〈コメ高騰〉「コメだけでは生活できなかった」年収15万弱、兼業農家の嘆き「専業なんてとても無理、息子に継げとはとてもいえない」それでも田んぼでコメを作り続ける切実な理由
〈コメ高騰〉「コメだけでは生活できなかった」年収15万弱、兼業農家の嘆き「専業なんてとても無理、息子に継げとはとてもいえない」それでも田んぼでコメを作り続ける切実な理由

「令和の米騒動」とも揶揄されるコメの流通不全による異常高値を是正しようと、政府は備蓄米の放出を決めた。不作でもないのに生じるこの命のサプライチェーン破壊の原因や背景を、総力取材で♯1♯2で詳報した集英社オンラインには多くの意見や反響が寄せられている。

中でも政府の怠慢のツケを払い続け、いかんともしがたい窮状に喘いできたコメ農家からの声は切実だ。茨城県筑西市のコメ農家・60代の男性Aさんが取材に切々と訴えた。

昔は20人ほどコメ農家がいましたが、今残っているのは4人

今、スーパーに並ぶ10キロ8000円台というコメは、消費者からすれば以前の2倍の価格帯だ。これについてAさんはこう語る。

「お米を好きで食べているみなさんには申し訳ないですが、今の価格帯5キロ4000円~4500円でようやく私らはやっていけるって感じなんです。たしかに倍くらいに高騰していますが、元々が安かったんですよね……。私は実家が農家でコメ作りにはずっと関わってきていていますが、とてもじゃないけどコメ農家だけでは生活できませんよ。

ウチの田んぼは1ヘクタールにも満たない約80アールで、1年間に130俵(7800キロ)ほどのコメがとれます。それを家族や親戚で食べる以外はすべてJAに出してきましたが、JAから振り込まれるのは12万~13万円ぐらいのもんでしたよ」

1年間の重労働の対価が15万円にも満たないともなれば、生活が成り立たないレベルでは済まない。

「田んぼを維持するために諸経費もかかりますから実質はマイナスなんです。当然コメ専業では生きていけないので私は会社員として働きながらコメ農家をしていました。かれこれ20年近く、定年退職するまでは土日やゴールデンウイークなどの連休を利用して田んぼの手入れをしていたので、本業の会社勤めに支障は出ませんでした。

田植えと稲刈りの時期だけ3日ほど休みをもらうことはありましたが、ほかの仕事との両立はできるんですね。

実際に田んぼは赤字ですから会社員として働くことは重要でした。毎月の給料からコメ作りのためにお金を持ち出してやっていたわけです。

今は年金で生活していますが、年齢的にも田んぼはあと6、7年しかやれないかなと思っています。息子がいますが、とてもじゃないけど『コメ農家を継げ』なんて言えません。ウチの近所には昔は20人ほどコメ農家がいましたが、今残っているのは4人。しかも、全員が兼業農家です。それほど割にあわないコメ農家を自分の息子には勧められませんよ」

「コメの買取価格が上がっても肥料代や燃料代も上がってるし」

「米騒動」を経てJAの買い取り価格も上がったが、並行して肥料代や燃料代も高騰している。

「この地域でのJAのコメの買取価格は30キロ7500円~12000円になりました。倍近くは上がりましたね。ただ肥料も2500円から4500円に値上がりしているし、燃料代も高くなっているので大して儲けはありません。今年は口座に40万円程度振り込まれていたんで『ああ、ようやく少し利益が出る』ってくらいのもんです。

JAを通しているコメ農家は肥料や燃料などすべてJAで用意してもらい、 作ったコメを納めます。販路のことを考えずに生産に専念できる一方で、買い取り価格が安価なことに加えて、他にもいろいろとお金を引かれます。

例えばできたコメを家まで引き取りにきてもらうと、1俵100円とか取られるし、コメを保管してもらうのにも3000円とかとられるんですよ」

口座に振り込まれるのは、そうした経費を差し引いた額だ。Aさんは通帳でそれを確認する度に、がっくりとうなだれてきた。

「会社組織で農業をしてる人たちはだいたいは独自の販路でさばくんだけど、一部はやっぱりJAに納めるんですよ。私らみたいな個人の農家はもちろんのこと、JAに納めた実績がないとJAから冷遇されるんじゃないかと懸念があるんですよ。だからほとんどの人が肥料もJAを通して購入しています。

