若い頃に比べて記憶力が落ちた……と感じる場面もあることだろう。しかし脳科学者のリチャード・レスタック氏は、記憶力と知能はつながっており、記憶力を鍛えることで知能も高められると説く。
その根拠となる実験とともに、いくつになっても脳を鍛えられる理由をレスタック氏の著書『いくつになっても頭はよくなる』(サンマーク出版)より一部抜粋、再構成してお届けする。
遺伝子変異させた賢いマウス
新しいことを学ぶたびに、その知識によって脳の神経ネットワークの数と複雑さが増します。その結果、知的な能力が高まります。この「学習・記憶・知能」のつながりは、プリンストン大学の生物学者ジョー・Z・チェン博士が行った画期的な実験によって明らかにされました。
チェンは脳の受容体の一つに対する遺伝子を変異させ、ふつうのマウスの胚のDNAに挿入しました。場所は海馬を選びました。ここは記憶を最初に記号化する部位だからです。こうして新系統のマウスが生まれ、ドギーと名づけられました。
ふつうのマウスの神経細胞を刺激すると、受容体が通常0.1秒ほど活動します。ところが遺伝子変異したマウスでは、受容体が0.25秒も活動しつづけたのです。この余分の0.15秒が、わずかですが重要な変化を引き起こしました。
変異遺伝子を挿入されたドギーは記憶力だけでなく、知能も高いことがわかったのです。マウス用の能力試験で、ドギーはふつうのマウスより速く学習することができました。
マウスは泳ぎながら見えない足場を探さなければなりません。そして何度か試すうちに足場の場所を覚えるのです。この試験で、ドギーはつねにふつうのマウスより優秀でした。ドギーは好奇心も旺盛で、ケージに新しいおもちゃを入れると、たいへん興味を示しました。
記憶力が高まると知能も高まる
マウスと人間では記憶の記号化のメカニズムが同じなので、わたしたちについても同じことが言えます。つまり、記憶力を高めれば、知能も高まるのです。少し考えてみれば、それほど驚くことではありません。
記憶力が高ければ、すばやく簡単に情報が手に入りますし、人や物事とつながる機会も増えます。そして基本的に、自分が覚えているものが自分をつくっているのです。自分のアイデンティティは、覚えているさまざまな出来事、人々、物事で決まります。
それを確かめるには、アルツハイマー病など、記憶障害を引き起こす病気の患者に会えばいいでしょう。
認知症初期のある患者がこう言いました。「どうなっているのか、よくわからないんです。まわりにいる人のことはだいたい知ってるんですけど、その人たちと何をしたらいいのかわからなくて……」
記憶障害を防ぐための最善の方法は何でしょうか? それは、脳の記憶のメカニズムをきたえることです。学校で教育を受けていた頃は、記憶力を強化する訓練が学習カリキュラムの大部分を占めていました。
次の学年に進むために、一定の情報を学び、試験で思い出せるよう覚えておく必要があったからです。ところが成長して学校を卒業すると、もう教師たちは励ましてくれません。
記憶力の強化は、しだいに自ら責任を負わなければならなくなりました。大人になった今では、記憶力をきたえるかどうかは身体の運動と同じように個人の努力しだいです。ただ残念なことに、記憶の「筋肉」をしっかり動かしている人はほとんどいないため、その筋肉は衰える一方なのです。
40歳以上の人が神経科医のところを訪れる場合、いちばん多いのは忘れっぽくなったという訴えです。幸いなことに、本当に神経疾患にかかっている人はほんのわずかです。
忘れっぽいという自覚症状があるものの、うつ病(記憶障害の自覚症状があるときの最大原因)ではない人は、長年記憶力を使わなかったせいで衰えているだけです。使わないのは現代文化にも原因があるといえるでしょう。今やたいていの職場では、事実や数字を完全に暗記することなど求められません。
記憶力をきたえにくい現代社会
また場合によっては、記憶力のせいで悪口を言われることさえあります。「本当はわかってないくせに、あれこれ受け売りしてるだけだ」という中傷は、記憶力のよい人をねたんでいるだけです。
もちろん、理解も文脈も無視して、ただやみくもに覚えている場合は批判されてもしかたがないでしょう。そのような覚え方はよくありません。わたしがおすすめしたいのは、今からでも強固な記憶力を目指すことです。すばやく正確に情報を取り出せる記憶力を手に入れましょう。
印刷機ができる前、情報伝達の技術が写本しかなかった時代には、事実を記憶して口頭伝承する必要がありました。ホメロスの叙事詩『オデュッセイア』と『イリアス』は、古代ギリシャの祭や祝いの場で、吟遊詩人というプロの歌い手によって韻律やリズムをつけて暗唱されていたものです。
学者の中には、ホメロスは詩を書いたのではなく、そらで一言一句違たがわず語ったのだと主張する者もいます。
その真偽がどうであれ、ホメロス以前の数百年間に歌い手や詩人たちが覚えて暗唱してきた物語が、ホメロスの叙事詩環の基礎となったのです。
今日では、テクノロジーが強固な記憶力の助けにもなり、妨げにもなっています。ペン、紙、レコーダー、コンピューターなどのテクノロジー機器は、脳の延長だと考えましょう。これらのおかげで大量の情報をもち歩くことができるからです。こうしたすぐに利用できる情報が増えると、ほとんどの場合は便利ですが、マイナス面もあります。
また、記憶装置や高速の情報検索も、脳の記憶力に大きな影響を与えます。しかし、記憶力を高める努力をすれば、これらに打ち勝つことができます。思い出す力をきたえるうちに、脳回路の強化が海馬から始まり、脳のあらゆる部位にまで及ぶようになるでしょう。
いくつになっても頭はよくなる 記憶力・集中力・思考力・創造力 全部高まる28の習慣
リチャード・レスタック (著), 牛原 眞弓 (翻訳)
「ほら、あれ。あの……」が増えてきたら読む本
「使うか、失うか」
年齢に関係なく使えば、脳は進化します。
しかし、機能を知らずして脳をきたえようとするなかれ!
神経学と神経病理学から導かれた、記憶、認知機能など「脳の効率」を高め
頭の機能回復をするための28のメソッド
次のような悩みのある人へ
・目前の人の名前が出てこない ・パソコンのスクリーンを見ただけで眠くなる
・物事を筋道立てて説明できない ・新しいアイデアが出てこない
・昔の出来事を思い出せない ・緊張すると頭が真っ白になる
【目次より】
はじめに
第1章 脳の仕組みを知ろう
第2章 脳のネットワークを育てよう
第3章 記憶を自由に組み合わせよう
第4章 いくつになっても新しく学べる
第5章 脳の運動プログラムを利用しよう
第6章 学習・記憶・知能のつながりを利用しよう
第7章 記憶のメカニズムを利用しよう
第8章 感情的な記憶を強化しよう
第9章 脳の地図を考えよう
第10章 連想力を高めよう
第11章 脳を広範囲に刺激しよう
第12章 脳を自由に働かせよう
第13章 心の健康を保とう
第14章 感情をコントロールしよう
第15章 ストレスを減らそう
第16章 身体のリズムに合わせよう
第17章 注意力と集中力を高めよう
第18章 論理的思考力をきたえよう
第19章 不確かさや曖昧さに耐えよう
第20章 メタ認知能力をきたえよう
第21章 幅広いジャンルの本を読もう
第22章 知覚能力を高めよう
第23章 絵画や音楽を味わおう
第24章 運動で脳をきたえよう
第25章 指先の器用さをきたえよう
第26章 心を休めよう
第27章 テクノロジーで脳機能を拡張
第28章 自分の才能を生かそう

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