
暑い夏には、涼しくて水の世界を感じられる水族館に行きたくなる。イルカやペンギンは人気の生きものだが、水族館のおもしろさはそれだけにとどまらない。
元水族館飼育員の視点で、水族館の思わぬ見どころや裏側のエピソードを描いた4コマエッセイ『水族館飼育員のただならぬ裏側案内』の著者・なんかの菌さんが、博物学の大家で自身も水族館のディレクターを務める荒俣宏さんと、水族館の魅力について語り合った。
水族館の飼育員は生きものと同じくらいおもしろい
荒俣宏(以下、荒俣) なんかの菌さんの本では、水族館の生きものとかではなく、飼育員を観察対象として見るという視点がおもしろくてよいですよね。
なんかの菌 ありがとうございます。
荒俣 前著『水族館飼育員のキッカイな日常』のレビューを読んでいたのだけど、水族館の中にこんな変な人がいるんですか? ってみんなが驚いているのを見て、私は逆にとても驚きました。我々からすると、「そうそうあったよな。あるあるだよね」となるんだけども。
なんかの菌 そうなんですね。私は文系出身で美術史をやっていて、生きものは好きでしたけど生物学のフィールドはもう全然経験がなくて。「生きもの分野の人にはこんな変な人いっぱいいるんだ」という気持ちでおりましたね。
荒俣 昔は、役所の職員、つまりど素人が水族館に出向して働くことはざらにあったんだけど、最近は専門学校とか大学で学んだり資格を取ったりした人が水族館で働くという感じになっているよね。
なんかの菌 そうですね。私が水族館に就職できたのも、大学院で美術史をやっていたからこそだと思うので。そうじゃなければ、入れなかったかもっていうのはあります。
荒俣 博士号を取って水族館に就職したわけですか?
なんかの菌 いや、博士中退です。仕事と並行して論文を書こうと思ったのですけども、あまりに忙しくて全然できなくて。私が採用された次の年から、すごく難しい生物の問題が採用試験で出るようになって。もしこれが私の年だったらもう絶対受かってなかったなと思いました。
荒俣 なんかの菌さんが描かれているような、そこにいる人間や、その人たちがやっていることのおもしろさは、採用試験が業績や資格のようなものを基準にし始めると、どんどんなくなる世界になりそうですよね。「こいつおもしろいから観察しよう」と思うような人間はある意味、希少価値になってくるんじゃないかな。
なんかの菌 そのとおりだと思います。いろんな人が働いていてこそおもしろいのかなというのは思いました。いまも、飼育員の人たちは大学とか専門学校とかを出て、生きもののことだけでなくマルチにいろんなことをできる人が多いですが。
荒俣 いろんな人がいて、自分の専門外のこともいろいろやったりするなかで、展示の見せ方とかにおもしろさが生まれていくんですよね。それを考えると、生きものについてはまったく専門外の、文系のなんかの菌さんを採用された、当時の水族館の館長さんはなかなかすごいよね。
なんかの菌 本人に言っておきます(笑)。
昔の雰囲気が感じられる水族館に注目
荒俣 印象的だった水族館というと、いちばんすごいなと思ったのは以前のナポリ水族館ですね。日本でいうと、でっかくなっちゃう前の鳥羽水族館(三重県鳥羽市)の感じによく似ていたんだけども。いまだったら、空調の設備とか、ばっちりしてるじゃないですか。でも昔はそうじゃなかったからね。
夏になると水の温度が上がるから水槽の中は一生懸命冷やすけど、予算の問題で館全体にはクーラーを入れられないんですよ。それで何が起きたかというと、水槽のガラスの面に、水温と気温の差で水滴が溜まっちゃってたんですね。それでその水滴がポタポタ落ちるから、中が全然見えなかったってことをよく覚えていて。あ、これが昔の水族館かって思ってじわっと泣きました。「これこそは水族館の原点だ。“夏は見えない”っていうのが」って。
