橘玲が語る“知識社会”の残酷な真実…AI時代、読書しない人はますます置いていかれる
橘玲が語る“知識社会”の残酷な真実…AI時代、読書しない人はますます置いていかれる

『言ってはいけない 残酷すぎる真実』ほか数々のベストセラーを出版した橘玲氏。過去の著作で多様な分野の新しい知見に触れた読者も多いはず。

では、著者本人はどんな読書で知識を得て、自著へ落とし込んでいるのか?

日本の会社員は1日6時間を雑事に

――橘さんの著作では、金融、心理学、社会学、そして最新テクノロジーに至るまで、広範で深い知識が盛り込まれています。まずは、橘さんの読書に対する根本的なスタンスから伺わせてください。

特別な読書習慣や読書法といったものがあるわけではありません。私の前提は「世の中には自分より優秀で賢い人が無数にいる」なので、そのような天才や、特定の分野で驚異的な才能を持つ人たちと、どのように差別化するかが人生設計の基本戦略になります。そう考えたときに、最も確実なのが「投入する時間の量」です。

アウトプット(結果)が「能力×投入した時間」のインプットで決まるとしましょう。すると、3倍の能力を持つライバルがいたとしても、5倍の時間を投入すればいい。逆にどれほど才能があっても、仕事に投入できる時間がまったくなければ、なにも達成できません。

今の若い人たちは「タイパ」という言葉をよく使いますが、希少な資源はお金ではなく「時間」だということをよく表していると思います。

イーロン・マスクのような大富豪にとって、お金は際限なく増え続ける電子データにすぎませんが、そのマスクも1日は24時間しか与えられていない。

だからこそ、グレッグ・マキューンが『エッセンシャル思考』でいうように、時間という限られた資源を「好きなこと/得意なこと」に一極集中することが最適戦略になるのです。

——具体的には、どのように読書の時間を捻出されていますか?

フリーランスになってわかったのは、組織に属することで発生する時間コストがものすごく大きいことです。

満員電車での通勤だけでなく、不毛な会議や形骸化した社内政治など、日本の会社員は1日のうち6時間を雑事に費やしているというデータがあります。

逆にいえば、この時間をすべて自由に使えるようにすれば、1年で2000時間以上、およそ90日に相当します。

私は旅行が趣味で、1年に3、4カ月は海外に行っていました。周りから「よくそんな時間がありますね」と驚かれるのですが、会社員時代と同じくらい仕事をしていても、会議や通勤がなくなるだけで、これだけ時間資源を増やすことができる。それが10年、20年と積み重なると、埋めようのない差となって現れるでしょう。

SNSで「橘玲はキュレーターだ」

——旅先でも読書はされますか?

旅行中に仕事はしたくないので、出発までにすべての仕事を終わらせて、旅行中の移動や暇な時間は読書に充てると決めています。昔はスーツケースに本を詰め込んでいましたが、今はKindleがあります。ただ、小説以外は今でもマーカーを引きながら読むので、紙の本を持っていきますね。

飛行機の中での時間をつぶせるように、できるだけ厚い本を選びます。新書だとすぐに読み終わってしまいますから。上下巻や500ページを超える専門書で、さすがに面倒くさいと思っていても、旅行中は他にやることがないので読めるんです。これが一番、効率がいい。

——直近の旅行先で印象に残っている場所は?

タイのバンコクは面白いですね。2022年に大麻が解禁されて、大麻ショップはコンビニよりも多いという状態です(25年6月より再規制されたが、いまだ多くの大麻ショップが営業)。

あとは、配車アプリの「Grab」が普及しているのも興味深い。

日本はライドシェアが使えませんが、海外に行くとこれほど便利なものはありません。東南アジアではタクシーのぼったくりがトラブルになっていましたが、「Grab」は乗車前に料金が確定するのでそれもなくなり、旅行がものすごく快適になりました。

バンコクの繁華街スクンビットの路地裏などを歩いていると、世界中から集まったハッカー的な気質を持った人たちに出会います。

ここでいうハッカーは犯罪者ではなく、既存の制度や法律の隙間を突いて賢く生きている若者たちで、彼らを見ていると、現代社会がいかに脆ぜい弱じゃくで、かつハックの対象であるバグが多いかがわかる。昨年出版した小説『HACK』で描いたテーマも、旅先での皮膚感覚と結びついています。

