選挙前では、各党それぞれが政策を打ち出し、有権者からの支持を集めるべく、街頭演説が繰り広げられる。SNSでの情報発信も過熱する中で、「炎上」もしばしば見受けられるが、なぜそのようなことが起こるのだろうか。
社会情報学の専門家でもある山口真一氏の書籍『炎上で世論はつくられる――民主主義を揺るがすメカニズム』より一部を抜粋・再構成し、SNSでの政治炎上を考察する。
自民党を叩けばフォロワーが増える?
2025年の参院選では、SNSが政権与党にとって明らかな逆風となった。自民党は議席を大きく減らし、自公は改選前に保っていた過半数を割り込む見通しとなった。
かつてネットに強い政党といえば自民党であった。ネットを戦略的に活用し、特に若い世代の支持率は非常に高かった。2013年には、国内IT企業とネット選挙専任チームであるTruth Team(T2)を立ち上げている。「日本では若者が保守政党を支持している」といわれたものである。
しかし現在、その景色は一変している。選挙関連のSNS投稿では、与党を叩く内容を非常に多く見る。かつてはネット戦略に長けていた自民党が、なぜここまで苦戦を強いられるようになったのか。その背景には、SNSという場の性質と、社会の空気の変化がある。
まず、経済の停滞や物価の上昇といった生活不安が、SNSという増幅装置を通じて一気に噴き出した。SNSで最も拡散されやすい感情が「怒り」であることが研究で示されている。
実際、SNS上では「自民党を叩けば伸びる」といった風潮が広がっていた。そして投稿が注目を集めればフォロワーが増え、広告収益にもつながるということもある。まとめサイトなどは特にそこを狙う。つまり、自民党批判には明確な“うまみ”があった。こうした構造が、発信者にとってのインセンティブ(動機付け)となり、批判的な投稿が連鎖的に拡散されていったのである。
ただ、この現象は自民党に限った話ではない。過去には旧民主党が「SNSで叩くと盛り上がる」という存在になっており、多くのまとめサイトなどで旧民主党がネガティブに書かれていた。その結果がネット上での自民党の支持につながっていたこともあるだろう。
もう一つ、参院選の主たる争点が物価高や経済政策となったことも、与党を不利にした。与党は政権を運営する立場から、どうしても財源の問題に触れざるを得ない。一方、野党は減税などの政策を打ち出しやすい。
外国の影が忍び込むとき
参院選では、SNSを通じた外国からの選挙介入も注目された。選挙期間中に政府や特定政党への批判投稿を繰り返していた複数の匿名インフルエンサーアカウントが、突如として凍結されたことが大いに話題となったのだ。これらのアカウントは、まとめサイトの記事などを連続投稿しながら政権批判を展開していた。
注目を集めたのは、情報法制研究所事務局次長の山本一郎氏が、自身のブログでこれらのインフルエンサーアカウントについて「ロシアなどの外国勢力による関与の痕跡がある」と指摘したことだった。
山本氏によれば、生成AIと複数のスマートフォンを組み合わせたボットシステムにより、不自然な日本語の投稿が大量に拡散されていたという。ボットが自動的に「いいね」やリポストを繰り返し、特定の投稿を人気があるように見せかける。これにより、ある政治的主張が、まるで世論の大勢であるかのような錯覚を生み出してしまうのである。
NHKの報道でも、ボットによる投稿が少なからずあったと指摘されている。また、凍結されたアカウントと連動していたまとめサイトには、ロシア国営メディア「スプートニク」の内容を引用した記事も存在していた。
ただし、前述した山本氏の分析において、使用された技術や分析手法の詳細は公開されていない。外国勢力の介入が実際に選挙結果にどれほど影響したのかは、現時点では不明であり、慎重な評価が必要である。
いずれにせよ、一般論として、外国からの介入(影響力工作)というものは、すでに世界的にはかなり起こっていると指摘されている。
その手法としては、例えば前述したように、ボットが自動的に「いいね」やリポストを繰り返し、特定の投稿の拡散を促すというものがある。こうした動きによって、特定の主張や立場に対し、あたかも多くの支持が集まっているかのような印象が生まれやすくなる。
