「本質観取」とは、その名のとおり、物事の本質を見極めるための、哲学2500年の歴史がつまった思考と対話の方法だ。さまざまな概念や事柄の本質を、参加者は対話を通して言葉に編み上げ合うことで、相互承認の感度を育み、共通了解を見出すコツをつかんでいくことができる。
本記事では書籍『本質観取の教科書』より一部を抜粋・再構成し、2025年3月18日に開催された、(株)ベネッセコーポレーション「みらいキャンパス」でのオンライン対話イベント「本当の話をしよう」における本質観取の模様をテキストでお届けする。
テーマは「自立」とは何か? 哲学者の苫野一徳(とまの いっとく)氏と、参加者100人の中から選ばれた4人との対話から見えてくる本質とは?
(1)問題意識の確認と目線合わせ
Aさん(高1) 自立したらどんな人間になれるのかが分かれば、これからの人生頑張れるかなと思います。
苫野 なるほど、確かに。自分が目指すべき方向が見えますね。
→参加者の発言を、受け止めたり価値づけしたりすることで、発言しやすい場づくりを意識します。ただし、上から評価するニュアンスにはならないよう注意。参加者の発言によって、ファシリテーター自身が発見したことを素直に表明する感じです(ファシリテーターはあくまでも対等な対話者として場に参加します)。
Bさん(中2) 自立と言っても、経済面での自立と精神面での自立があると思うんです。自分は経済的にはまだ自立してないけど、精神的には自立できるんじゃないかなと思っていて、この2つの関係を考えたいなと思います。
苫野 な~るほど。早速、キーワードが出された感じがしますね。経済的自立と、精神的自立。
→(1)「問題意識の確認と目線合わせ」や(2)「さまざまな体験例、具体例を出す」のフェーズで、早くも本質的なキーワードが出てくることがあります。
Cさん(大1) 高校時代の校是が「自主自律」だったんですが、これは律するほうの自律でした。「自立」と「自律」の違いって何だろうと疑問に思っています。
苫野 いいですね。類似概念との違いや関係が見えてくると、「自立」の本質もよりくっきり見えてくるはず。ぜひ明らかにしたいですね。
→類似概念との比較も、本質観取における有効な方法です。参加者が類似概念を出した場合は、やはりピン留めしておくといいでしょう。
Dさん(社会人2年目) 社会人になると、ちゃんと自立しなきゃって思うんです。でもそもそも自立って何なのか、よく分からなくて。自立の本質をつかむことで、目指す姿を見つけ出したいなと思います。
苫野 本当ですね。
→「問題意識の確認と目線合わせ」を行います。
(2)さまざまな体験例、具体例を出す
苫野 ではここから、具体的な例をどんどん挙げていけたらと思います。「こういう時に自分は自立していると感じるなぁ」とか、「こういう人は自立していると思う」といった体験例、ありますか?まずはもう一度順番に一周して、そのあとは思いついた人からランダムに出していきましょうか。もちろん、思いつかない場合はスキップして全然大丈夫です。さっきと反対回りで、Dさんからお願いしてもいいですか?
→場が温まるまでは、あえて全員が発言できる機会を確保することを意識しています。温まってくると、ポンポンと言葉が飛び交うタイミングが訪れるはずです。
Dさん(社会人2年目) つい先日、母親と2人旅をしたんです。その時は、お金も自分が出して、宿の手配なども自分がやりました。その時は「自立したなぁ」と感じました。
Cさん(大1) 親や教師に言われた通りに勉強して、いい大学に入った友人もいれば、大人には従わずに、自分の志を貫く進路を選択した友人もいます。僕の好みかもしれないんですが、後者のほうがなんだか自立しているなと感じるところがあって……。
Bさん(中2) 似てるかもしれませんが、周りの意見や風潮に流されずに、自分を持っている人は自立してるなって思います。あと、この前、鹿児島の実家から東京に1人で行ったんですが、その時は自分が自立してる気がしました。
Aさん(高1) これは律するほうの自律なのか立つほうの自立なのか分からないんですが、毎日ちゃんと勉強して、課題を整理して、提出物の期限なんかもちゃんと守られている人は、ジリツしてるなって思います。
苫野 なるほど。それはなんとなく「自律」のほうな気もするけど……どうでしょう。あとでぜひ深掘りしていきましょう。じゃあここからは思いつくままにどんどんテーブルの上に事例を挙げていってもらえますか?
