4月開始の“独身税”だけじゃなかった! 生活をさらに苦しくする「税金」の正体…国民の手取りは静かに、しかし確実に削られていく
4月開始の“独身税”だけじゃなかった! 生活をさらに苦しくする「税金」の正体…国民の手取りは静かに、しかし確実に削られていく

“独身税”とネットで揶揄される「子ども・子育て支援金制度」が4月から始まる。「税」ではなく「支援金」という位置づけだが、毎月の健康保険料に上乗せする形で子どもを持たない人からも徴収される。

だが、負担増はこれだけではない。国民は”インフレ税”という隠れた増税にも耐えないといけないのだ。減税インフルエンサーのオオサワ・キヌヨ氏が解説する。

国民の手取りを静かに、しかし確実に削っていく高市早苗

「増税はしない」

高市政権は、そう繰り返し説明している。確かに、消費税率が引き上げられるわけではない。新たな増税法案が国会を通る予定もない。だが、その言葉を額面通りに受け取って安心しているとしたら、かなり危うい。

なぜなら、政府が言う「増税」と、国民が実際に感じる「負担増」は、もはや同じ意味ではなくなっているからだ。

税率が据え置かれていても、手取りが減れば生活は苦しくなる。家計にとって重要なのは、言葉の定義ではなく、最終的に自由に使えるお金がいくら残るかである。

2026年4月は、「増税が始まらない年」ではない。増税という言葉を使わない大規模な国民負担増が、一斉に動き出す年だ。

しかもそれは、分かりやすい形ではやって来ない。

制度は複雑に分解され、名目もバラバラだ。だからこそ、多くの人が気づいたときには、すでに生活が圧迫されている。

高市政権が選んだのは、税率を引き上げる正面突破型の増税ではない。社会保険料、支援金、負担金、そして物価上昇による実質負担――そうした「税ではない」形を組み合わせ、国民の手取りを静かに、しかし確実に削っていく方法だ。いわばサイレント増税である。

その象徴が、26年4月から始まる「子ども・子育て支援金制度」だ。少子化対策の財源を確保するため、すべての医療保険加入者から広く徴収される仕組みで、独身者も、子育てを終えた世代も対象になる。

政府は「月数百円程度の負担」と説明するが、年額2400円から最大で2万円程度となる決して小さい負担ではない。そもそも、問題は金額の大小ではない。税ではない名目で、事実上の強制負担が恒常化するという前例が、ここで作られてしまうことだ

インフレが続くだけで自動的に負担が増える仕組み

これに加えて、社会保険料の上昇圧力は今後も続く。高齢化を理由に、医療・介護・年金の保険料は長年にわたって引き上げられてきた。

会社員であれば労使折半のため負担感は見えにくいが、給料から差し引かれる金額は確実に増えている。保険料は税と違い、「増税だ」と大きく報じられにくい。

しかし、可処分所得を削る効果は同じである。

さらに見逃せないのが、物価上昇による実質的な税負担増だ。名目上、税率や控除額が変わっていなくても、物価が上がり、賃金がわずかに上昇することで、課税所得が増えたり、より高い税率区分に押し上げられたりする現象が起きる。

いわゆるブラケットクリープである。これは制度上の「増税」ではない。だが、実質的な生活水準が改善していないにもかかわらず、税や社会保険料の負担だけが重くなる。
政府が特別な決定をしなくても、インフレが続くだけで自動的に負担が増える仕組みが、すでに出来上がっているのだ。

そして、インフレそのものがもたらす負担、いわゆるインフレ税も見逃せない。物価上昇によって現金や預金の実質価値が下がる一方、政府が抱える巨額の債務は実質的に軽くなる。誰にも請求書を出さないまま、国民全体から静かに負担を吸い上げる仕組みである。

高支持率政権ほど国民負担を増やしやすい

仮に、年収600万円前後の共働き世帯を考えてみよう。社会保険料の上昇、新たな支援金の負担、ブラケットクリープによる税負担増、そして物価高。これらが重なれば、年間で数十万円規模の実質的な可処分所得の減少につながっても不思議ではない。

それでも多くの人は、「増税された」という明確な実感を持てない。すべてが別々の名目で、少しずつ進むからだ。

政府は国民負担の増加について、「財政が厳しいから」「少子高齢化だから避けられない」と説明する。だが、これは真実ではない。問題の核心は、数字の問題ではなく、政治の意思決定構造にある。

