
2016年に予防医療普及協会を立ち上げた堀江貴文氏。彼は医療の現場に足を運んで、研究者や現役医師と話し、データを見てきた。
『日本医療再生計画 国民医療費50兆円時代への提言22』より一部抜粋・再構成してお届けする。
毎年3万8000人が「予防できたはずの死」を迎えている
日本の医療システムの非効率性について語る上で、外すことができない例は胃がんだ。2023年時点で年間3万8000人以上が胃がんで亡くなっている。
これは先進国の中でも異常に高い数字だ。しかも、その原因の大部分がヘリコバクター・ピロリ菌という、除去可能な細菌によるものだということが科学的に証明されている。
若年発症の胃がん、特に未分化型胃がんの多くでピロリ菌感染が関与している。つまり、中学生の段階で徹底的に対策を打てば、将来の胃がんの大部分を防げる可能性があるのだ。
なぜ中学生なのか――タイミングが全てを決める
胃がん対策において、「いつやるか」は決定的に重要だ。
胃の粘膜は、ピロリ菌に長期間感染していると徐々に萎縮していく。この萎縮が進行すると、除菌しても胃がんリスクの低下は限定的になる。しかし、胃粘膜の変化がまだ軽微な中学生の段階で除菌すれば、その予防効果は最大化される。
現在の日本の中学生のピロリ菌感染率は5%以下。
ピロリ菌除去による胃がん予防効果に関する研究では、除菌によって胃がんリスクが50~66%減少することが証明されている。特定の遺伝的要因を持つ人がピロリ菌に感染すると、胃がんリスクは22.5倍にまで跳ね上がるが、これも除菌で防げる。
そして重要なのは、これらの研究の多くは成人を対象にしたものだということだ。中学生という、胃粘膜がまだ健康な段階で除菌を行えば、生涯を通じた予防効果はさらに高まる可能性が高い。
若年発症胃がんの多くがピロリ菌関連であることを考えれば、中学生での集中的な対策による「胃がん撲滅」は十分に現実的な目標だ。
すでに動き出している自治体の成功例
私が苛立つのは、すでに成功例があるにもかかわらず、全国展開されていないことだ。
佐賀県では、中学3年生の88.9%が検診に参加し、感染が確認された生徒の除菌も順調に進んでいる。長野県の高校では11年間にわたって検診を実施し、99.7%という驚異的な参加率を達成した。
これらの自治体は、学校の健康診断で集めた尿検体を活用することで、追加の負担を最小限に抑えている。技術的にも運営的にも、全国展開は十分可能だということが証明されているのだ。
世界は動いている。予算がない、は通用しない
2020年の台北国際コンセンサスでは、胃がん高リスク地域における若年成人へのピロリ菌スクリーニングと除菌が推奨されている。韓国、台湾といった国々も、すでに対策に乗り出している。
日本は世界有数の「胃がん大国」だ。なぜ最も積極的に対策を進めるべきなのに動かないのか。このままでは、アジアの中でも予防医療後進国になってしまう。
「予算がない」という言い訳は通用しない。
厚生労働省の研究によれば、ピロリ菌除去後の胃がん関連医療費は99.9%削減された。中学生全員の検査費用と、陽性者(5%程度)への除菌治療費なんて、1人の胃がん患者の治療費と比べても微々たるものだ。
手術、抗がん剤、入院費、そして働き盛りの人材を失うことによる社会的損失。これらを考えれば、中学生へのピロリ菌対策は最高の「健康投資」だ。
実現を阻む本当の壁
なぜこんな合理的な政策が実現しないのか。
一つは、現在の医療システムが「治療」に偏重しているからだ。胃がんが激減すれば、内視鏡検査や手術、抗がん剤といった巨大市場が縮小する。
もう一つは、日本特有の「責任回避」文化だ。新しいことを始めるには誰かがリスクを取らなければならない。「感染症」という言葉に対する過剰な反応、プライバシーへの懸念、前例がないことへの恐れ。これらが複雑に絡み合って、誰も動けなくなっている。
今すぐ実行すべき四つのステップ
私の提案はシンプルだ。
◼️中学2年生の健康診断で全員検査
すでに実施されている尿検査の検体を使えば、追加負担は数百円の検査代のみですむ。さらに、陽性者には便中抗原などの追加検査を行い極力、偽陽性(本当はピロリ菌がいないのにいると判定されてしまうこと)を減らす。
◼️陽性者への除菌治療を完全無償化
最新のP - CABベースの3剤併用療法なら、1週間の服薬で90%以上の除菌成功率。
◼️段階的全国展開と効果測定
まず10都道府県でモデル事業を実施。データを収集し、3年以内に全国展開。
◼️家族も含めた包括的対策
陽性の生徒の家族にも検査を推奨。家庭内感染の連鎖を断ち切る。
中学生から始まる医療革命――「胃がん撲滅」は夢じゃない
この政策の意義は、単に胃がんを予防することだけではない。
日本の医療が「治療中心」から「予防中心」へとパラダイムシフトする、その第一歩になりうるのだ。中学生のピロリ菌検診が成功すれば、他の予防可能な疾患への対策も加速するだろう。
何より重要なのは、今の中学生たちに「胃がんで死ぬ必要なんてない」という未来を約束できることだ。彼らが大人になる頃には、胃がんは「昔の病気」になっているかもしれない。
私は確信している。中学生でのピロリ菌対策を徹底すれば、将来の胃がんは80%削減できる。
問題は、この明確な解決策を前にして、なお動かない日本の意思決定システムだ。データも技術も経験もある。足りないのは、実行する勇気だけだ。
毎年3万8000人が胃がんで亡くなっている。その多くが予防可能だった。この事実を前に、「今までどおり」でいいはずがない。
中学生のピロリ菌検診は、日本が本気で国民の健康を守る国になれるかどうかの試金石だ。既得権益や前例主義を打ち破り、データに基づいた合理的な政策を実行する。それができなければ、この国に未来はない。
ピロリ菌は中学生のうちに叩け。それが、胃がん撲滅への確実な対策なのだ。
文/堀江貴文
『日本医療再生計画 国民医療費50兆円時代への提言22』(幻冬舎新書)
堀江貴文 (著)
誰のための医療か、何のための制度か──
構想10年、ホリエモンが旧態依然とした医療制度にメスを入れる!
健康は自分たちの手で守れ。
「予防」を起点にした、合理と科学で組み直す医療の未来。
2016年に予防医療普及協会を立ち上げた堀江貴文が、専門家や現場の医師と共に構想した22の改革提言。
健診データの一元化、ワクチン政策の再設計、延命医療や保険制度の見直し、教育現場での予防知識の導入──どれも今すぐ始められる現実的な策ばかりだ。
感情や前例主義ではなく、科学とデータに基づいた合理的な選択が求められている。
本書は、次世代に誇れる医療を築くためのアップデートの設計図である。