、2021年12月に正式に、映画化の相談を受けました。その際、外に出してはいけない映像を映画で使うことがないよう『映画として上映する前に、必ず内容を確認させてほしい』と要望を伝え、伊藤氏に了承してもらいました。

しかし伊藤氏から作品が完成したという連絡はなく、2023年12月、配給会社であるスターサンズのホームページ上にて、本作がサンダンス映画祭で上映されるという記事を見つけて驚き、改めて伊藤氏に面会と説明を求めることになりました」(西廣弁護士、以下同)

西廣弁護士ら弁護団は、その面談の場で伊藤氏に「ホテルの防犯カメラ映像の使用は誓約違反であること」と、「使用するならばホテルから許諾を得る必要があること」を伝えた。スターサンズに対しても内容証明を送付すると、「防犯カメラ映像を使用しない方向ですでに対策を検討中です」とのファクスが届いた。

そのため、懸念点は払拭されたかと思っていた2024年7月、西廣弁護士は本作のメディア向け上映会が東大本郷キャンパスで行なわれることを知ったという。伊藤氏から事前に連絡はなく、このとき、主催者からたまたま連絡を受け、鑑賞することになった。

承諾が取れていないのであれば、人権上問題」

西廣弁護士は『Black Box Diaries』を鑑賞して、大きなショックを受けたと語る。

「私からすると使っちゃいけないものばかりが並んでいる感じですね。本当に自分が暴力を振るわれたような感覚になりました。

スターサンズさんには弁護士さんがいらっしゃるので、ファクスの言葉に嘘はないだろうと思っていたのですが、使わない方向で対策するとおっしゃっていたホテルの防犯カメラ映像まで使われていました」

防犯カメラ映像はホテルと誓約書を交わしたうえで、裁判証拠として提供を受けたものであるため、作品で使用する場合は別途、ホテルの許諾を得ることが必要となる。加工がなされていたとしても、それは変わらない。

西廣弁護士はそれだけでなく、本作にタクシードライバーや捜査員Aなどの映像や音声が使用されていたことも問題視している。

タクシードライバーは、2015年当時、伊藤氏と山口氏をホテルまで乗せたときの様子を証言した重要人物であり、捜査員Aは、自らのリスクを顧みず、山口氏の準強姦事件の捜査状況を非公式に伝えてくれた「いわば公益通報者ともいえる」(会見での佃弁護士の発言)人物であるという。

「承諾が取れていないのであれば、人権上問題であり、しかもそれがもはや見逃せるレベルではないと思ったので、ここも直してほしいと伝えた形になりました」

試写で本作を鑑賞後、西廣弁護士は改めてスターサンズに内容証明を送り、伊藤氏らと協議の場を設け、懸念点を伝えた。2024年7月31日のことだった。

「協議では伊藤氏側は『タクシードライバーは年配だから死んでいるんじゃないか』と言っていました。根拠は不明です。そもそもタクシードライバーは途中から、こちらからの連絡に応答してくれなくなったという経緯もあります。裁判に協力的ではなくなったという印象を抱いていましたので、きちんと許可を得る必要があると感じました。

問題の防犯カメラ映像については『ホテル側は何も言ってこない』と伊藤氏側はおっしゃっていましたが、何も言ってこないから使っていいというわけではありません。

最終的にこの日は、ホテルから許諾を得てほしいと伝え、伊藤氏も、もう一度掛け合ってみると言ってくれました」

この協議を受け、伊藤氏はホテルに再度交渉を行なったという。

しかし同年8月27日に伊藤氏から弁護団宛てに「ホテルからは許諾が得られなかった」とメールが届く。そして「新たな映像を制作し、ホテルからもらった映像ではないものを使用する」ことや「映画の中で『映像は防犯カメラを忠実に再現したものです』等の文を入れ、映像はオリジナルのものではないと注記し、公言する」ことを提案された。

記者会見を実施後、届いた2枚の内容証明

西廣弁護士側は9月2日に「提案についてはホテルの許諾を取っていただく必要がある」と返答。また西廣弁護士側がホテルに確認したところ、ホテルは伊藤氏のメールにあったように8月に「裁判以外の使用は認められない」と伝えていたことが分かった。

西廣弁護士側が9月10日に再度「ご検討結果またはご検討状況をお知らせください」と伊藤氏にメールを送ると、翌日に伊藤氏からは「現在検討中ですので、近日中にお返事させていただきます」と返信が届いたという。

追って、17日には「本件に対する対応を、これまでのチームだけでなく、法律面からも検討いたしております。対応が決まり次第、速やかにご連絡いたしますので、暫時、お待ちいただければ幸いです」とのメールが届いた。

10月2日。西廣弁護士側が「ご検討結果をお知らせください」とのメールを送ると、10月4日に、文藝春秋の代理人としても知られる喜田村洋一弁護士から「私が伊藤氏の代理人になった」「良案を模索中なのでしばらく待って欲しい」とのメールが届いたのだという。

