咳、喉の痛み、口内炎…傷ついた粘膜の修復をもっとも得意とする医薬品にも匹敵する食材とは
咳、喉の痛み、口内炎…傷ついた粘膜の修復をもっとも得意とする医薬品にも匹敵する食材とは

「お砂糖代わりにはちみつを甘みに」という人もいるだろう。じつは、はちみつはたんなる甘味料ではない。

古代エジプトの古門書や古代中国の薬学書の中にもはちみつの薬効が記述されている。純粋なはちみつは各種ビタミンやミネラル、酵素、抗酸化物質の宝庫で、日本でも薬局方の医薬品として流通するものが存在する。

ベストセラーの書籍『新装版ひとさじのはちみつ 自然がくれた家庭医薬品の知恵』より一部を抜粋・再構成し、はちみつの秘める力を解説する。

場所や時代を超えた、はちみつへの熱い想い

女ミツバチ1匹が一生働いてできあがる美味なひとさじは、大家族を養っていかなければならないハチたちにとって貴重な食料だ。だがそれは私たち人にとっても、味覚の愉しみを超えて、この上なくありがたい恵みである。

日々の体調を整えるのに、寝る前のひとさじがどんなに役立つかを、私自身も体験的に実感するようになって久しい。

はちみつは昔から健康、長寿の鍵とされてきた。

古代エジプトの古文書でも、インドの伝統医学「アーユルヴェーダ」でも、はちみつは医薬として扱われていて、さまざまな処方が伝えられている。

古代ローマの大博物学者プリニウスの著述の中にも、はちみつを常食する養蜂家がたくさんいる村には、百歳を超える長寿の人がとっても多いというくだりがある。納税台帳の記録によると、なんとローマのその地域(アペニン山脈とポー川の間)には、百歳どころか、135歳以上の人だって、ひとりやふたりではないというのだ*1

ところ変わって中国の薬学書の中で最も大部で重要なものとされる明朝の『本草綱目』でも、「十二臓腑の病に宜しからずというものなし」と、はちみつは、眼病、皮膚病、呼吸器、消化器なんでもござれ。ほぼ万能薬認定の勢いだ。

まあ、120を超えて生きるとか、万病を治すとか、はちみつのびんを握りしめてそこまで怖れ知らずの野心を掲げようと思わないにしても、現代になって、科学的に成分が分析される結果などを見ていると、歴史上のはちみつ讃歌にも、いろいろうなずける点があるかも、と思えるのもまた確かだろう。

なにしろはちみつは、各種ビタミンやミネラル、酵素、抗酸化物質の宝庫で、真菌や細菌に対する抗菌力もめっぽう強い。

明治期に始まった日本薬局方*2にも指定され、今でも薬局方のはちみつというものが医薬品としてちゃんとあるし、それは栄養剤としての他、口内炎や口角炎に効くとされている。

そんな歴史をあれこれ考えたら、はちみつを単なる砂糖代わりの甘味料や嗜好品と思う人が多くなってしまっていた昨今は、人類とはちみつの歴史の中では、もしかすると例外中の例外なのかも、とさえ思えてくる。

効用のあるはちみつの条件

はちみつが、世の中で「お砂糖代わり」のような扱いになりかけた理由は、もしかすると、純粋はちみつではない加工はちみつが大量に出回ってしまい、本来の良さが伝わらなくなってしまったことと関係あるのかもしれないという気もする。

精製、加糖、加熱などの加工をされたはちみつには、巣のかけらなどの不純物を濾過しただけの天然の純粋はちみつが持つ医薬品としての効能などはほぼ期待できないし、栄養価も大きく損なわれているからだ。

たとえば、栗やそば、菩提樹(シナノキ)など、色が濃くて風味の強いはちみつほど、鉄や銅などのミネラルが特にたっぷり含まれていて、造血作用が豊かとされている。健康的なはちみつなので、ドイツやフランス、朝鮮半島などでは昔から人気が高いが、日本やアメリカではあまり好まれず、脱色脱臭精製してミネラルを取り去ってしまってから、製品として使うことも多いらしい。

