島根県松江の没落士族の娘・トキ(モデルは小泉セツ)と外国人の夫・ヘブン(モデルは小泉八雲=ラフカディオ・ハーン)の夫婦を描いた113作品目の連続テレビ小説『ばけばけ』。いよいよ第5週を迎え、ついにトキとヘブンが松江で出会うシーンが展開する。
初回冒頭の「丑の刻参り」のシーンや、作中に多く登場する「シジミ汁」、そしてヒロインの父を演じる盟友・岡部たかしとの再タッグの裏側など、SNSで話題沸騰のテーマや今後の展開を脚本家・ふじきみつ彦氏に聞いた。(前後編の後編)
「丑の刻参り」からの衝撃的な幕開け、「シジミ汁」に隠された意図とは…
――物語は、ヒロイン・トキの一家が藁人形を木に打ち付ける「丑の刻参り」のシーンから幕を開けました。朝ドラらしからぬ衝撃的な導入はSNSでも大きな話題になりました。
ふじきみつ彦(以下、同) ちょうどあの撮影日が、顔合わせの次の日でもあったので、僕も現場で見させていただきました。出演者の方々がノリ良く演じてくださり、僕自身も手応えを感じるシーンでした。
――「縁起が悪い」など周囲のスタッフから反対の声はあがりませんでしたか?
僕の耳には届いていないですね。もしかしたらNHKの制作統括の人にはすごい届いているかもしれませんが…(笑)。放送後は面白かったという声はいただきました。
――ヒロインが大好きな食べ物として作品で頻繁に登場する「シジミ汁」。どのような意図でこの料理を選ばれたのでしょうか。
シジミ汁に関していえば、僕はわりと思い入れがある料理でして。母の実家が松江にあり、里帰り出産のため僕自身も松江で生まれているんです。制作統括の橋爪さんもそのことを知らなかったと思うので、ほんと偶然の一致なんです。
小学生のころは母の帰省に合わせて長期休みの年3回ほど松江に行っていました。だから松江の方言にも馴染みがあったし、祖父母の家に行くと朝ごはんにはいつもシジミ汁がでてきて、庭には食べ終わった貝の殻が撒いてあった。だから松江を書くとなって、シジミ汁も当たり前のように書いています。今後も物語の中で大切な食べ物になっていくと思います。
史実とは異なる⁈ ヒロインの最初の夫・銀二郎に込めた想い
――第4週「フタリ、クラス、シマスカ?」では、ヒロインの最初の夫・山根銀二郎が、追い詰められた末に出奔するという展開を迎えましたが、銀二郎についてはどのようなこだわりを持って書かれたんでしょうか。
トキのモデルの小泉セツさんの最初の夫は前田為二さんという方で、婿に入ったものの出奔してしまうのは史実通りです。ただ、私が読んだ資料によると、2人の結婚生活に関する記述はほとんどないんですよね。
記されていたのは、家訓を気にするセツさんの祖父と為二さんの反りが合わなかったり、あまりの貧しさに出奔したということだけです。そしてセツさんが出奔先まで会いにいくと、「絶対松江には帰らないし、なんなら来てくれるな」という拒否感を示され、セツさんはその帰り道、「もう松江には帰れない」と川に身投げしようとしたという記述も残っていました。
――史実としてはかなり厳しい現実が残されている一方で、ドラマの銀二郎はどこか温かみのある人物として書かれていました。
史実通り書くと、あまりにもかわいそうですし、それが現実だったとしても、僕は「一瞬でも、2人の間には楽しく幸せな時間が流れていてほしい」という思いを込めて、銀二郎を愛情深くて真面目な人として書きました。シジミ汁を初めて一緒に飲んだシーンや、怪談好きを認めてくれる人と出会えた喜びや嬉しさを書き、映像でも表現されていました。
松江では2人だけの時間がほとんど持てなかったので、出奔先で初めて夫婦らしい時間を過ごせる。
――銀二郎を演じた寛一郎さんの演技には、どのような印象を受けましたか。
寛一郎さんは、この役柄の影響もあるのか、どこかポーカーフェイスで感情を大きく表に出さない方です。台詞回しにもあまり抑揚をつけず、静かなトーンで語るのですが、ふっと笑う瞬間がある。その一瞬がとても魅力的で、僕はそういうタイプの役者さんがすごく好きなんです。寛一郎さん演じる銀二郎をずっと見ていたい…それくらい印象の残る存在でした。
盟友・岡部たかしとの再タッグの裏側
――今回、ヒロインの父・司之介役を演じる岡部たかしさんは、演劇ユニット『切実』を共に主宰されている長年の盟友でもいらっしゃいますが、岡部さんと朝ドラをご一緒されるお気持ちをお聞かせください。
妙な言い方ですが、これが岡部にとって初めての朝ドラで、ヒロインの父・司之介役に抜擢されていたとしたら、僕もかなり気合が入っていたと思います。でももう『虎に翼』(2024年度前期)や『ブギウギ』(2023年度後期)など印象的な朝ドラに多数出演してますし、『情熱大陸』にも出て、一回売れ終わったタイミングなので、僕はそこまで感慨深さはないですね(笑)。…といいながら、めちゃくちゃうれしいですよ。ずっと一緒に演劇をやってきた仲ですしね。
――岡部さんが出演することで、脚本にはどのような影響がありましたか。
キャスト陣を検討している段階で、制作サイドの方から「ヒロインの家族の中に、ふじきさんをよく知っているキャストを入れませんか?」と提案されたんです。ただ、岡部はすでに『虎に翼』でヒロインの父役を演じていたし、断られるだろうなと思っていました。オファーを受けてくれたことで、松野家の雰囲気もだいぶ明るくなったし、筆の進み具合もいい。当て書きができるところが一番助かっています。
――今作でヒロインの父を演じる岡部さんに、どんな役割を期待されていますか。
演劇でも岡部によく渡している役柄が「良い人で悪気はないんだけど、すごく失礼な人」というものです。無自覚な言動により、ちょっとした悲劇を生むけど、みている人からしたら可笑しい。
今作では、明治時代に入ってもなお武士の生き方を貫いている人々が登場します。本人は至って真面目に生きているし悪いと思っていないけど、現代の人からみると「ちょっとそれはないんじゃない」って可笑しさがある。岡部が演じる司之介に限らず、それぞれが今までの生き方を変えることって難しいけど、それが徐々に化けていく物語でもあるんです。
――最後に、第5週からついに小泉八雲がモデルのヘブンが登場しますが、今後の見どころを教えてください。
ヘブンが松江に来ることで、これまでと雰囲気もガラッと変わります。
#前編「脚本家が語る『何も起こらない物語を描く』の真意とは…」
取材・文/木下未希

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