
雑誌「SPUR」での連載エッセイをもとにした書籍『SISTER“FOOT”EMPATHY』を6月26日に発売した、ブレイディみかこさん。長くイギリスで暮らすブレイディさんだからこそ見える、日本の女性たちの生きにくさとは? 現代におけるシスターフッドを語ってもらった。
家でも、職場・学校でもない、サードプレイスで社交術を磨く
ーー著書『SISTER“FOOT”EMPATHY』のテーマでもある「シスターフッド」について、あらためてブレイディさんの考えを聞かせてください。
ブレイディみかこ(以下、同) シスターフッドって、辞書にはふたつの意味が書かれているんです。ひとつは女性同士の姉妹のような関係という昔ながらの意味、もうひとつは女性たちが連帯して何かを勝ち取るために闘うという意味。
シスターフッド自体は昔からある言葉ですが、近年、またみんなが使い始めているのを感じます。それこそ、数年前には女性の生きづらさを描いた『82年生まれ、キム・ジヨン』という本が話題になりましたが、それを読んだ韓国の女性の多くは怒りを覚えたのに対し、日本の女性は涙する人が多かったといいます。それって、すごく大きな違いだなと思うんです。
とはいえ、最近は日本でも政治的なシスターフッドに目覚めた人が増えてきて、SNSでも活発にやりとりが行われています。ただ、意見の食いちがいによる分断や対立に発展してしまうこともあって。そんな状況では、社会を変えるために共闘しようとはならないですよね。
かといって、「明日から、またこの腐った日常をがんばって生きよう」と慰め合っても、腐った日常は変わらない。だからこそ、シスターフッドという言葉が、その両面を統合した意味にならないかなと考えたのが、この本の始まりでした。
ーーシスターフッドは、女性たちがつながるところから始まる。そう考えると、電車でとなりになった人やお店で初めて会った人と言葉を交わす習慣が、海外に比べ少ない日本では少しハードルが高く感じるかもしれません。
たしかに、私の住んでいるイギリスでは、みんな道端でよくしゃべりかけるし、しゃべりかけられることも多いです(笑)。
ただ、それだけじゃなく、日本は、個人がいてその先にいきなり政府があるという構造が大きいかもしれません。本来、そのまわりにあるはずの、いろんな団体やコミュニティに関わっていない人が多すぎるのではないかと。
つまり、ファーストプレイスの家でも、セカンドプレイスの学校や職場でもない、サードプレイスが圧倒的に少ないんだと思います。
たとえば、イギリスではパブが地域のハブになっています。ふらっと行けば誰かしらいて、雑談の中で「サッカーチームを作ろう」「なにかのチャリティーをやろう」と自然と団体が生まれていく。また、大多数と言っていいほど、みんながボランティアをしているんですよね。その活動自体がサードプレイスになっていて、そこで社交術を磨いている部分はあると思います。
日本でも、サードプレイスになりえる場所がもっと増えるといいですよね。実際、その兆しみたいなものは感じます。個人経営の書店が読書会を開いたり、カフェがイベントをしたりして、地域のハブになろうとしている。そういう場に通う人が増えれば、つながりができやすいですし、話しかける訓練も、話しかけられる訓練もできますよね。
だから、もし近所に気になる場所があったら、ふらっと入ってみたらいいのではないでしょうか。辛い思いをする場所ではないし、一度入ってしまえばその後は楽に行けるようになるはずです。
他者の靴を履くことと同時に自分の靴を履いてもらう大切さ
ーーシスターフッドについて、男性からは感覚として理解するのが難しいという声もあります。その溝を埋めるためにはどんな行動が必要でしょうか?