でも、白パン白米全盛の時代を経て、今では日本やアメリカでも全粒粉のパンや玄米が人気になってきたから、黒いはちみつのファンもそのうちだんだん増えてくるかもしれず、はちみつ精製の状況も変わってくるかも、と期待をこめて思ったりする。

また、純粋なはちみつの場合、働きバチが花の蜜を集めてくるだけで、はちみつになるわけではない。ハチは運んできた蜜を巣に帰ってから吐き出して唾液の酵素と混ぜ、それを受け取る係のハチに引き渡す。

蜜の蔗糖はハチの持つ酵素でブドウ糖と果糖に分解されるのだ。花蜜は巣房に詰め込まれるが、働きバチの姉様たちは、せっせと羽ばたいて水分を飛ばし、蜜を濃縮していく。十分に濃縮されたらその後巣房はふたをされ、その中でゆっくり時間を過ごした蜜は次第に熟成されていく。

だが、早く製品にしたいからと自然の摂理を待ちきれず、急いで収穫したはちみつは完成しきっていないので水っぽい。

そこで、濃度を上げるために水あめや、「人工転化糖」(蔗糖をブドウ糖と果糖に人工的にせたもの)を混ぜた「加糖はちみつ」、水分を飛ばすために加熱した「加熱はちみつ」が作られるというわけだ。また、かさ増しのために水あめなどが加えられることもあるだろう。

いずれにしても加工はちみつの場合、他のものを加えたり加熱することによって、本来持つ栄養素の分量が減ったり変質してしまっていて、古来ほめたたえられてきたはちみつのめざましい効能は、見るかげもなくなってしまっているのである。

だから、はちみつを美味な「薬」として使おうとするなら、精製や加糖、加熱のない、天然の純粋な生はちみつを選ぶことが、まずは基本と言っていい。

ひとさじのはちみつを摂るのにベストな時間

お気に入りのはちみつが手に入ったら、はちみつ用のスプーンをそろえるのも楽しい。「これ!」という一本を決めてもいいが、毎日のことだから、気分によって使い分けて遊ぶのも悪くない。

金属がはちみつにふれると変質するので、必ず木のスプーンを使った方がいいと言う人もいる。はちみつは酸性なので、確かにアルミのスプーンなどは避けた方がいいかもしれない。

私は木やガラス、陶器などのスプーンも使うが、長めの薬さじを使ってはちみつをなめるのも大好きで、ステンレスなら大丈夫と思うことにしている。いずれにしても「このひとさじで元気になる」と思いつつ、なめるはちみつの美味しさは格別だ。

医薬品としてのはちみつの一番の得意分野は、傷ついた細胞、特に粘膜の修復だ。

そこで考えてみると、からだが細胞を修復させ、新しい細胞を生み出す時間帯は、夜の10時から午前2時までだという(だからその時間によい睡眠を取ることが健康や美容の秘訣であるとは、よく言われることだ)。

だとすれば、喉が痛いときも、胃の調子がよくない場合も、「寝る前に、はちみつを患部にぬりのばすつもりで、ゆっくり飲み込んでから休めば回復が早い」というのは、わかりやすい自然の理と言っていいだろう。

最近は、市販の咳止めシロップより、ひとさじのそばはちみつの方が、よく効いて眠れる可能性が高いという論文もあるほどだ*3

喉が痛いときや咳が出るときなどは、上を向いてゆっくり頭をまわし、はちみつが喉の患部に当たるように意識しながら時間をかけて飲み込む。はちみつが当たったところは湿布を当てたかのようにひりひりとして、「ああ、きくきく!」という感じである。

寝る前に歯を磨いたそのあとで、はちみつみたいな甘いもの、なめちゃって大丈夫なの?と思われるかもしれない。ところがどっこい大丈夫などころか、はちみつを口中に広げることが、虫歯や歯周病の予防になるという*4

