映画の迫力を生み出しているのは、映像だけではない。『平成ガメラ』シリーズやNetflix映画『新幹線大爆破』を手がけた映画監督・樋口真嗣は、「観客の気持ちをコントロールする最大の道具は音だと思う」と語る。
映画を作りながら音楽演出を学んだ
樋口が犬童一心と共同で監督を務めた映画『のぼうの城』(2012)は、上野耕路が音楽を担当した。上野は、80年代にテクノポップ・ユニット〈ゲルニカ〉のメンバーとして活動したことがあり、作曲家としても数々の映画音楽を手がけている。
『王立宇宙軍 オネアミスの翼』の音楽制作にも、坂本龍一、野見祐二、窪田晴男とともに参加していた。
「上野さんの音楽はゲルニカの頃から聴いていて、いいなと思っていました。上野さんが書いた映画『帝都大戦』(1989)の音楽もすごくよかった。だから上野さんと仕事ができることになって、とてもうれしかったです。
ところが製作中に東日本大震災が起きて、作業が遅れてきた。このときは上野さんが曲のデモ(メロディや曲調を示す参考音源)と映像に合わせたベーストラック(リズムやテンポのガイドとなる音源)を作り、それをオーケストラで演奏した音に置き換えていくやり方だったんですけど、そのベーストラックを作る余裕がない。
それで、上野さんから『ラフでいいから、絵に音楽を合わせるための仮トラックを組んでくれないか』って言われて、僕が上野さんのデモを映像に合わせて切り貼りして参考音源を作ったんですよ。もちろん曲は上野さんが書くんですけど、一部のシーンで絵と音楽を合わせる作業をやらせてもらいました」
映画を作りながら、樋口は音響演出のノウハウを学んでいった。
「『のぼうの城』の製作と並行して、『MM9(エム・エム・ナイン)』(2010)という深夜放送のテレビドラマの総監督を務めました。
音楽をクライズラー&カンパニー(葉加瀬太郎らが結成した三人組バンド)の斉藤恒芳さんに書いていただいたんですけど、週一本放送するドラマだから自分で音楽演出までやるのは無理だと思って、石井和之さんという売れっ子の選曲家の方に全部お願いしました。
石井さんはステムデータを使い、音楽を自在に編集して映像に当てていくんですよ。『ステムってこうやって使うんだ』と勉強になりました」
ステムデータとは、楽曲を構成する音をリズム、弦楽器、金管楽器といった具合に、楽器グループごとに分割して記録したデータのこと。すべてをミックスすると完全な楽曲になるし、弦楽器の演奏だけを使うこともできる。
リズムから始まり徐々に楽器が増えていくような演出も可能だ。音楽制作のデジタル化が進んだことで可能になった技法である。
樋口が総監督を務め、2018年に放送されたテレビアニメ『ひそねとまそたん』では、岩崎太整が音楽を担当した。岩崎は『モテキ』(2011)『ジョーカー・ゲーム』(2015)などの映画音楽を手がける作曲家で、細田守監督のアニメ映画『竜とそばかすの姫』(2021)の音楽で日本アカデミー賞最優秀音楽賞を受賞している。
「岩崎さんがブログで映画音楽を分析した文章を書いていて、それがすごく面白かったので、『巨神兵東京に現わる』(2012)という短編映画を作ったときに音楽をお願いしました。それ以来のお付き合いです。
『ひそねとまそたん』では、従来のテレビアニメとは違う音楽の作り方をしようと思いました。通常テレビアニメでは、最初に数十曲分の音楽メニューを書いて音楽を作ってもらうんですが、そのやり方をやめたんです。
曲はステムデータでもらい、僕が毎回、映像に合うようにステムを組み合わせて音楽を編集したんです。それがたまらなく楽しかった。2回目の音楽録音のときは『フィルムスコアリングでやりたい』と岩崎さんが言ってくれたので、一部は絵に合わせて書いてもらっています。
岩崎さんは、僕が音楽を付けた映像を観ているから、フィルムスコアリングでも方向性がずれることがあまりないんです。すごくやりやすかったです」
『新幹線大爆破』の音響演出
2025年に公開(配信)されたNetflix映画『新幹線大爆破』は樋口監督のこだわりが詰まった渾身の作品である。音楽は岩崎太整が担当。これまでとは異なるアプローチで音楽作りに挑んだ。