この現象は、心理学において「ソーシャルプルーフ効果」と呼ばれ、他者の行動や反応を手がかりにして自らの判断を下すという人間の特性を突いたものである。例えば、多くの「いいね」やリポストが付いた投稿を見ると、それが信頼できる、あるいは広く支持されている意見だと錯覚しやすくなる。
その結果、ある政治的主張が実際の世論とは異なっていたとしても、「世論の主流」であるかのような誤った認識を人々に与える可能性がある。このような手法は、意図的に世論を誘導するうえで極めて効果的であり、SNS時代における新たな情報戦の様相を示している。
情報操作をする三つの目的
情報操作の目的は、主に三つあるとされている。第一に、社会的な分断と混乱を引き起こし、民主主義や社会への信頼を揺るがすこと。第二に、与党の支持を削ぎ、日本の外交・安全保障政策に影響を与えること。第三に、同盟国への不信感を高めることだ。
実際、2016年のアメリカ大統領選では、ロシアの影響工作が社会的分断を深めたとされる。
日本ではこれまで、「日本語の難しさ」が外国からの介入の障壁になってきた。海外から自然な日本語で情報操作を行うのが困難だったのである。しかし、生成AIの進化によって、違和感のない日本語による自動投稿が可能になったいま、言語の壁はもはや防波堤とはならない。
このような状況を受けて、政府は2025年7月に「国家サイバー統括室」を新設し、SNS監視や情報操作への対策に乗り出した。平将明デジタル大臣も、「事実関係の検証と慎重な対応が必要」とコメントしている。
とはいえ、現行の日本には、外国勢力による政治介入を直接取り締まる明確な法律が存在しない。そのため、対策には限界があり、他国の取り組みを参考に多角的な対策を進めることが必要だと指摘される。
例えばオーストラリアでは、2018年に「外国干渉防止法」を制定し、特定国による政治的な影響を排除する仕組みをつくった。アメリカでは政治広告に関する規制を強化し、ドイツではサイバー攻撃の監視体制を強化するなど、先進各国は様々な対策を進めている。
一方で、外国勢力による工作を防ぐために、SNSの投稿やアカウントを監視・削除する動きが強まると、「表現の自由」や「通信の秘密」といった憲法上の権利とどう折り合いをつけるのかが問われる。
炎上で世論はつくられる――民主主義を揺るがすメカニズム
山口真一
炎上・フェイク・陰謀論──
「ネットの問題」がリアルな政治を脅かし始めた
いま最も必要な知識を、第一人者が伝授する
なぜ「あの人」に
熱狂してしまうのか?
* 与党を叩けばフォロワーが増えるのはなぜか?
*「政策の中身」<「言葉の強さ」という本末転倒
*「炎上」には熱狂する少数しかいない
* 日本は「ディープフェイク」に騙されやすい
*「表現の自由」と「ネット規制」のジレンマ
* 怒りや憎悪は、他の感情よりも広まりやすい
* 政治や社会への不信が拡散され「陰謀論」が生まれる
* インターネットの情報化時代は200年続く
ネット社会を生き延びるための知識が満載!
刹那的な感情を煽る「ネット炎上」、真偽不明の「フェイク情報/陰謀論」の拡散は以前から問題視されてきたが、今や政治の世界を覆い、選挙結果を左右するまでになった。米大統領選から参院選まで、注目を集めることに最適化した極端な主張を持つ候補者が支持を得た。既存の政治を破壊するネットの論理とメカニズムとは何か。今後ますますスタンダードになるであろうSNSの暴力と、私たちはいかに対峙すべきか。近年、急激に進む政治とネットの融合を、若き第一人者が問い直す。
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【目次より】
はじめに──SNSが選挙を動かす時代
第1章 SNSが選挙を変えた年──2024年の衝撃
第2章 炎上のメカニズム──「言葉の刃」としてのSNS
第3章 フェイク──民主主義を揺るがす誤情報
第4章 規制で解決できるのか?──情報流通の社会的枠組みを問い直す
第5章 人類総メディア時代をどう生きるか?──未来への提言
あとがきにかえて──情報社会の未来を生きる私たちへ

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