これは昔ながらの使い方のようなのだが「甘いものはみな歯に悪い」と思い込んでいたから、初めて知ったときには、私もたまげた。

実際、「歯磨き後、寝る前のひとさじ」を始めてみると、朝起きたときの口の衛生状態が格段にアップしていることに、すぐ気づくと思う。

はちみつを寝る前に摂るといいもうひとつの理由は、はちみつに鎮静作用があり、ストレスを取り除く安眠剤でもあるからだ。はちみつの主成分がブドウ糖や果糖などの単糖類*5なので、これ以上消化する必要がないから胃に優しく、すぐに吸収されて頭にもからだにも速効の疲労回復剤となるのが大きいのだろう。

今日のひと口の蜜源となった花が咲き群れ、ハチたちが飛び回っていたのはどんなところだろうと想像する間に、一日の緊張はゆるりとほぐれ、ビタミンやミネラルがからだにしみこんでいく。

昼間の戦いを終え、傷んで疲れた細胞が癒やされ、慰められていく様子を思い浮かべつつ、ハチの羽音を聞き、あたりを満たす花の香りに包まれ、口中の甘い後味を楽しみながら、そしていつしか……。

ZZZ……と穏やかなときが訪れるのである。

図/書籍『新装版ひとすじのはちみつ 自然がくれた家庭医薬品の知恵』より
写真/shutterstock

脚注
*1 プリニウスが納税台帳で人々の寿命を調査したとき、養蜂家の長寿に感心したのは確かなようだが、中には150歳を超える記録もあったとされる。はちみつだけでなく台帳管理の鷹揚さも手伝った可能性は否定できないのでは……。

*2 生薬、製剤、試験法などの基準を定めた医薬品の規格書。国、地域ごとに制定されている。「日本薬局方」初版は、1886年(明治19年)に公布され、2025年現在、第18改正日本薬局方が公示されている。

*3 「咳をする子どもとその親の睡眠の質に及ぼす、はちみつ、デキストロメトルファン、無治療の場合の効果の比較」。2007年にアメリカで発表された研究論文。主要参考文献 Paul, I.M. et al. Effect of honey, dextromethorphan, and no treatment on nocturnal cough and sleep quality for coughing children and their parents. Archives of Pediatrics and Adolescent Medicine. 2007;161(12):11 40-46.

*4 「はちみつで歯を磨こう」『新装版ひとすじのはちみつ 自然がくれた家庭医薬品の知恵』(第4章)

*5 それ以上分解されない糖類

 

これまでに専門的な研究によって一般的な安全性や効用が発表され、広く確認されてきた素材やその活用法について、著者の経験を合わせながら紹介しています。しかし、どんなに安全性が高いとされる素材も、全ての人に相性がよいということはありません。「自分との相性」を注意深く確かめながら、自己判断の上で、活用するようにしてください。

また、はちみつは、幼児の発達と健康に大変よいとされているものの、過去にはちみつの中にボツリヌス菌が見つかったことがあることから、腸内細菌叢が未発達な1歳未満の乳児には与えるべきではないとされています。

新装版 ひとさじのはちみつ 自然がくれた家庭医薬品の知恵

前田京子
咳、喉の痛み、口内炎…傷ついた粘膜の修復をもっとも得意とする医薬品にも匹敵する食材とは
ひとさじのはちみつ 自然がくれた家庭医薬品の知恵
2025/2/131,650円(税込)216ページISBN: 978-4838733125

いま、ふたたび大注目!
あらためて頼れるのは
ひとさじに秘められた
はちみつのケアパワー


2015年に発売してたちまちベストセラー
となった『ひとさじのはちみつ』に
新しい情報を加えた新装版が登場。


強い抗菌力を持ち、吸収されやすいビタミン、
ミネラル、エネルギーをたっぷり含む
はちみつは、まさに“天然の栄養爆弾”。
咳や、のどのイガイガ、不眠、
目の疲れ、乾燥・肌荒れなど
身体のさまざまなトラブルの心強い味方。
免疫力強化にも効力を発揮します。

*本書は2015年に発行した『ひとさじのはちみつ 自然がくれた家庭医薬品の知恵』の新装版です。新装版の制作にあたり、脚注など一部を加筆修正し、巻頭カラーページ「おいしいおうち薬局の作り方」を新たに加えました。

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