かつてのナポリ水族館も、古くてね。予算がないから改修できていなくて、19世紀のままのものが残ってたんですよ。いまはもう改修しちゃったけど、そのときはガラス全部に水滴がついていました。
だから、2000年を超えてからできた、あるいは改修した水族館がもう眩しくて眩しくて。これはすごい! と思いましたね。
なんかの菌 確かに、新しい水族館って、めちゃくちゃ綿密に計算されていますよね。光とか水槽の角度とか見る順路とか、すごく計算されてるので、それがすごいところではあるんですけど。
私のお気に入りの水族館というと、ひとつは姫路市立水族館(兵庫県姫路市)ですね。ここはそういう計算しつくされた水族館とはある意味真逆というか、すごくカオスなところがよくて。見る順番も一応はあるんですけど、見てまわる実感としては、こっちに海水の水槽があって、こっちに淡水があったのに、また海水かい! みたいな感じで。そういうカオスさが、昔の水族館はあったんだろうなと思って。
荒俣 あったねえ。非常にありましたね。
なんかの菌 逆に、私の世代としてはそれが新鮮なのかもしれないです。
水族館、行ったらどこを見るべき?
荒俣 注目してほしいのは、全体的なつくりですね。僕が子どもの頃にはじめて水族館を見ていちばん驚いたのは、その眺めだったんです。ふつう、我々人間は陸上にいるから、水の中は水面の上からしか見られない。でも水族館は水の中をそのまま陸上にもってきて、それを横から見られるというすごさがある。そういう異世界体験を、いまの水族館はどうつくりだしているのか。
海の中を感じさせる水槽とか水族館のつくりそのものでもいいし、海の中じゃなくてもいいんですけど、あの異世界の眺め、宇宙船から覗いた宇宙の眺めのような、視覚のショックを体感してほしいですよね。
個々の水槽を見てきれいだなとか、おもしろいなっていうのはもう誰でも体験するんでしょうけど、最後に全部回って、一体どのぐらい異世界にいたのか、そういう空間がどこかにあったかどうか。意外にも、この水族館はトイレが異世界だったとか、そういうこともありえますよね。それでもいいんですよ。見どころというピンポイントじゃなくて、異世界としての水族館を体験してほしいです。
なんかの菌 私はミクロな視点として、飼育員の制服ですね。個人的にも見るのがめちゃくちゃ好きなんです。
荒俣 今回の『水族館飼育員のただならぬ裏側案内』にも描いてあるけど、水族館の人が手づくりしたいろんな道具とかがあるでしょう。ああいう、手づくりの道具を見せてその使い方を実演したら、案外おもしろそうですよね。「これで何をやるでしょう?」と見せるとかね。飼育員自作の道具も、水族館では注目です。
水族館飼育員のただならぬ裏側案内
なんかの菌
水族館を味わいつくす、水族館愛120%の4コマコミックエッセイ!
何もいないように見える水槽、餌やりをめぐる飼育員と生きものの攻防、海獣ライブのカッコいいサイン出し、建物の裏に見える極太の配管――。
水族館の、ともすれば見過ごしてしまうようなところも、その裏側を知ったら足を止めずにはいられない!
本書では、海水エリア、淡水エリア、海獣エリア、バックヤードと、実際の水族館を歩いていくように、思いもしないような見どころや裏側エピソードを紹介。気分はまるで水族館探検だ。
一生懸命生きている生きものたちも、愛と情熱をほとばしらせ奮闘する飼育員や職員たちも、水族館を成立させる水槽や配管たちも、この本を読み終えたら、すべてが愛おしくてたまらなくなる。 ようこそ、水槽の奥のディープな世界へ!
◎カバー裏に架空の水族館 「ただならぬ水族館」のパンフレットあり!
【本書の内容】
1 海の中へようこそ
2 魅惑の淡水世界
3 海獣のくらし
4 STAFF ONLYの向こう側