Bさん(中2) ちょっと疑問にも近いんですけど、さっき東京に1人で行ったって言ったんですが、そのお金は親が全部出してくれて……。それって結局、自立しているって言えるのかなぁと。
苫野 最初にBさんが言ってくれた、経済的自立と精神的自立の関係ですね。これもぜひ明らかにしたいね。ちょうど、いまBさんが「これは自立なのかな、どうかな」と言ってくれましたが、「これは自立とは言えない」という事例もあれば挙げてもらえますか。反対事例がたくさん挙がると、そこから逆照射して「自立」の本質が浮かび上がってくるかもしれません。
→ファシリテーションのコツで挙げた、「反対の事例にも目を向ける」です。
Dさん(社会人2年目) 反対事例じゃないかもしれませんが、私は昔からよく「自立心旺盛だね」って言われてたんです。自分のことは自分で決めて、進路も人に相談せずに決めて。でもそれって、「自立心」であって、「自立」ではなかった気がするんです。Bさんが言ったように、経済的には親に依存していたし。
苫野 なるほど、それはおもしろいですね! 自立と自立心は、確かにちょっと違うかも。これも類似概念として比較して考えると、自立の本質がより見えてくるかもしれないですね。
Aさん(高1) それで言うと、会社員だって、会社からお金もらってますよね。社会の一員である以上、結局みんな依存関係にあるんじゃないですかね。
苫野 おもしろいですね。そう言えば、小児科医の熊谷晋一郎さんが、「自立とは依存先を増やすこと」って言われていますね。自立と依存は対立するものじゃないのかもしれないですね。
→本質観取は、それぞれの「体験」を持ち寄るのが原則で、外部の知識を披露する場ではありません。ただ、その場の対話に資するのであれば、その限りにおいては絶対にNGというわけではありません。あまり多用しないようにしたいとは思いますが。
→対話の途中で出てきた疑問点も、ピン留めしておくといいでしょう。
(3)キーワードを見つける
苫野 ここまでの事例を改めて見直して、何か見えてきたキーワードはありますか?
Dさん(社会人2年目) 「自分で」というのは「自立」に欠かせないキーワードな気がしますね。
Cさん(大1) 「自分で、自分の」みたいなのはどうですか?自分で、自分の好きや志を追求している、みたいな。
全員 なるほど。
苫野 「自分で」だと「自律」にも関わってきそうですが、その点、どうですか?
Dさん(社会人2年目) 「自律」は、自分の中の規律やルールに従ってるって感じがします。欲望に負けずに。
Aさん(高1) 「自律」して初めて「自立」ができるんじゃないですかね。
苫野 なるほど。自ら律して初めて立つことができる?「自立」のほうが「自律」より上位ってことかな。
Cさん(大1) でも経済的自立の場合、「自律」してなくても可能なんじゃないかなあ。
全員 確かに。(しばらく沈黙)
苫野 ここまでの対話を通して、どんなことでも何か発見や疑問に思ったことなどありますか?
→みんなの思考が少し行きづまったかなと感じた時には、どんなことでもとりあえず言葉にして投げてみることを促します。するとそこを手がかりに、また思考が動き始めることがあります。
Dさん(社会人2年目) さっき「自立心」の話をしましたけど、「自立心」は子どもでも持てますよね。でも、自立心を持っているだけじゃ、自立はしていなくて。自立っていうのは、自立心に加えて、実際に経済的な力とかがあって可能になるんじゃないかと思います。
苫野 なるほど。自立心だけでは自立はできないってことですか?
Bさん(中2) そうだと思います。私みたいな中学生は、やっぱり自立してると言われるとちょっと違和感がありますが、自立心があると言われるとしっくりきます。
全員 確かに!
Bさん(中2) こうなると、「自立心とは何か」の本質観取が必要ですね(笑)。
苫野 そうだね。せっかくなのでちょっとだけ考えてみましょうか。ここには中・高・大学生が参加してくれてるけど、経済的自立はたぶん完全にはしてないんじゃないかと思います。でも、Bさんが言ってくれたように、「自立心」なら持っている、と思えることはありますよね。それってどんな時か、またちょっと具体例を挙げてもらっていいですか?
