「記憶力や運動能力の向上、認知症予防も」「摂りすぎると最悪死に至る」カフェインがもつ健康へのプラスとマイナスの効果、では、適量は?
「記憶力や運動能力の向上、認知症予防も」「摂りすぎると最悪死に至る」カフェインがもつ健康へのプラスとマイナスの効果、では、適量は?

カフェインには眠気をさます作用だけでなく、記憶力や運動能力も向上させることが科学的に証明されている。いっぽうで摂りすぎると不安、興奮、震えや不眠、さらには心拍数の増加、下痢や吐き気、嘔吐などの健康被害を引き起こすという。

いったい適量はどれくらいなのか。

東大教授である坪井貴司・寺田新の共著『よく聞く健康知識、どうなってるの?』より抜粋・再構成して解説する。

カフェインは記憶力や運動能力を向上させる

最近、カフェインの効果を確かめるためにミツバチ科のマルハナバチを用いた実験が行われました。なお、マルハナバチは、視力が弱いため、一度遭遇した花の蜜を再び探す場合、その花の匂いを手掛かりにします。

これまでの研究から、マルハナバチは、カフェインを含む蜜をもつ花(カフェイン花)を好み、カフェインを含まない蜜をもつ花(ノンカフェイン花)よりも、より頻繁にカフェイン花を訪れることがわかっています。そこで、ノンカフェイン花にカフェインを添加(カフェイン添加花)すると、マルハナバチはこのカフェイン添加花に訪れるようになることもわかっていました。

しかしながら、これらの研究結果から、マルハナバチがカフェイン自体に惹かれているのか、それともカフェインを摂取したことでカフェイン花の放つ花の匂いに対する記憶力が向上したのかについては、不明でした。

そこで、マルハナバチを三つのグループに分け、カフェインの影響を調べる実験が行われました。第1のグループには、イチゴの香りのするカフェイン入り蜜を与えました。第2のグループには、イチゴの香りだけする蜜を与えました。そして最後の第3グループには、無臭かつカフェインなしの蜜だけを与えました。そして、これらのマルハナバチはこれまでに嗅いだイチゴの花の香りと、一度も嗅いだことのない香りの花が置かれた実験場に放たれました。

もし、マルハナバチがイチゴの花の香りと蜜の関係について記憶していなければ、実験場に置かれた2種類のどちらの花にも寄っていくはずです。

実験の結果、第1のグループ、つまりイチゴの香りのするカフェイン入りの蜜を摂取していたマルハナバチの約7割が、イチゴの花を訪れました。

一方、第2のグループは約6割、第3のグループは約4割しかイチゴの花を選びませんでした。これらの結果から、カフェインはマルハナバチの花の香りを記憶する能力を向上させたと考えられます。さらに、第1グループのマルハナバチは、一定時間に訪れる花の回数も増加していました。これらのことから、カフェインの摂取により運動能力も向上していたと考えられます。

それでは、ヒトではどうなのでしょうか? 少し古いデータですが、大学生を対象に行われた実験によると、コーヒー1.5杯(カフェイン約100ミリグラム)を摂取した後、1500メートルを走ると、通常よりもタイムが約2秒短縮したと報告されています。

なお、オーストラリア国立スポーツ研究所が公表しているサプリメントデータベースにおいて、カフェインは、スポーツパフォーマンスを向上させる効果があると認められています。また、国際スポーツ栄養学会は、体重1キログラムあたり3─6ミリグラムの摂取でアスリートのスポーツパフォーマンスを高める効果がある一方で、それ以上の用量を摂取してもパフォーマンスのさらなる向上は認められないと発表しています。

別の大学生を対象にした研究では、カフェイン200ミリグラム(コーヒー2、3杯に相当)またはカフェインの偽薬としてラクトース250ミリグラム(プラセボ群)を摂取してから30分後に、リストに記載されていた単語を素早く思い出すという課題を行いました。その単語リストとは、15単語からなるもので、特定の単語(たとえば、眠る)から連想する単語(たとえば、ベッド、休息、起きる、疲れる、などの単語が合計で15個記載されている。以下、リスト語)が記載されています。

カフェインを摂取した学生では、プラセボ群と比較して有意に特定の単語だけでなく、リスト語も数多く思い出すことができました。

このことから、カフェインは、単なる単語の記憶(単純記憶)だけでなく、特定の単語から別の単語を推定して、その推定した単語がリスト語と一致するかどうかを判定する記憶(誘発記憶)の両方を促進したのです。

薬も過ぎれば毒となる

コーヒーやお茶などカフェインを含む飲み物を摂取すれば認知症の予防にも役に立つといった研究成果も報告されています。一方で、イギリスの37歳から73歳までの1万7702人を対象に行った疫学調査では、コーヒーを1日6杯以上飲む人は、認知症や脳血管疾患のリスクが約53パーセントも高まると報告しました。国内では、エナジードリンクを日常的に大量摂取していた男性が亡くなるという痛ましい事故も起こりました。

カフェインの過剰摂取は、中枢神経系の刺激によるめまいや不安、興奮、震えや不眠、さらには心拍数の増加、下痢や吐き気、嘔吐などの消化器症状といった健康被害を引き起こすことがあります。そして、場合によっては前述のように死に至ることもあります。

これまで述べてきたように、「カフェインには、覚醒効果、記憶増強、運動パフォーマンスを高めるといった作用がある。だからカフェインを摂れば摂るほど、これらの有益な作用が高まる」という考えをもつ人が多いのかもしれません。しかし、実際にはそのようなことはなく、カフェインを適量を超えて摂取したとしても、有益な作用をさらにもたらしてくれるわけではありません。

それよりも、一度に大量に摂取すると体に悪影響を与えてしまいます。また個々人によってカフェインに対する代謝の速度も異なるため、その効果にも大きな違いがあります。いずれにしても、薬も過ぎれば毒となるのです。

カフェインを一生涯摂取し続けたとしても、健康に悪影響が生じないと推定される1日あたりの摂取許容量については、個人差が大きいことなどから、日本においても、国際的にも設定されていません。

ただ、世界保健機関(WHO)や英国食品基準庁(Food Standards Agency, FSA)、カナダ保健省(Health Canada, HC)において、1日あたりのカフェインの摂取量の目安が提案されています。

たとえばHCでは、健康な成人の場合、1日にカフェイン400ミリグラム(コーヒーをマグカップ〈237ミリリットル換算〉で約3杯)までとし、カフェインの影響がより大きいと考えられる妊婦や授乳中、あるいは妊娠を予定している女性の場合は、1日最大300ミリグラムまで(マグカップで約2杯)。子どもの場合はさらにカフェインに対して感受性が高いと考えられるため、4─6歳の子どもは1日に最大45ミリグラム、7─9歳の子どもは1日に最大62・5ミリグラム、10─12歳の子どもは1日に最大85ミリグラムまでとするとされています。

なお13歳以上については、データが不十分ではありますが、1日あたり体重1キログラムあたり2.5ミリグラム以上のカフェインを摂取しないことが望ましいとされています。

学期末試験や受験のシーズンは、眠気覚ましや風邪をひいたなどといって、コーヒーやエナジードリンク、さらには総合感冒薬を摂取する機会が多い時期です。私たちの生活の中で、これらの飲み物や薬に触れる機会が多くなりますので、今一度確認のうえ、うまくつきあっていただければと思います。

文/坪井貴司

よく聞く健康知識、どうなってるの?

坪井 貴司 , 寺田 新
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よく聞く健康知識、どうなってるの?
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