ロンドンに移住した小袋成彬が日本のメジャーレーベルから離れて“超DIY”な環境に身置いたワケ 「コンフォートゾーンから抜け出さないと…」
ロンドンに移住した小袋成彬が日本のメジャーレーベルから離れて“超DIY”な環境に身置いたワケ 「コンフォートゾーンから抜け出さないと…」

2018年、宇多田ヒカルのプロデュースでメジャーデビューを果たしたミュージシャン・小袋成彬。ロンドンへ移住し、2023年にはソニーとの契約を更新せず独立。

ゼロから音楽を制作しながら、世界の変化を見つめ続けている。メジャーを離れた彼が、ロンドンで何を感じ、どう生きてきたのか。〈前後編の後編〉

俺と話したことない人が俺のことを信奉してる状態って、いびつじゃないですか?

──海外移住では言語の壁にぶち当たって塞ぎ込むという話を聞きますが、小袋さんはいかがでしたか。

小袋成彬(以下同) 言語力のなさを痛感することはあれど、塞ぎ込むことはなかったです。カフェの店員と少しずつ話せるようになったとか、今日はこの言い回しができたとか、友だちが言ってることが今まで以上に理解できるようになったとか、少しずつレベルがあがっていくのが楽しかった。

小さな積み重ねが自己肯定感にもつながっていった気がします。

──短い期間ではあるものの、仮想通貨での投資も楽しんでいたとか。

のほほんと生きてたら危ない。制作費は稼がないと。

ずいぶん昔に買ったイーサリアムが知らない間に高騰してたので、仮想通貨バブルを感じて「じゃあ自分のポートフォリオにいれておこう」みたいな(笑)。

自分は資産家になりたいとか、音楽でめちゃくちゃ稼ぎたいという欲はないんですけど、割と安定した中で不安定を楽しみたいタイプなので。とはいえ、儲けたかったらもっと頻繁にアルバムをリリースして、ライブをたくさんやってると思います。

──移住してからは毎週ジャズ・セッションに参加しては楽器を演奏していたそうですね。

歌は歌わず……?

無理ですよ(笑)。英語が難しいのもあるけど、日本語でも嫌かも。バーではみんながオープンマイクで歌ってるんですけど、自分のキャラではない。周りが盛り上がってるのを聴くのは好きだけど、歌うのはちょっと......正直、ステージも好きじゃないです。

──ライブ、好きじゃないんですか。

やれば楽しいし得意な方だと思いますけれど、居心地の悪さを覚える瞬間がある。

例えば「この歌声は、多くの苦難を乗り越えたが故に出るものだ」みたいな眼差しを向けられると、「そんなことないんだけどな」と思っちゃう。

俺もディアンジェロの音楽は好きだけど、ディアンジェロと話したことないし、どんな人間なのかはわからない。音楽が好きなのはわかるし嬉しいけれど、それが個人に対する感情と結びつくのは違うかなと。俺と会ったことない人が俺のことを好きになったり嫌いになったりするのって、不思議な状態じゃないですか?

そう言いながら、最近は「アルバム作ったから聴いてね、ライブやるから来てよ」と発言してるんですけどね。我ながら相当勝手だと思います。

ライナーノーツの制作で聞かれた「どこの即売会に出しますか?」

──新刊『消息』でもつづられていましたが、小袋さんは5年在籍したソニーとの契約を更新せず、独立されたそうですね。どういう経緯があったのでしょう?

レコード会社の基本的な契約はLP・CD 時代に作られたものなので、現在の音楽ビジネスの現状とは乖離のある条件が残っているんです。

契約したときは自分にも経験値がなかったから、そういう歪みが理解できていなかったのですが、明らかに今の時代にあっていないと思うようになりました。契約の見直しができないかと掛け合ってみたものの、絶対に変えられないと言われてしまって……。

スタッフの皆さんはすごく優しいしお世話になったんですけど、独立の道を選びました。今はCDのディールだけソニーに委託して、基本的な権利は全部自分が持ってます。

1月にリリースしたアルバム『Zatto』は全部自分で作りました。参加してくれてるアーティストのブッキングはもちろん、ミキシングもYouTubeで勉強しながらまずは自分でやってみました。