実際に何か冷遇されることはないのかもしれませんが、そんな空気感があるんです。去年の新米の時期にはJAの担当者も『コメの集まりが悪い気がする』とボヤいていましたが、個人だろうが会社だろうが高く買い取ってくれるところがあればそちらに売っているんだと思いますよ。

ただ、極端に例年と比べてコメの量が減るとJAに『何でこんな少ないの?』と思われるので、まだ遠慮がちにやっているという感じなんでしょうけど。まあ、個人のコメ農家は今後も減る一方で、もう大きいところしかやっていけなくなるでしょうね。

会社単位でやっている大きなところは国からの補助を受けているところが多いですが、個人では補助の対象になる条件を満たすのが現実的ではなく、補助は受けていません。なので、農機具だって高いから買えませんわ。だから農機具メーカーも個人農家のところには顔も出さなくなっています。

このまま個人農家が減少していけば、最後はJAが自分たちでコメを作るようになるんでしょうね」

このまま暑くなっていったら、いつか関東でコシヒカリは作れなくなる

小規模農家や兼業農家を庇護する一方で、その“みかじめ料” で食ってきたJAも、もはや安穏とはしていられない時代になったということか。

「個人農家はこのままではなり手がいなくなる一方だし、JAより高く売れる販路があればみなそっちで売るでしょう。そうしたらJAも今のやり方ではやっていけないですからね。備蓄米の放出に関しては、一時的に価格を押し下げたとしても根本的な解決にはならないだろうし、私はコメ騒動以前にだんだんとお米の生産量が落ちていることも問題だと思っています。

特に関東圏はここ数年、異常気象で記録的な暑さが続き、年々コメ作りがしづらい環境になってきています。私はコシヒカリを作っていますが、このまま暑くなっていったらいつか関東でコシヒカリは作れなくなるとも言われていますから。

だから最近は北海道で米作が盛んになっているんですよ。暑いとカメムシが大量発生して養分を吸われてダメになるし、コメ粒の大きさや形がバラバラになったり白濁してしまうんです。暑さに強いコシヒカリの品種の研究もされてはいますけどね」

それでも農家を続ける理由は…

Aさんの話を聞けば聞くほど、コメ農家を取り巻く現状は厳しく、明るい未来の兆しも感じられない。そして、それは消費者にダイレクトに跳ね返ってくる。

「コメ農家が割に合わないのもたしかだし、一方で今のお米の価格が消費者にとって高いっていうのも事実なんですよ。我々から見れば今までが安すぎたって話ではあるんですが、ある年金生活者の知人は『コメが高くなったから最近パスタばかり食べている』とこぼしていましたよ。何か根本的に手を打たないと変わらない時期にきてるんだと思います。

私自身も、利益もろくに出ないコメ農家をやり続ける理由は、田んぼを放置しておくわけにはいかないという一心だけです。手入れをしなければすぐに雑草や木で荒れていくので、周りの方にも迷惑をかけてしまいます。どうせ手入れをするのならコメを作ろうって、そんな感じなんです。だから代わりにやってくれる人がいれば、田んぼも貸したいぐらいですよ。現に畑も持っていたのですが、畑はもう貸していますから。私の周りはそんな感じの人が多いですね」

降ってわいたコメ騒動や異常高値も、ふたを開けてみれば農業の構造的な問題を国が放置してきたからにほかならないことがみえてきた。

貧困家庭が増えて子どもたちが満足に食事を摂れなくなったのはなぜか。民間に“子ども食堂”なる不思議な食事提供施設が増えたことを美談とするニュースが流れ、フードロスを拡大連鎖するコンビニ弁当やおにぎりを“補給源”にすることを「普通」にした文化とは何なのか。

「根本的な対策が急務」というAさんの懸念が、もはや笑ってごまかせる個人の意見レベルでないことを、政治家や官僚は思い知るべきだろう。

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取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班

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