
全国農業協同組合中央会(JA全中)がシステム開発の失敗によって200億円規模の損失を出し、大手町「JAビル」の一部フロアの売却を検討していることが明らかになった。JA全中はJAグループの業務管理システムの提供を行なうのが役割の一つだ。
開発に失敗したにもかかわらず、役員の引責辞任もないまま不動産の売却による損失補填で幕引きを図ろうとしているのだとすれば、無責任体質を象徴する出来事だ。
理事の辞任は引責ではなく一身上の都合
JA全中の代表理事会長の山野徹氏は、2023年8月の会長就任会見にて重点対策を3つ挙げていた。その1つが「JA経営基盤の確立・強化」であり、デジタル技術を活用した組合員との接点づくりを行なうとしていた。
JA全中を中心として開発を進めていた「新Compass-JAシステム」は会計や人事給与、固定資産などの管理に使うものだ。まさに重点対策の柱の一つといえる。このシステムは2024年1月から運用を開始したが、今年2月の理事会で提供の停止を決定した。運用コストが想定以上に膨らんだためで、わずか1年での終了だった。
その後、今年3月にJA全中の馬場利彦専務理事と山田秀顕常務理事、奥和登理事が退任している。山田氏はシステム開発に携わっており、引責辞任のようにも見える。しかし、退任理由は「一身上の都合」というものだ。
大規模なシステム開発は失敗することも多く、訴訟に発展することもある。たとえば、NHKは2025年3月に営業基幹システムの開発を手がけていた日本IBMに対して、支払い済み代金の返還と損害賠償請求を行なっている。
しかし、JA全中にそうした動きはなく、責任の所在をはっきりさせる第三者委員会を設置するとの開示も出していない。
JA全中の2024年3月末時点の総資産は355億円で、負債は134億円。純資産に該当する金額は221億円である。今回の200億円の損失はそれを吹き飛ばしたのと同義だ。しかも、収入源は全国の農協から集める会費であることも相まって、農協を指導する立場にあるJA全中の不要論が高まる懸念もある。
1.8兆円もの巨額損失を出した責任は?
かつてJA全中は全国の農協に対して監査・指導権を持つ“農協の司令塔”ともいえる強大な組織だった。しかし、安倍政権が農協改革に着手し、2015年に監査権をなくす改革案にJA全中が合意した。2019年に一般社団法人となり、農協を統括する力を失った。現在はトップ組織が形骸的に生き残っているのだ。
組織理念には「代表・総合調整・経営相談の3つの機能を誠実に果たします」とある。だが、今年に入って起きたコメ価格高騰では、農協が買い占め、流通を止めているのではないかという誤った批判が消費者から噴出したが、これに対して十分な説明をすることもなかった。
山野徹会長は5月の定例会見で、コメの価格は「決して高いとは思っていない」と発言する始末だ。
最近ではグループの中核組織でも大失態があった。金融部門である農林中金が2025年3月期に1.8兆円もの巨額損失を出したのだ。2022年にアメリカが利上げに踏み切り、低利回りの外国債券で調達金利が運用利回りを上回る逆ザヤが発生した。その際、約17兆円分を売却したが、1.3兆円もの売却損が出てしまったわけだ。
この金融部門は農協の心臓部に等しい。農林中金は農林水産事業者の金融機関であり、預かった資金を金融市場で運用して利益を出している。市場での資産運用規模は50兆円だ。
実は農協は農業関連事業が恒常的な赤字で、資産運用を通して得られた利益で損失補填を行なうという構図が定着している。金融部門の弱体化は組織全体にまで波及しかねないのだ。
一連の問題を受け、農林中金のトップだった奥和登氏は今年3月に理事長の座を去った。
すでに2022年3月期から外債の評価損を出しており、導火線には火がついている状態だった。その後も評価損は膨らみ続けたが、何ら問題視されることはなかった。1.8兆円もの損失を出したことが明らかになって、ようやくトップが交代したわけだ。
農林中金は50兆円もの資産を運用している割に、人材も手薄だった。メガバンクでは運用に豊富な経験を持つ人材を資産運用部門の責任者・役員に配置するのが常識だ。しかし、農林中金は役員にあたる理事の7人全員が内部昇格の執行役員であり、市場運用経験者は2人しかいなかったという。
指導する立場にあったJA全中は、農林中金の資産運用状況をつぶさにチェックすることなく、人員配置も見誤った。その組織の役割を疑問視されるのも当然だ。
農協改革を進める土壌は整ったか
ただし、組織改革の兆しはある。小泉進次郎氏の農林水産大臣就任だ。小泉農相は2015年に農林部会長に就任し、農協改革に取り組んでいた。
農林中金は100兆円もの資産を保有しているにもかかわらず、貸出金は18%程度。さらに農業部門への貸出金残高は600億円程度で推移している。総資産に占める割合は0.1%にも満たないのだ。
農林中金のパーパスにはこう掲げられている。「ステークホルダーのみなさまとともに、農林水産業をはぐくみ、豊かな食とくらしの未来をつくり、持続可能な地球環境に貢献していきます」。
まるで農業の発展に尽力することが使命であるかのような文言が並んでいるが、実際は農業部門への貸し出しはごくわずかなのだ。一方で、農業には多額の補助金が投じられている。これで持続可能な農業など実現できるはずもない。
小泉氏は金融機関として然るべき農業融資を行なうことや、補助金からの自立を求めた。JAグループを切り分けて各地域の農協が独立し、地域の事情に沿ったサービスを提供することを目指したのだ。JA全中を頂点とするトップダウン型の組織形態から、ボトムアップ型への転換である。
権力を失ったJA全中は迷走しており、農協の幹部や職員からも冷ややかな目で見られている。システム開発の失敗や資産運用の巨額損失により、世間の目も厳しさを増した。これだけの失態を重ねて、やり過ごすことができるのだろうか。
取材・文/不破聡 写真/shutterstock