
ドジャース一塁コーチのクレイトン・マクラフは、大谷が「俊足」で「ストライドが大きい」ことは知っていたというが、彼がこの強みを試合に持ち込むことにこれほど貪欲だったことは24シーズンまで知らなかったという。脚力だけではない、大谷の非凡な盗塁術とは?
現地のドジャース番記者が綴った『SHOーTIME 3.0 大谷翔平 新天地でつかんだワールドシリーズ初制覇』より一部を抜粋、再構成してお届けする。
盗塁のための緻密な準備
大谷翔平が2024シーズン全体を通して一刀流選手となることが明らかになって以来、2025年の投手復帰に向けたリハビリは進めながらも、彼の時間・技術・肉体的資産は、打者の部分につぎ込まれることとなる。
そうすれば、あれだけのパワーとスピードを兼ね備えた男がとんでもない数字を出すであろうことはある程度、予想がついていた。
大谷は2021年、まだエンゼルス所属だった際にキャリアハイの46本塁打を放ち、自身初となるMVPに選出された。だが、同年に喫した三振は189に達し、打率は.257とそれほどでもなかった。間違いなく、この年以降の彼は打者としての成長と飛躍を遂げた。
2023年に二度目のMVPに輝いたシーズンにおいて、大谷は44本塁打のかたわら打率も.304と大きく引き上げ、三振率は2021年の29.6から23.9と大幅に減少した。当然ながらこの両年の記録は、ドジャースに集結するような強力な打撃陣の支援がないエンゼルスで達成したわけである。
「ショウは自発的に動き始めるタイプだから、周りがどうとかはあまり関係ない気がするね」
ドジャースとエンゼルスの組織的な違いについて問われ、慎重に自身の見解を述べたのは打撃コーチのロバート・バンスコヨクだった。
「ああいう選手はどこのチームにいても打っていると思う。もちろん、今後も長い付き合いをしていくわけだから、ところどころ助言をすることはあると思うよ。
『今のお前さんはこうなってるぞ。こうすればもっとよくなるんじゃないか』くらいは言うと思うし、こういうやりとりをちょくちょく続けていけば、コーチとしてもやりやすくなるんじゃないかな」
大谷は4月終わりの時点ですでに7本塁打を放っており、5月にはさらに7本を量産した。6月には先頭打者となってさらに活躍が加速し、オールスターの休みまでに29本塁打を叩き出していた。
大谷が健康体でいさえすれば、2001年にドジャースの球団史上シーズン最多本塁打を記録したショーン・グリーンの49本という記録は、完全に射程圏内に入ると目された。
大谷の長打力は誰の目にも明らかだったが、ドジャース加入後1年目でチームのメンバーたちがもう1つ驚かされたことがあるという。
「塁間を走るスピードだよ」
アシスタント打撃コーチのアーロン・ベイツが指摘した。
「あんなに足が速いとは知らなかった、もちろん素質があるのは知っていたけど。走っている様子は、まるでカモシカだね」
「相手投手のクセ」を盗む優れた嗅覚
ドジャース一塁コーチのクレイトン・マクラフは、大谷が「俊足」で「ストライドが大きい」ことは知っていたという。だが、2024シーズンに入るまで気づかなかったのは、大谷がどれほどこの強みを試合に持ち込むことに積極的かということだった。
「もうスプリングトレーニングのときから始まっていたんだ。オフ中から多くの時間を割いてストレングス&コンディショニングコーチのトラヴィス・スミスと共同で走り方のメカニクスを修正していた。どうすれば最大限に加速できるのかと。ここがいちばん重要な点だった。
つまり、『もともと脚は速いんですが、どうすれば最初の10フィートをもっと速く走りだせますかね?』みたいな感じだよ。いちばん大きな違いの出る部分だからね。どうすればもっと速く加速できるのか?当たり前だけど、彼は巨体だから、いろいろなパーツを動かさないといけないんだ。
そういった研究の結果、心地よい組み合わせみたいなものがだんだんわかってきて、スプリングトレーニングからシーズンを通して、なるほど、これなら帰塁も盗塁も両方できる、対戦投手の〝クセ〟もわかってきた、そういうことじゃないかな」
同コーチによると、大谷はそんな「相手投手のクセ」を盗む点でも非常に優れた嗅覚を備えているのだという。
「たくさんのビデオを見ているし、すごく研究しているよ」
マクラフの任務の1つに、そんな相手投手のクセを研究して見抜くことも含まれている。
「牽制と投球のクセの違いなんて、本当に微々たるものなんだ。3連戦に入る前には必ず時間をつくって相手投手のクセを研究するのだが、お互いに協力してクセをみつけて試合前には復習するよ。動画を何回も見て、『おい、この投手のクセはこれだ。見えるか?』みたいなやりとりをするわけさ。
ときには投球のクセがあまりにもくっきりと出ていて、『この動きが試合中に出たら、そのまま走っていいぞ』ということもある。
ときには、タイムを計っていけるかどうかを判断することもある。『どうだ、この投手と捕手の組み合わせで(送球の速度は)X秒だけど、それより速く二塁に行けるか?』とかね」
エンゼルス時代の大谷と一緒に野球をしたことがないので、マクラフはこのようなやりとりが以前あったのか、それとも2024年から始まった独自の試みなのかはよくわからない。だが、いくつか確かなこともある。
「あの男に限っては限界を決めてはいけない」
2023年の規則変更により盗塁が激増した。塁の大きさそのものが拡大化されて、投手の牽制球が1打者につき2球までに制限された。これにより2023年の総盗塁数は1987年以降で最多となった。
それに加えて、大谷が2024年に一刀流選手として試合出場することになり、攻撃のみに専念することで盗塁も増えるだろうという期待はたしかにあったとマクラフが語った。
「彼のなかで2024年は攻撃に専念するわけだから、盗塁を増やそうという意識はたしかにあったと思う。登板後のリカバリーや、登板中の疲労を考えなくていいのだから、以前よりもっと走ろうという感覚はあったんじゃないかな。
そういう意識づけがあいつの思考のなかで大きな部分を占めていたのではないか。具体的な数字とか目標があったのかどうかはわからないけどね。
シーズン中に数多くの人たちが私に聞いてきたよ。彼はいくつ盗塁できますかね、と。私はあの男に限っては限界を決めてはいけないと思っているんだ。ただいえるのは、ショウが試合前にどれほど準備に時間と労力を割いているのかということだよ。
やっていることすべてに当てはまることだけれど、彼が事前に膨大な時間を割いて研究をしていることだけは覚えておいてほしい」
文/ビル・プランケット 訳/タカ大丸
SHOーTIME 3.0 大谷翔平 新天地でつかんだワールドシリーズ初制覇
ビル・プランケット (著)、タカ大丸 (翻訳)
しかし、開幕早々に襲いかかった悲しい大事件――。
いったい、大谷翔平は、どのようにしてメンタルとフィジカルを保ち、50―50というMLB史上初となる歴史的偉業と、悲願のワールドチャンピオンを獲得するに至ったのか。
現地のドジャース番記者が、かずかずのチームスタッフ、選手たちの証言によって明かす、生きる伝説・オオタニショウヘイの真実の肖像!