「音楽の方向性を決めるために、岩崎さんから参考曲をいろいろ挙げてもらい、僕がそれを聴いた印象を岩崎さんに戻して、岩崎さんからまた曲をもらって、というやりとりを何度かくり返しました。
僕がテンプトラックを選ぶのではなく、岩崎さんから提案してもらう形にしたんです。僕が選ぶと、どうしても『昔のあの曲』みたいになってしまう。それだと自分の想像した範囲を超えることができないので、岩崎さんに選んでもらったほうがいいだろうと。そのやり方がうまくいって、海外の最新の映画音楽に近い音が作れたと思います」
岩崎は音楽を作るだけでなく、映画のなかでの音響のバランスにもこだわった。
「岩崎さんは『竜とそばかすの姫』の経験で、セリフと音楽をバランスよく聴かせるノウハウを学んだそうなんです。日本の映画って、セリフと音楽が重なるとセリフが聞こえづらくなったり、音楽の音量が下げられたりすることが多い。
でも、両方の音をうまく整音(音質の調整やノイズの除去などを行うこと)することで、音量を下げたりせずにバランスよく聴かせることができるんですよ。業界では『音のトリートメント』と呼ぶんですが、それを岩崎さんの提案で全部やりました。おかげで僕のイメージを超えた音が組み上がりました」
サウンドトラックには5分を越える長い曲がいくつも入っている。これも樋口のこだわりだった。
「観ている人は気づかないと思うんですけど、曲のなかで低音がずーっと鳴っていて、それをだんだん大きくしているんです。その音が耳に入ることで、観客がドキドキしたり、緊張を感じたりするように作っています。
だから、この映画は観始めたら途中で止めちゃいけないんですよ。Netflixだから止められるんですけど、一度止めて、トイレに行ったりしてから再開すると、『うわ、音大きい!』ってなってバレてしまう。それで音量を下げられてしまうとつらいので、最後まで止めずに観てほしいんです」
Netflixでは必須ではなかったが、立体音響の一種であるドルビーアトモス(Dolby-Atmos)の音響データも制作した。2025年10月には、その音響を使った期間限定の劇場上映が実現した。
「800トラックもある音を立体的に配置するために、4日くらいかけてダビングしました。地獄のように大変な作業ですけど、楽しかったですよ」
劇伴の魅力とは
樋口監督が映像と同等か、それ以上に「音」にこだわる動機はなんなのだろう。
「僕らの世代はドラマ入りのレコードやテレビの音を録音したテープを何度も聴いて、映画やテレビの面白さを反芻していたんです。だから面白さを感じる基準が音なんですよ。絵がなくても音だけで面白いのが本物じゃないかって思うんです」
あらためて、映像作品における劇伴(音楽)の役割とはなんなのか、たずねてみた。
「絵は目をつぶると見えなくなるけど、音は耳をふさいでも(振動で聞こえるので)完全に遮断することができないんです。だから、観客の気持ちをコントロールする最大の道具は音じゃないかな、と思っています。
絵ではできないことが音楽にはできる。『音楽さえよければこのシーンは乗り切れる』という頼みの綱みたいなところがある。音楽なしの映画って考えられないです。ただ、他人が作った作品を観ると『ここは音楽いらないなぁ』と思うことがあります(笑)。
作っているときは、そのことに気づきにくいんですよ。どうしても不安になって音楽を付けすぎてしまう。
劇伴音楽は映像作品の一部であると同時に、サウンドトラック・アルバムなどの形で独立した音楽として聴かれることもある。劇伴を聴く楽しみ、劇伴の魅力とはなんだろうか。
「劇伴を聴くとイメージがふくらむんです。劇伴は映像に付けるものだから、音楽としては足りない要素がある。音が少なかったり、曲の展開が不自然だったり、短すぎたり。でも、その足りない部分が想像力を刺激して、自分のなかですごく豊かな世界を作り上げられる気がします。
音楽のジャンルとしては特殊なのかもしれないけれど、その楽しみを知ってしまった以上、もう逃れられないんです」
取材・構成/腹巻猫 撮影/落合隆仁
劇伴音楽入門 (インターナショナル新書)
腹巻猫 (著)

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