創業は明治14年。東京・神田神保町のシンボルとして愛されてきた三省堂書店は、建て替え工事による閉店から約4年、創業145年を迎える2026年の3月19日に「三省堂書店神田神保町本店」として新たにスタートを切る。
総合書店としての伝統を継承していく
──長い歴史を誇る三省堂書店ですが、他の書店との差別化という意味で、取り扱うジャンルなど、特色を打ち出す予定はありますか?
亀井崇雄社長(以下、同) 世の中の流れ的には、ジャンルに特化したセレクト書店さんや、キャラクターグッズに強い書店さんなどが多く誕生していますが、三省堂は総合書店として築いてきた信頼がございます。“神保町一丁目一番地”という場所にある総本店として、あえて王道を貫く予定です。
総合書店としての伝統は、文芸、文庫、コミックなどの一般的な書籍から、歴史、哲学、医学などの専門的な書籍まで、どなたでも満足していただける幅広いジャンルを取りそろえることです。これからもこの歴史は継承していきます。
──神保町の客層は?
書店は立地によってお客様が求めるジャンルに個性が出るのですが、神保町の売り上げ比を見ると、各ジャンルにまんべんなくお客様がいらっしゃいます。50~60代の男性が多いのも特徴です。
神保町は書店以外にも老舗の居酒屋や音楽関係のお店、スポーツ店などが多く、どうしても“おじさんの街”という印象があると思います。ところが最近ではオシャレなカフェや人気のスイーツ店などもできてきていて、神保町に来る若い女性は確実に増えています。
ただ、なかなか書店に足を踏み入れてくれる方が少ないのが現状です。そういう意味では、まだまだ新規のお客様を取り込める余地はあるということ。小川町の仮店舗では、ヴィクトリアさんや石井スポーツさんとコラボレーションをしたり、ディスクユニオンさんと一緒にイベントをしたりもしました。
同じように女性に人気の近隣のお店とコラボレーションをすることも、今後実現したいと考えています。
本との偶然の出会いを演出する
──新店舗の目玉を教えてください。
最大の売りは、「歩けば、世界がひろがる書店。」というコンセプトで手がけた内装デザインです。特に1階は、入口から入った瞬間に書籍の物量をしっかり感じていただけるよう、「知の渓谷」と題して様々なジャンルの本を左右にそそり立つ棚に配置します。
ほかにも「世界の展望台」、「探究の洞窟」、「好奇心の泉」、「ときめきの島」などの特色ある空間を設けることで、本との偶然の出会いを演出する仕掛けに。他の書店にはない独特の内装デザインは、書店に初めて来る方でも楽しんでいただけると思います。
──では、新店舗にする上で手放したものは?
在庫量です。新店舗は地上13階建てで、1~3階が書店、4階は物販テナントに貸し出し、5階から上がオフィスフロアになっています。書店面積は約600坪で、旧神保町本店の約70%に縮小しました。
以前の店舗はビル一棟が丸々書店だったため、書店の売り上げの減少とともに物件が生み出す収益も下がってしまう。今回は書店の比率を少し減らしつつ、残りの部分をテナントとして貸し、家賃収入を得る仕組みにしました。書店を長く持続させるためにギリギリまで調整をし、苦渋の決断をしたところでございます。
──神田神保町本店の開業と同時に4階にテナントとして「THE ジャンプショップ 神保町」がオープンします。
本の街・神保町にふさわしい、新たなジャンプ作品の発信拠点として、名場面やカラーイラストをモチーフにした多彩なオリジナルグッズを展開されると伺っております。こちらもどうかご期待ください。
──旧店舗の閉店の要因は、老朽化による建て替えだけでなく、ネット通販の台頭による売上減少だったそうですが、本を扱う書店として、出版社に期待することは?
本の値段を上げてください。これはもう、書店として切実な問題でございます。様々な物の値段が上がっている中で、(書店側が価格を変えられないという法律もあり)書店は商品に価格転嫁できません。
今後は人件費も上がっていくことが予想されます。コストを吸収する術がないため、やはり出版社に本の値段を上げていただかないと限界があります。ぜひお願いしたいと思っております。
思考過多に陥った自分を救ってくれた1冊
──亀井社長はシステムエンジニアを経て2005年に三省堂書店に入社されました。書店を家業に持つ社長は、どのように本と接してきたのでしょう?
親はむやみやたらと「本を読め」という感じではなかったですね。初めて自分で買ったのは『ドラえもん』だったと思います。
他にも童話やライトノベルを読んだり、子供ながらに読書はしてきましたが、基本的に課題図書を読んで書く読書感想文は苦手でしたね。だから読書は趣味として定着しませんでした。
大人になってからも、SEだったので読む本といえば技術書くらい。30歳でこの業界に入ってから、遅ればせながら色々なジャンルの本を開拓し、本を読む習慣がつきました。
今ではビジネス書や新書など、教養に役立つ本を読むようにしています。人との接し方などは本から学びましたし、人間的に若干の深みは出たかなと感じています。
──では、新店舗のコンセプト「歩けば、世界がひろがる書店。」にかけて、亀井社長の“世界が広がった本”を教えてください。
1冊目は『嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え』(ダイヤモンド社)です。2013年に出版されたときに一度読んだのですが、その頃は「なるほど」と思うくらいでした。
再度手に取ったのは、本店の閉店を決めた2020年。当初は本店のスタッフを他の店舗に配属するなどして雇用を継続する計画を立てていました。
従業員のことが頭に浮かんでは考え、心配して……みたいなことをやっていたら、どんどん気持ちが下がってしまって。思考過多に陥った自分を救ってくれたのが『嫌われる勇気』でした。他人の課題に振り回されず、自分主体で考えていいんだという教えによって、非常に助けられました。味わい方が変わったという意味でも、改めて本のおもしろさを実感しました。
──本はいつ読むかによっても受け取り方が大きく変わりますよね。ではもう1冊は?
北方謙三先生が大好きなので、『水滸伝』(集英社)シリーズです。『楊令伝』、『岳飛伝』を含めて、3~4回は読み返していると思います。エンターテインメントとして非常におもしろいのですが、組織運営の記録としても勉強になっています。
物語の中には梁山泊を運営するリーダーがいて、中間管理職や現場で働く人たちがいる。まさに会社だと思います。
何よりも北方先生が描くキャラクターはどんな立場の人もすごくかっこいい。「人としてこうあるべきだよな」と思わせてくれる、渋いダンディズムに魅了されます。
取材・文/松山梢
撮影/石田壮一

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