顔に穴が空く希少がん患者が死ぬ気でやったライブ、恋人のために作った曲『ナカナイカノジョ』に込めた想い
顔に穴が空く希少がん患者が死ぬ気でやったライブ、恋人のために作った曲『ナカナイカノジョ』に込めた想い

極めて稀ながん“明細胞性歯原性悪性腫瘍”と闘っている22歳のYouTuber・もりひさん。その治療法は確立されていない。

今、彼の左頬には穴が空き、日々大きく広がっている。それでも明るく、ポジティブに発信し続けられる理由とは?(前後編の後編)

もし神様がいたら、絶対にぶん殴ってますもん(笑)」

小学6年生のときに「明細胞性歯原性悪性腫瘍」と診断されたもりひさん。歯を作る細胞から発生する希少がんで、世界的にも症例はほとんどない。すなわち、治療法も確立されていない。

外科的手術は『もう切るところがない』と言われるほどにやり尽くし、重粒子線治療の後遺症のため歯茎や顎骨は壊死。一か八かで治験薬を飲んでも効果はなく、昨夏から左頬に穴が空き始め、日に日に拡大している。

恒常的な激痛、体調不良、予測不能な病状の変化、見通せない未来への不安……『死のうかな』と思ったことは何度もあるという。

そんな「生き地獄」の最中、昨年6月にもりひさんはSNSで投稿を始める。主にYouTubeではリアルタイムに進行する病状を、TikTokでは自作の音楽をポジティブに発信し続けている。

「神様は乗り越えられない試練は与えない? うそですよね。もし神様がいたら、絶対にぶん殴ってますもん(笑)。とはいえね、もう起きてしまったことは変えられないんで」

ノリよく、陽気に受け答えをしてくれているが、味覚と嗅覚はほぼ失い、口も大きくは開けられない。不足する栄養を補うのは点滴。

毎日数回、穴を生理食塩水で洗う際には激痛が走る。

整骨院で鍼灸師として働いていたが、体調悪化によって休職を決めた。それでも動画編集を含め、SNSでの配信をやめることはない。なぜ、そこまで頑張れるのか?

「うーん。頑張ってる自分が好きなのと、やっぱり彼女のために頑張っているところ、カッコいいところを見せたいじゃないですか。だから、自分が無理してでも、頑張れるなら頑張れるときに。

それに自分が思ってることを世の中に残せているのって本当にありがたいことなんですよ。やれるときに、全部残したいですね。たまに配信が途絶えたら『入院してた』なんてこともあるんですけど(笑)。やっぱり、僕ひとりじゃ何も輝けないんで。みなさんが観てくださるからこそなんで、本当に」

病気の再発を恋人に伝えると…

まさに満身創痍のもりひさんだが、驚くことに昨年12月には初の単独ライブを大阪で開催。チケットは即日完売。配信でライブを視聴した人数は、なんと6600人超え! ともにステージに立ったバンドメンバーは全員、旧知の友人。

大好きなマカロニえんぴつのカバーほか、オリジナル曲を含め8曲を披露した。

そんな大盛況のライブのラストを飾ったのはもりひさん作詞・作曲の『ナカナイカノジョ』だった。

「実はあのころ、ヘモグロビンの値が、成人男性の半分くらいで結構フラフラだったんです。でもそれを感じさせてしまったら、お客さんやバンドメンバー、支えてくれた人たちを心配させてしまう。

本当に死ぬ気でやろうと思いました。日本一、死ぬ気でやったライブだったかもしれないです(笑)。みなさんのおかげで歌いきれました。家族や彼女も会場で見守ってくれて」

ギターを触り始めたのは、症状が落ち着いていた高校生のとき。音楽で生きていくことへの憧れもあったが、幼いころから闘病生活を送ったもりひさんにとってのヒーローだった鍼灸師の道を選んだ。彼女との出会いは、鍼灸専門学校。付き合って3年になる。

「ずっと彼女は作らんとこうと思っていました。

病気のことで辛い思いをさせるのは嫌だから。でも、彼女と付き合い始めたのはいちばん症状が落ち着いていたとき。最初から『結婚しよう』と思っていたんですけど、がんが再発してしまって……。

その直前まで、自分としては治ったつもりだったから、『今まで支えてくれた人に恩返しをしていきたい』と思っていた最中の出来事で。母や父、親戚などに再発を伝えると、やっぱりみんな、そろいもそろって泣くんですよ」

近しい人たちの涙を見てきたもりひさんは、彼女にも再発と家族の涙を伝えた。その時のことを優しい声色でこう語った。

「『私は泣いてないねんから、前を向いて頑張りや』って言ってくれたんですよ。

そのときの感情をありのままに書いた曲が『ナカナイカノジョ』なんです。彼女、本当は泣き虫なんですよ。でも、僕が弱っているときだけは本当に強い女の子でいてくれて。たぶん、僕にそんな言葉を投げかけてくれる人は、世界中探しても彼女しかいないと僕は思っています!

もりひさんの夢と伝えたいこと

彼女を誇りに思っていることを語るもりひさんに、自身の夢を聞いてみた。

「夢はかなりありますね。

鍼灸師として自分のお店も持ちたいし、彼女を幸せにしたい。いつか自分の言葉で本も出せたらいいなって思います。

あとは1回ライブをやって、あの大歓声を浴びちゃうと『もう1回やりたい』『もっと大きな箱(会場)でやりたい』って思っちゃうんですよね。音楽の素人の僕が言うのはおこがましいんですけど……Zepp Namba(大阪)とか!」

問い合わせてみると、Zepp Namba級のライブハウスの今年の予約はすでにパンパン。取れるのは、早くて2027年だという。

「正直、未来の予定を考えたり、入れたりするのは怖くもあって。そのときの自分がどうなっているのか、生きているのかも想像できなさすぎて。とはいえ、『終わってたまるか』みたいな、ど根性ですよ。やっぱり夢はね、叶えないと面白くないんで!」

と、いたずらっ子のように笑った。改めて、今、もりひさんは幸せかと質問すると、

「幸せですよ、本当に。1日1日を大切に生きられているし、彼女もいるし、こんなに多くの人に応援してもらえて。これで幸せじゃないって言うなら、何が幸せなんやって思いますよ」

その言葉に、自分が抱えている不平不満が小さすぎて、くだらなすぎて、恥ずかしくなる。

「そんなそんな(笑)。健康に生きるっていうことは本当に綺麗事でも、当たり前でもなくて。やっぱり、生きていたら辛いことばかり。自分も病気がないときは、本当にちっぽけなことで悩んでいましたから。

でもきっと今抱えている悩みは、将来の笑い話になるはず。だから、当たり前じゃないこの今一瞬を必死に生きてほしいと思います。なかなか『当たり前』のありがたみって、失ってからじゃないとわからない。

この記事を読んでくれた人もたぶん、1日2日経てば忘れちゃうと思う。でも100人いたらひとりでも、この言葉が響いて『ちょっと頑張ってみよう』と思ってくれたなら、僕はやっていてよかったなと思います。

『むしろ、顔に穴が空いてよかった』と思うくらいの人生に僕はしていくので!」

2027年のZepp Namba、もりひさんはきっと魂の歌声を響き渡らせていることだろう。

取材・文/池谷百合子

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