
卒業できず除籍された東洋大学の“卒業証書”を持っていた静岡県伊東市の田久保眞紀市長(55)が8月13日、これまで拒んできた市議会の調査特別委員会(百条委)に証人として出頭し、問題の卒業証書を公開しない理屈を繰り返した。これを機に、市議会幹部と田久保市長が面談時にしたやりとりを双方が録音し、その音声が流出していることも発覚。
2度目の要求で証人尋問に出頭も「除籍と知らなかった」論法
「あなたの見せてきた卒業証書なるものは一体なんなのか、教えてください!」(市議)
「卒業証書とされているものであったという風に思っています」(田久保市長)
13日に行われた百条委での証人尋問はこのような不毛なやりとりから始まった。
5月の市長選でメディアに学歴を「東洋大卒」と説明し、6月に作成された市の広報誌にも同様の学歴が掲載された田久保氏は、6月4日ごろまでは、卒業証書とするものを広報誌編集に携わる市幹部や市議会、支援者らに見せてきた。
しかし、この時期に差出人不明で「除籍だった」と指摘する文書が全市議に郵送された後、田久保氏は学歴について口を閉ざす。
6月25日に市議会で「東洋大を卒業したのか」と聞かれると答えず、7月2日になって「東洋大へ6月28日に出向いたところ除籍だったことがわかった」と記者会見で説明。
7月7日には市長を辞職し、出直し市長選に出ると発表し、卒業証書とされるものは真贋を調べてもらうために静岡地検に提出すると約束した。
ところが田久保市長はその後、「公約を果たすのが私の使命」と言って辞職の約束を破棄。
地検へ提出する約束も、自分が公職選挙法違反の経歴詐称容疑で市内の建設会社社長に刑事告発されており、卒業証書とされるものが「重要な証拠となるのではないか」と考えたことを理由に反故にした。
同じ理由で百条委への提出要求も拒み、一度は出頭要求も拒否した。
2度目の要求で証人尋問に出頭したのは「出頭拒否を理由にした百条委による刑事告発を避ける狙いがある可能性もあります」と地元記者は話す。
市議らの尋問は、卒業証書とされるものの提出要求に大半の時間が割かれた。
「相手を騙す意図で(ニセの卒業証書を見せる)行為を行なっていなければ市長には犯意がないことになる。そうだとしたら刑事訴追の可能性なんか全くない。
「理屈をつけて提出しないというのは、あなたが犯意(があったこと)を認めてるというようにしか見えない」
これに田久保市長は、これまでと同じ理由で提出はしないと拒否。「私が卒業していない、除籍である事実を知りましたのは、6月28日、大学に出向いた時になります」とも繰り返した。それまで除籍と知らなかったのでだましたわけではない、との論法だ。
こうして卒業証書の提出問題は打開できなかった。いっぽうで田久保市長は除籍の事実を知らなかった“理由”を明確に話した。これにより、東洋大が田久保市長の在学中に取った措置が判明すれば、田久保氏の主張の真偽がわかる可能性がでてきたのである。
「約19.2秒ほど見ていただいたという風に記憶しております」
東洋大によると学生を除籍する要件のうち、田久保市長に該当する可能性があるものは①学費を納入しなかった、②休学期間が4年を越えた、③東洋大で修学する意思がないと判断された――の3つある。(♯5)
田久保氏市長は尋問で「学費の納入の方は4年間しっかりしておりました」「休学届を出したといった記憶は一切ございません」と言明。これらが本当なら除籍は「成績不良」が背景にある可能性が出てくる。どういうことか。
百条委の尋問で四宮和彦市議は、東洋大では成績不良で進級や卒業ができない学生は指導や注意をすると定められており、学生は所定の手続きを取らなければ「就学の意思なし」とみなされる仕組みになっていると指摘した。
すると田久保市長は指導も手続きの通知も自分は受けた記憶がない、と答えたのだ。
証言が本当で大学が定められた措置を怠っていた場合「市長が卒業したと誤認した可能性は十分にある」。そう言って市長の主張にうなずくふりをした四宮市議は続けて「市長に正当性があるのなら東洋大学のミスは非常に罪深い。
いち自治体を大混乱に陥れる事態を引き起こしたわけだから。なぜ東洋大学の責任を追及しないのか」と変化球を投げ込んだ。
それに対し田久保市長は「大学には思い出も愛着もあり、大学に責任があるのにおかしいじゃないかという姿勢で話をするつもりはない」と逃げた。
その東洋大は百条委の照会に回答し、中島弘道市議会議長は「何を出していただいたかは言えないが、結果として卒業証書は偽造だったということははっきり裏付けられた」と明らかにした。
2時間を超えた尋問のハイライトは終了間際に起きた。
6月4日に中島議長らに問題の偽卒業証書を“チラ見せ”で見せ渋ったとされることに田久保市長は「報道であるようなチラ見せといった事実はありませんで、約19.2秒ほど見ていただいたという風に記憶しております」と話したのだ。
「テレビで発言を聞いてひっくり返りそうになりました。なんですか、19.2秒って」(伊東市内の飲食店経営の女性)と市民を呆れさせた0.1秒単位の提示時間の誇示について、田久保市長は尋問後、記者団にこう説明した。
「議長の方には当初の時点から私はちゃんと申し上げておりますが、会話の方は録音の記録を持っております。それで、ストップウォッチで測りました。
この発言を聞いた大手メディアの記者は「私がストップウォッチで測った。19秒じゃなくて10秒以下だった」と田久保市長に疑問の声をぶつけた。音声が流出してこのメディアが入手し、実際に聞いて測ったらしい。
このやりとりの後には中島議長が「こちら側も録音していた」と記者団に明かした。どちらが録音した音声が漏えいしたのかは不明だ。
録音がなされた6月4日は田久保市長の当選の10日後で、面談は市長の「就任祝い」として行なわれている。そこで双方は会話を録音し、その状況を外部に伏せようともしない。どれほどの不信が伊東市に渦巻いているのか――。
取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班