Hysteric Blue、23年ぶり“一夜限りの復活”へ Tamaが明かす決断の理由「5年後に後悔したくない」
Hysteric Blue、23年ぶり“一夜限りの復活”へ Tamaが明かす決断の理由「5年後に後悔したくない」

1997年に結成し1998年にメジャーデビューしたHysteric Blue。NHK紅白歌合戦にも出場した彼らは、わずか6年で解散。

長らくHysteric Blueとしての活動はなかったが、2025年10月31日にヴォーカル・Tamaが1夜限りの復活を発表した。来年5月9日に23年ぶりにHysteric Blueがファンの前に姿を現す。今回はTamaに復活の経緯や、意気込みを聞いた。(前後編の後編)

ずっとついてまわった『元Hysteric Blue』

10月31日、Tamaの公式Xで、2026年5月9日に「Hysteric Blue」の一夜限りの復活が発表された。Hysteric Blueとして活動するのはなんと23年ぶり。なぜ今のタイミングで復活することにしたのだろうか。

――なぜ、今になって復活することになったのですか?


Tama(以下、同) 元々バンドを解散してからは「やりきった」という気持ちだったから、特に復活したいとは思ったことがなかったんです。

でも私自身が2018年からお休みをいただいて2023年にソロ活動を復活した時に、どこで何の仕事をしても『元Hysteric Blue』のTamaさんと言われたんですよ。

――Hysteric Blueの名前が付くことに違和感があったのでしょうか?

嫌な気持ちがしたとかは全然ありませんでした。ただソロでもHysteric Blueの歌は歌っていたんですが、全曲Hysteric Blueを歌うことには抵抗があったんです。

「それはバンドでしか出来ない」って思っていたので。だったら、Hysteric Blueの曲縛りのライブをHysteric Blueでやりたい!と徐々に思うようになってきたんですよね。

――Hysteric Blueとして復活することは思い立ってすぐに決めたことなのでしょうか?

もう解散もしてるし、「無理だろうなー。

でもやりたいなー。でもやっぱ無理だろうなー」っていうのを、ずーっと頭の中で考えてました。無理だろうなって思えば思うほどやりたい!っていう気持ちが募ってきて。その気持ちの方が強くなってきた時にマネージャーに相談したんです。

そしたら「やってみれば?」って言ってもらえて。「そっか! やりたいんだったらやればいいのか!」って感じで決めました。なんかストンと落ちたんですよ。考えすぎてやらないよりも、考えた末にやりたいんやったらやればいいやんって。ここでやらなかったら、例えば5年後10年後、あの時やっときゃよかったなってなるの嫌やなって、ずっとその気持ちが続くとも限らないですし。

昔は楽しむ余裕がなかったけど、今はどの仕事も全て楽しい!

――2024年には「踊る!さんま御殿!!」(日本テレビ系)などバラエティ番組にも出演されてましたね! 久しぶりにTamaさんを地上波で見て驚いたファンも多かったと思いますが、デビューから27年目の今、心境の変化などはあったのでしょうか?

みんな驚いてましたね。バラエティ番組はシンプルにオファーをいただいて、本当に興味があったから出演したんです(笑)。昔はラジオもテレビも何しゃべって良いのかわからなかったし、どういう表情して良いのかもわからなかった。

その中でただ淡々と仕事をこなさなきゃいけなかったから楽しむ余裕がなかったんですよね。

それが今はラジオもテレビもこういった取材も楽しいと思える。もちろん歌うこともやっぱり楽しい。全てを楽しめる余裕ができました。

――デビュー当初はそんなに忙しかったんですね。お休みはあまりなかったんですか?

1番忙しい時期は1年に数日って感じでした。仕事が忙しすぎて音楽をするためにこの業界に入ったのに撮影や取材など、歌わないお仕事が多かった。忙しくて歌う時間が足りないと感じるほどでした。『あの時もっと楽しんでおけばよかった』と言う気持ちも少なからずあって、今の色々な仕事を楽しめる状況は、自分の中で少しずつそれを取り戻していってる感じかなぁ。

復活ライブでファンのみんなと青春時代にタイムスリップしたい

23年ぶりに改めてスタートラインに立ったっていう感じなので、その先はまだ本当に未知数ですね。いい意味でどうなるかわからない。ただファンの皆さんと一緒に23年前にタイムスリップするような気持ちかな。みんなで青春時代に戻って、みんなで思いっきり楽しめたらなって思います。

――一夜限りの復活しかしないのですか? ファンの方たちは継続してほしいと思うかもしれませんよ!

ふふ(笑)。本当に復活することをXにポストしたら、過去イチの反響があって、待ってくれてた人がこんなにいたんやなって心から嬉しかったです。

ただ今後に関しては、まずは1回やってみてですね。1回やってみて『またやりたい』『何年もやりたい』って思うかは、私にもわからない。とにかく2026年5月9日を最高のライブにすること。これが今の私の夢ですね。

――最後にTamaさんにとって「Hysteric Blue」とはどんな存在ですか。

なんだろう……。仕事関係の人や、仲間やスタッフ、何よりファンの人にはHysteric Blueをやっていなければ出会えなかったと思います。このバンドをやっていたからこそ、大きな会場で何千何万の人に歌を聴いてもらえたし、いろんな景色を見せてもらった。……私にとって、Hysteric Blueは、“自分の世界を広げてくれた”大切な存在ですね。

どんな時も後悔したくないと語るTama。

悩んだ末に彼女が選んだHysteric Blueの一夜限りの復活にはきっと意味がある。大ヒット曲「春~spring~」の最後の歌詞はこうだ。

《こういう夢だしもう一度懸けたい いつか……》

その「いつか」が来年やってくる――。

(前編はこちら)

 取材・文/吉沢さりぃ 撮影/矢島泰輔

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