Bさん(中2) 将来留学したいという夢があって、そのために経済的に自立するための準備をしてるんです。それって自立心なのかなって思います。
Cさん(大1) 来週から親元を離れて1人暮らしをするんですけど、家具を自分の意志で選んで買ったりする時、自立心を感じます。
苫野 ああ、なるほど、意志……か。なんか「意志」って言葉、自立心にも自立にも欠かせないものである気がしたんですが、みなさんどう思いますか?
→これは本質的なキーワードではないかと思った時は、ファシリテーターも遠慮なく場に投げてみます。
Dさん(社会人2年目) 確かに、「自分の意志を持つこと」が、自立心には欠かせない気がします。高校の同級生が、サッカー選手になりたいからスペインに行くと言って、いまも現地で日本語教師をしながらサッカーを続けているんです。まさに「自分の意志を持っている」ってことですよね。それはすごく自立心があるし、実際に自立もしてるなって思います。
苫野 本当ですね。なんとなく、「自分の意志」は自立心にとっても自立にとっても、ど真ん中の言葉な気がしてきましたね。
全員 はい。
苫野 じゃあこの「自分の意志」という言葉を手がかりに、「自立」とはいったい何なのか、その的の中心に言葉を当てていきましょうか。
(4)本質を言葉にする
Dさん(社会人2年目) 自分の意志を実現しようという思いを持っていることが「自立心」があるということで、実際にその意志を実現できていれば「自立」していると言えるんじゃないでしょうか。
全員 なるほど!
苫野 いいですね。だんだん言葉がテーブルの上にかたどられてきた感じがするぞ。最後にもう一歩、言葉にして改めて表現することはできないかな。的の中心を射抜くような言葉にできればと思うんですが。
Bさん(中2) 「自分の意志を実現しようとする力を持っていること」はどうですか?
全員 おお!
苫野 それは言えてる気がする!「力」っていいね。経済的な力はその一つと言えそうですね。
Aさん(高1) 納得です。真ん中を射抜けた感じ。
苫野 うん、いい本質観取ができた気がしますね。「自立とは、自分の意志を実現しようとする力を持っていることである」。すごい。この短時間で、よくここまで言葉にできたねぇ。
(5)最初の問題意識や、途中で生まれてきた疑問点に答える
苫野 最後に、最初の問題意識や、途中で生まれてきた疑問点に答えられるか試してみましょうか。
Aさん(高1) どうすれば自立できるのか、はっきり見えた気がします。まずは自分の意志を持つこと。だから、自分は何を意志するのかを、改めて考えたいと思いました。
Bさん(中2) そのために、どんな力が必要なのかを考えるのも大事ですね。経済的な力だけじゃなくて。
苫野 さっき、「自立とは依存先を増やすこと」って言ったけど、考えたらこれも、自分の意志を実現するための力の一つですね。たくさんの依存先が、自分の意志を実現するための力になるってことなんですね。
Cさん(大1) 「自立」と「自律」の違いや関係も見えた気がします。「自律」は自分で決めた規範に従うこと。これは「自立」の一つの条件と言えるのかなと。
Dさん(社会人2年目) 自立とは、自分の意志を実現する力を持つことである。そして自律は、その力の一つである、という感じですね。
苫野 いや~本当にいい本質観取ができました。みなさん今日はありがとうございました。ご観覧いただいたみなさんも、ありがとうございました。
全員 ありがとうございました。
本質観取の教科書 みんなの納得を生み出す対話
苫野 一徳、岩内 章太郎、稲垣 みどり
自分とは異なる立場や考えの人と、いかに対話し、合意形成していけばよいのか分からない。
それどころか、深刻な信念対立を目の当たりにし、対話への希望を失ってしまう。そんな人は多いのではないだろうか。
本書は、「本質観取」と呼ばれる哲学の思考法・対話法を、誰もが実践できるようになるための入門書である。
分断をのりこえ、民主主義を成熟させるための対話の極意とは?
実践で活用できるワークシートや、ファシリテーションのコツなども収録。
社会学者 橋爪大三郎氏
とにかくわかりやすくて面白い。実例が豊富なので、
本質観取の哲学対話が、これで誰でもすぐできる。
独立研究者・著作家 山口周氏
対話を通じて、多様な他者と相互承認・共通了解へと至る「本質観取」の方法は、
多数の関係者を束ねるビジネスリーダーにこそ求められます。

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