「10月7日、こちらから喜田村弁護士にメールでお尋ねしました。当時、映画祭等で公表されている作品や今後映画館で上映される作品は、東大本郷キャンパスの試写で我々が視聴したものと異なる箇所があるかどうか。また、“良案”の回答がいつになるか、などです。しかし返信がなかったため、10月11日に再度メールをお送りしました。

10月15日、喜田村弁護士から返信があり『東大で上映された『BLACK BOX DIARIES』と同じものは、ニュージーランド、オーストラリア等の映画祭で上映されています。このとき上映された映画で用いられた映像は、防犯カメラの映像そのものではなく、背景や人物の服装などを大幅に変更しています』とのことであり、“良案”の回答期日には触れられていませんでした。

我々は防犯カメラ映像を使用する際には改変していてもホテルの許諾が必要であると考えており、そのように伝え続けてきました。しかし7月の協議から進展がないまま、“良案”の回答期日すら示してもらえなかったため、伊藤氏側の返事を待っていても現在の問題の映像が海外で上映され続けてしまうと考え、こちらが指摘した問題をクリアして皆が応援できる内容の映画を完成させて欲しいとの思いから会見に臨みました」(佃弁護士)

こうして昨年10月21日の記者会見に至ったのだという。

すると会見後、西廣弁護士側には、喜田村弁護士ではなく神原元弁護士、師岡康子弁護士から「伊藤氏側の会見の代理人」としてファクスや内容証明が届いた。

神原・師岡弁護士から届いた内容証明は2枚にわたっており、そこにはホテルの許諾を得るために「防犯カメラ映像を伊藤氏がプライバシーに配慮してCGを使って制作した」ことや「捜査員Aの声を加工・変更して使用している」ことなどが記されていた。

加えて、西廣弁護士が「記者会見において、本件映像の公開に許可が必要であること、本件映像の使用についてホテルの許可を得ていないこと、協議の内容など、職務上知り得た依頼人との秘密を承諾なしに公開している」と指摘した。

これを受け、西廣・佃弁護士は言う。

「どれほど加工していても、誓約書がある限りはホテルの防犯カメラ映像を作品に使うことは誓約書違反となります。そしてホテルは映画への使用は認めていません。ホテル側は、防犯カメラの映像を外に出したこと自体を明らかにして欲しくないのですから、映像に加工をしているかどうかは関係がないのです」(西廣弁護士)

「音声を変えるのであれば、ボイスチェンジャーで変えたりしますが、映画の中の捜査官Aの声は普通の男性の声であり、そういった加工は確認できません。仮に私たちの鑑賞したあのバージョンで音声が加工されているというのであれば、普通の別の男性の声質に変えるという狙いがよく分からないですし、伊藤氏と声が重なるところで、伊藤氏の声が変わっていない。

だとしたら彼の声も変わっていないのではと思われます」(佃弁護士)

「性被害者が声を上げられないのと構造は全く同じ」

民事裁判で伊藤氏の代理人だった西廣弁護士らが「伊藤氏の映画について修正を求める」会見を行うことで、性暴力被害者であった伊藤氏を貶めているのではという声もあるが、西廣弁護士は会見で「伊藤氏が被害に遭ったことは真実であり、そのことは紛れもなく変わらない事実。今回の話と彼女の裁判は別問題。伊藤さんへの誹謗中傷はやめてください」と訴えている。

今回の会見で気になったのは、西廣弁護士らがなぜ、「自分が直接関係しているホテルの防犯カメラの映像」の削除だけでなく、「タクシー運転手や捜査員Aの映像や音声」についても修正を求めているのか、という点だった。

「目の前で殴られている人を見たときに、そのまま通りすぎていくことができるのか。人権を擁護することが使命とされている弁護士としては、まさにそういう場面なんです。

すでに映画が世界各国で上映されていますが、当人自身は自分の顔や声などを流してほしくないと思っているであろうということを訴訟中に感じて分かっている。そんな人権上の問題を見逃していいのかという気持ちです。

私たちの会見を批判する人たちからは二言目には『本人たちはなにか言ってきたんですか』と聞かれますが、本人たちが言えるわけがありません。そんなことを言えばもっと大ごとになりますから。本人が声を上げなければそれで問題ないのかとも思いますし、それは性被害者が声を上げられないのと構造は全く同じです」(西廣弁護士)

作品は現在、「50以上の映画祭で上映され、18の賞を受賞。さらに、世界30以上の国と地域での配給が決定」(スターサンズHP内、1月23日付「NEWS」より)しているという。

後編では、作中で防犯カメラ映像を無断使用し、これまで協力してくれた人々のプライバシーが懸念される状態での映像使用に「公益性」があるのかを佃弁護士に聞く。

#2 に続く

取材・文/高橋ユキ

編集部おすすめ