日本の政治には、はっきりとした経験則がある。支持率が高い政権ほど、国民負担を増やす政策に踏み切りやすいという現実だ。政府は自身の力を強めるため、常に増収を狙っている。
ただ、民主主義で増収ばかりやると選挙に負ける。しかし今の高市政権のように高い支持率の政権が生まれると、選挙の心配が少なく、「今なら国民は耐えるだろう」という空気が生まれる。

「日本版DOGE」の姿勢では根本解決にはならない

増税や負担増は、不人気政権ではできない。だからこそ、支持率が高いうちに、まとめて進めようとする。

また日本の財政運営で最も手を付けられてこなかったのが歳出改革である。

特に高齢者向け給付は、医療・介護・年金を問わず「聖域」とされ、抜本的な見直しは先送りされ続けてきた。

高齢者は投票率が高く、組織的な政治力も強い。そこに切り込めば、政権は一気に不安定化する。

その結果、調整弁として使われてきたのが、日々の生活に追われ、政治に十分な関心を向けにくい現役世代、若者、子育て世帯だ。社会保険料の引き上げ、新たな支援金、物価上昇による実質負担増。これらはすべて、政治的な反発が比較的弱い層に集中している。

ここで象徴的なのが、「日本版DOGE」とも呼ばれる租税特別措置・補助金見直し担当室のあり方である。

無駄な税優遇や補助金を見直すという理念は正しい。しかし、削減案を国民アンケートで募るという姿勢では根本的な改革にはならない。

政治が本来果たすべき役割は、責任を持って優先順位を決め、既得権にも切り込むことだ。「国民の声を聞いた」という形式だけを整え、痛みを伴う決断を避けるなら、それは改革ではなく先送りにすぎない。

予算の上限を決めて、国民ではなく各省庁に削減案を出させるマイナスシーリングをやればいいだけの話である。

さらに控える「これからの増税」

結局のところ、政治的に抵抗の強い分野には手を付けず、国民全体に薄く広く負担を求めるほうが、政治にとっては圧倒的に楽なのだ。

こうして、歳出改革なき負担増が繰り返される。「増税はしていない」という説明の裏で、国民の可処分所得は静かに削られ続けている。これこそが、増税が止まらない本当の理由である。

今後も、国民負担を押し上げる動きは続く。代表的なのが防衛増税だ。防衛費増額の財源として、所得税や法人税、たばこ税などの引き上げ・新設が検討・準備されている。開始時期が先送りされているだけで、「いずれ実施する」という前提は崩れていない。

さらに厄介なのが、国税ではなく自治体独自の課税である。東京都をはじめ、各地で宿泊税や環境目的税、観光関連の新税が検討・導入されている。

国の増税ほど大きく報じられず、「地域独自の取り組み」として静かに進むが、積み重なれば確実に生活コストを押し上げる。

「取って配る」なら最初から取るなよ

国が増税を控えている間に、地方が別の名目で負担を上乗せする。これもまた、国民が全体像を把握しにくい負担増の形だ。

気づいたときには、あらゆる場面で「払うのが当たり前」になっている。

今、国民が本当に怯えるべきなのは、特定の税率が上がることではない。いつ、どこから、どれだけ取られているのかが分からなくなっていることだ。

税ではない支援金、毎年少しずつ上がる社会保険料、ブラケットクリープ、インフレ税。これらは単体では小さく見える。しかし、同時に、しかも恒常的に進めば、家計への影響は確実に積み上がる。

そして忘れてはならないのが、「取って配る」という発想そのものだ。給付や補助金で生活を支える前に、最初から取らなければいいという視点が、いつの間にか置き去りにされている。

一度集め、事務コストをかけ、条件を付けて配り直す。その非効率さが、さらに新たな財源を必要とする悪循環を生んでいる。

この状態が続く限り、26年4月は終点ではない。国民が怒らず、疑問を持たず、「仕方がない」と受け入れた瞬間に、同じ手法は何度でも繰り返される。

だから必要なのは、諦めではなく行動だ。選挙に行くこと。SNSや言葉で声を上げること。負担増を当然視する政治に、「それは違う」と示し続けることだ。

政治は、空気を読む。実際、ガソリン減税のように多数の声が上がれば、手取りを取り戻すことができる。この国は、声を上げない国民から先に削るのだ。

文/オオサワ・キヌヨ 写真/shutterstock

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