
今年の春、Xで「年寄りに家貸してくれる家主探せるもんなら探してみ?」といった投稿が大きな反響を呼んだ。実際のところ、高齢者が賃貸住宅を借りられない問題はどの程度深刻なのだろうか。
民間の多くの不動産会社では、高齢者は門前払いレベル
「高齢者は物件を借りにくいというレベルではなく、民間の不動産会社では借りるのがほぼ不可能。相談を聞いてもらえるだけでもラッキーで、不動産会社によっては門前払いのような状態が実情です」(後藤氏 以下同)
不動産コンサルタントの後藤氏によると、高齢者の賃貸物件を取り巻く状況は深刻であり、とくに65歳あたりから厳しくなりはじめ、年を重ねるごとに入居が困難になるという。
賃貸審査では社会とのつながりが重視され、配偶者や子どもの有無、職業などが重要な判断材料となる。64歳までは雇用延長制度により就業している場合が多く、滞納リスクが低いため比較的入居しやすいが、64歳以下でも年金収入のみの人の場合は入居が厳しい状況にある。後藤氏のもとには、高齢者の切実な声が寄せられている。
「親とは疎遠で、子どもはおらず、兄弟も入院していて保証人にも身元引受人にもなれません。不動産会社を15軒回っても物件が見つからず、途方に暮れています」
物件を貸せない主な理由として、孤独死のリスクや家賃滞納の懸念が挙げられる。これらは広く知られている背景だが、実際には高齢者特有のトラブル発生を懸念する不動産業者も多いようだ。
「頻発するのが、ゴミ問題。ゴミを捨てるのがおっくうになり部屋にため込んでしまった結果、部屋がゴミ屋敷状態となり、強い臭気や大量の虫が発生しているケースもあります。認知症がある場合には、共用部での排泄や夜中の奇声といった問題行動も見られます。
注意をしても電話に応答がない、あるいは一方的に切られてしまう。『なぜそんなことをしなければいけないんだ』『自分の部屋で歌を歌って何が悪いんだ』といった反論を受けることもあります。これらの事例には、認知症の自覚がないケースも含まれているでしょう。
不動産業者間でこうしたトラブル事例が共有され、結果として高齢者の入居を避ける傾向が強まっています」
こうした高齢者特有の問題への対応責任は管理会社や賃貸オーナーが負うことになり、近隣住民からのクレーム処理も求められる。貸主が高齢者に物件を貸したいという意向があっても、リスクの大きさから現行のシステムでは躊躇せざるを得ない状況といえるだろう。
入居者死亡のネット情報とトラウマは消えにくい
また、現代では入居者の死亡が物件におよぼす影響は甚大だ。
死亡事案があった物件の情報はウェブサイトで公開されることがあり、マンション名を検索しただけでその事実が表示されるようになることもある。その結果、物件価値が低下する可能性があるため、多くの賃貸オーナーが高齢者の入居を避ける要因となっている。さらに、高齢者の死亡事案はオーナーに対しての経済的な影響があるだけでなく、現場におもむく管理会社にとっては心理的なトラウマになる可能性もある。
「部屋の中から電気やテレビの音は聞こえるものの応答がなく、ドアが内側から施錠されているような状況に遭遇すると、管理会社の担当者は最悪の事態を想定して身が縮む思いをします。
とくにその状態が数日続く場合は、不安も増大します。このような場合、管理会社は単独での入室ができません。連帯保証人である遠方在住の子どもが仕事の都合で戻れないことがあると、警察立ち会いのもと入室することになります。
実際に亡くなっているケースもありますが、単に足が痛くて動けなかっただけということもあります。高齢の入居者が無事だった際に、管理会社が安堵から涙を流した話も聞きますね。亡くなった方の遺体を一度でも目にした経験による精神的なショックは、なかなか消し去ることができないものなのです」
住める場所が限られる、住宅セーフティネット制度
一般的な不動産物件は極めて借りにくい状況にあるが、他の選択肢も存在する。ただ、選択肢の一つである都営住宅は、入居募集は年に数回のみで競争率が高く、必ずしも抽選に当たるとは限らない。UR賃貸住宅は入居のハードルが比較的低いものの、家賃水準が高いため、入居可能な層が限られている。
こうした高齢者の賃貸住宅の課題の解決を目指しているのが、2017年にスタートした「住宅セーフティネット制度」だ。この制度では、高齢者や障がい者、低所得者などの「住宅確保要配慮者」の入居を拒まない住宅を提供している。
賃貸オーナーが物件を登録すると、国や自治体からの登録協力報奨金や改修費の補助を受けられる可能性があり、空室対策や社会貢献にもつながる。物件はセーフティネット住宅情報提供システムから検索できる。
住宅セーフティネット制度は高齢者の住宅問題の解決策として期待されてきたが、2017年から運用されている現行制度にはいくつかの課題がある。
「セーフティネットという言葉の通り、条件を満たせば、最低限の住居は確保されるため、路頭に迷うことはありません。ただし、物件数が極めて限られているため、希望する条件の物件を見つけることは難しく、住み慣れた土地からの移転を余儀なくされることもあります。
その結果、かかりつけ医から離れ、電車での通院を強いられたり、通えなくなるケースが生じています。
また、高齢者の入居に関する根本的な課題は依然として未解決であり、登録されている物件数も限定的だ。ただ、2025年10月から施行される「改正住宅セーフティネット法」により、高齢者を受け入れる賃貸オーナーのリスクが軽減され、問題の改善が期待されている。
まず、「家賃債務保証業者の登録制度」の創設により、高齢者や低所得者が家賃保証を受けやすくなる。これまで入居の障壁となっていた保証人の確保が解消され、家賃滞納のリスクへの不安も軽減される。
また、「終身建物賃貸借」の利用促進により、入居者が死亡した場合の相続人への契約引き継ぎが不要となる。従来の賃貸契約では、相続人への契約引き継ぎ、契約解除、遺留品の処理などの手続きが必要で、入居者の死亡後の空室期間が長引くリスクがあった。本制度では、入居者の死亡時点で契約が終了するため、賃貸オーナーは相続人との交渉や煩雑な手続きから解放される。
さらに、居住支援法人が入居者死亡時の家具や家電などの残置物処理をサポートし、賃貸オーナーの負担が軽減される。加えて、居住支援法人の定期的な訪問による安否確認など、入居者への見守りサポート体制も強化される見込みだ。
貸主へのサポート範囲が成否を分ける
賃貸オーナーが抱える問題を解決する兆しは見えるものの、後藤氏は施行後の結果を見てみないと判断できないと指摘する。
「たしかに賃貸オーナーへのサポートは手厚くなっているように思われます。しかし、最終的に高齢者に貸すのは、居住支援法人ではなく賃貸オーナーです。
ただし、制度施行後にこれらの課題に真摯に向き合い、居住支援法人が実効性のある解決策を提供できれば、状況は大きく改善するでしょう。課題は山積していますが、10年以上前と比べると、高齢者への住宅支援は着実に前進しています。とくに居住支援法人による残置物の処理が言及されたことは大きな進展です」
住宅セーフティネット制度は施行前であり、不明確な点は残るものの、住む場所を確保するための仕組みづくりは着実に進展している。今回の制度改正だけでは解決が難しい課題もあるが、これまでの問題点を十分に考慮した改正内容となっており、適切な運用によって改善も期待できるだろう。今後の展開に注目していきたい。
取材・文/福永太郎 写真/Shutterstock