自分とは全然ちがう他者を理解するエンパシーのことを、私はよく「他者の靴を履く」と表現していますが、他者の靴を履くのと同時に、自分の靴を相手に履かせることも大事なんです。
靴を履いてもらうために、「話さなくてもわかるでしょ?」「伝わらないならもういい」と諦めず、言葉にするしかない。私たちがどんなときに恐怖を感じるのか、何を脅威に思うのかを具体的に話さないと、女性として生きた経験のない男性が理解するのは難しいと思うんです。
今回の著書でも書きましたが、ある男性アスリートの方が、冬になるとパートナーがジョギングをしなくなることを怠惰だと思っていたんです。もちろん、女性は怠けているわけではなくて。イギリスって冬は夕方4時ごろには暗くなるので、女性がひとりで走ると身の危険を感じる。そのことを男性アスリートは、パートナーから聞くまでまったく気づいていなかったんですよね。
それから、当たり前になりすぎて、考えなくなっていることもあるんじゃないかな。たとえば、仕事で日本のオフィスに伺うと、そこはいつ行っても女性だけがキッチンのシンクや冷蔵庫の中を掃除しているんですよ。それで「当番があるんですか?」と聞いたら、「気づいた女性がやっています」っておっしゃるんです。
そうやって差別だとも感じないくらい、日常になっていることが日本には多い気がします。
ーーそこに女性自身が気づくことも必要ですね。
そうなんです。誰かが気づいて声をあげないと、次の世代も、次の次の世代も女性だけが冷蔵庫を拭いているかもしれない。それに、女性が当たり前にやってきた仕事をみんなでやるのは、男性にとってもいいことだと思うんです。
視野が広がるし、女性たちの男性に対するもやつきが解消されると、コミュニケーションが取りやすくなって仕事もスムーズにいく。ちゃんと靴を差し出してわかってもらえば、いろんなことがいい方向に回っていく気がします。
アルゴリズムに支配された日々から抜け出すことがエンパシーにつながる
ーー昨今は多様性が叫ばれていますが、その中でエンパシーがより重要になっていく気がします。
世の中でよく耳にする多様性って、政治的な意味で使われることが多いですよね。でも、本来の意味を考えると、“いろんなものが、すでにそこにある状態”だと思うんです。
たとえば、今、目の前の机には緑茶もあれば、水も、コーヒーもある。それぞれがちがう飲み物だけど、いいも悪いもない。
あるものは、ある状態のまま受け入れる。そんなある意味では乱雑な世界のほうが、実は生きやすい気もします。
とくにイギリスは移民の方も多いので、「これは許せない」「こうじゃなきゃ!」って、気にしていたらやっていけないんですよね。おもしろいもので、人って多様になるほど「まぁ、いっか」ってこだわらなくなって、寛容になる気がするんです。その「まぁ、いっか」の精神こそが大事。
「こうでなくてはいけない」のこだわりは手放したほうが気持ち的にも楽だし、結果、みんなの幸福度があがって生産性も上がるという、いいループが生まれるように思います。
ーー最後に…エンパシーにつながる、今日からでもできる日々の行動はありますか?
SNSとの関わり方を考えること。オックスフォード大学出版局が選ぶ「Word of the Year」という流行語大賞のようなものがあるんですけど、去年は「ブレインロット」という言葉が選出されたんです。直訳すると「脳の腐敗」「脳腐れ」。アルゴリズムによって与えられる情報をぼ~っと追いかけていると、脳が腐るということを言い表しているんです。
アルゴリズムによって与えられる、好きなことや興味のある情報ばかりを見つづけるのは、ある意味、主体性を手放していること。
そして、考えたこともないような意見に触れられる記事を読んだり、アルゴリズムでは絶対つながらない人の話を聞いたりしてみることも大事です。その行動自体がエンパシー。エンパシーは他者の視点を獲得することでもあるので、アルゴリズムを抜け出すことが自分の世界を広げることにもつながると思います。
取材・文/宮浦彰子
SISTER“FOOT”EMPATHY
ブレイディ みかこ(著)
シスターフッドがポリティカルになりすぎると、それはシスターたちのあいだに分断や対立をもたらすことにもなりかねない。その一方で、シスターフッドが政治に無関心になりすぎると、互いの涙を拭い合うばかりで、「元気を出して明日からまた同じ日常を頑張ろう」という激励会になり、つらい日常を変えていこうという動きに発展しない。 ーー本書「はじめに」より
2022年から雑誌『SPUR』に連載されているコラムを新たに加筆修正。コロナ禍以降の社会の動きを鋭く見つめ、これからの世界とわたしたちを考えるための、エンパワメント・エッセイ集。
◎アイスランド発「ウィメンズ・ストライキ」の“共謀”に学ぼう
◎シスターフッドのドレスコードはむしろ「差異万歳!」
◎完璧じゃないわたしたちでいい
◎焼き芋とドーナツ。食べ物から考える女性の労働環境
◎古い定説を覆すママアスリートの存在
……etc.
無駄に分断されず、共に地べたに足をつけてつながる。前に進むための力が湧く39編を収録!