凝ったライナーノーツも制作して、同人誌の印刷業者に発注するぐらい超DIY。業者から「どこの即売会に出しますか? サークル名は何ですか?」と聞かれましたからね(笑)。こんなことソニーにいたら絶対できなかっただろうなぁ。人生で初めて達成感を得てるのが今かもしれない。

──ロンドンでの生活で世界情勢についても考える機会が増え、エッセイではガザやウクライナに対する想いもつづられています。一方で、世界はトランプ政権の復活など揺り戻しも起きています。

こうした社会をどう捉えてますか?

俺がいる場所は本当に局所的で、自分と真逆の考えを持つ人がメジャーであることを実感しました。俺は世の中の9割9分のことを知らなくて、それを自覚しないといけないと思ってます。自分と違う意見を持つ人の話をもっと聞いていきたい。

グローバルな問題だけでなく、生まれ育ったさいたま市にも、ロンドンにもいろんな課題があるし、意見の衝突がある。自分はいろんな粒感の話を聞ける立場だから、常に耳を傾けていきたいです。

自分にもきっと偏見があるんだろうけど、人種や見た目で人間を判断せずに、眼球の奥だけを見て人付き合いをするようにしている。

文章を書いてると、自分の中の偏った目線に気づいて、気持ち悪くて全部消すこともあります。

どうやって歳を重ねたいのかは、まだ模索中

──最近は嫌いなものが少なくなったそうですが、ご自身の中で変化があったのですか?

少しは大人になった……のかな。「自分探し」は大木を渡されて「 1 個あんたの彫刻作ってください」と言われるようなこと。そんなときにまずやるのはナタでぶった切ることだと思うんです。若いときは、例えば「俺はドレイク嫌い」「テイラー(・スウィフト)聴かない」みたいな感じで、あれこれ否定することから始まる気がします。ドレイク……聴きますけど(笑)。

次第に削る部分が少なくなってくると、今度はヤスリで磨いていく状態になる。

今の自分はこの段階で、切り捨てたい気持ちが湧かなくなってるように思います。

とはいえ、出来上がった彫刻が気に食わなくなって、それ自体を切ってまた最初からやり直す可能性もあります。人生で作れる彫刻はひとつじゃなくてもいいから。どうやって歳を重ねたいのかは、まだ模索中。

──ロンドン以外の他の場所で暮らすとか?

ありますね。ロンドンに住んで丸5年が経って、友だちと話す内容もだいぶ固まってきたなぁという感覚はあります。

この前、ブリストルでDJしたときは、自分の出番が終わったら若者グループが「DJよかったよ」と話しかけてくれたので、いろいろ話したら彼らが「住むならロンドンよりもブリストルの方がクールでしょ」と言ってくる。以来「そういう選択肢もありだな」と考え始めてます。ロンドンに固執しなくてもいい。

──新しい環境を変えたらやる気が出るかもしれない。

そうかも。環境を変えないと「これからやりたいこと」って出てこない。

コンフォートゾーンから抜け出さないとやる気が出てこないから。俺は、やる気だけはずっとあるようにしていたい。

※取材は3月23日に発表されたさいたま市長選挙への立候補前に行われた。

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取材・文/嘉島唯 撮影/マスダレンゾ

消息

小袋 成彬
ロンドンに移住した小袋成彬が日本のメジャーレーベルから離れて“超DIY”な環境に身置いたワケ 「コンフォートゾーンから抜け出さないと…」
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2025年2月27日1980円(税込)160ページISBN: 978-4103560319雑踏に転がる新時代の言葉。最注目のミュージシャンによる初のエッセイ集! SNSから距離を置き、エッセイを書くことで、自己と対話していたーー。1stアルバム「分離派の夏」で話題沸騰の最中にイギリスへ移住した。直後にコロナ禍に襲われ、戦争が始まり、虐殺がつづいている……時代の大きなうねりの渦中だから見出せた、価値観と最強の武器。明るい未来へのヒップでグルーヴィなガイドブック。
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