——『HACK』では、まさにバンコクの現状から、暗号資産に関する最新テクノロジー、北朝鮮や東南アジアをめぐる国際情勢などが非常に高い密度で盛り込まれています。

フィクションの場合は、物語の骨格はむしろシンプルにします。私はレイモンド・チャンドラーのようなハードボイルドに影響を受けた世代なので、そのオーソドックスな枠組みを使いながら、舞台や周辺情報を最新のものにアップデートすることを心掛けています。

『マネーロンダリング』(2002年刊)ならタックスヘイヴンの海外口座、『HACK』だとクリプト(暗号資産)やダークウェブで、実際に口座やウォレットを作ってみたり、資金を動かしたりして、どんな仕組みになっているかをリサーチしました。

社会の裏側はそれだけではわかりませんが、たとえばエドワード・スノーデンの『スノーデン独白 消せない記録』を読むと、NSA(アメリカ国家安全保障局)がいかにして監視社会を構築しているか、国家の最重要機密が詳細に書いてある。

ビットコインは『デジタル・ゴールド——ビットコイン、その知られざる物語』、イーサリアムなら『イーサリアム創世記』などから、ブロックチェーンというイノベーションを手にしたハッカーたちの興奮が伝わってきます。



SNSで「橘はキュレーター(編集者)だ」というコメントを読んで、「なるほど」と思いました。各専門分野に詳しい人はたくさんいるけれど、それらの情報を組み合わせてひとつのエンターテインメントに落とし込んでいく人はあまりいない。そのキュレーションの精度が、作家として差別化できている部分かなと思います。

——そうしてエンタメ小説を生み出されてきましたが、フィクションを純粋に楽しむことは?

実を言うと、最近はあまり小説を読まなくなりました。今はイーロン・マスクが本気で火星移住について語り、ピーター・ティールが不老不死を追求し、シリコンバレーの有力者たちが「この世界はシミュレーションである」というニック・ボストロムの仮説を真剣に議論している。現実の面白さがフィクションを超えてしまっていますよね。

自分の中の「知のOS」を更新していく

——高度な専門知識を効率的に吸収し、執筆活動に活かすために重要なポイントはありますか?

自分の中の「知のOS」を更新していくことでしょうか。私が大学に入学した頃は、まだマルクス主義の影響が強く残っていたものの、ポストモダン的な言説に知的権威が移りつつありました。

レヴィ=ストロースやミシェル・フーコー、ジャック・デリダ、ドゥルーズ=ガタリといった構造主義・ポスト構造主義の思想家たちが、「すべては社会的な構築物である」とか「真理など存在しない」と説いたわけです。

当時、雑誌のインタビューでフーコーが「権力は外側から抑圧するものではなく、君の内側にある」と語っていて、大きなショックを受けました。

それまで、権力というのは国家や政府、軍隊や警察といった外部にあって、それに抵抗することが自由の獲得だと思っていましたが、実は権力は内面化されていて、自分で自分を拘束している。それ以来、善悪二元論を疑うようになり、「私が善で奴らは悪」という主張にはまったく興味がなくなりました。

知のOSの次の転機は、2000年前後に進化心理学と出会って、リチャード・ドーキンス
が『利己的な遺伝子』でなにを語っていたのかようやくわかったときです。

進化心理学や行動遺伝学の知見に触れたことで、それまで社会的構築物だとされていた文化や人間の心理、社会の歪みも、実は生物学的な基盤に支えられていることに気づきました。

私たちの感情は進化の過程でつくられてきたものだから、人間の不合理な振る舞いは生存戦略の名残りとして説明できる。これで、進化論と整合性のない人文科学の本は読まなくなりました。

その一方で、これまでの自分の考えとちがう主張にも興味があります。そこにOSを更新する大きな鉱脈があるかもしれませんから。

——実践的な情報の集め方として、自分と異なる思考や主張などはどう見つけていますか?

Amazonの「よく一緒に購入されている商品」で重要な本を見つけたことが何度かあります。自分と同じ関心を持つ読者がどんな本を買っているかは、とても良い情報源。本を読んで「こんな研究があるのか」と気になったら、註からオリジナルの論文をたどることもあります。

今はネットで検索すれば論文のPDFを見つけられるし、有料でも一本数千円程度で買えます。かつては高価な学術誌を購読している大学の研究者しか入手できなかった情報が、インターネットによりすべての人に開放されたのです。

以前は英語の論文などは辞書を引きながら読んでいましたが、今はDeepLで一瞬で翻訳したり、ChatGPTに「要約して」と頼んだりできます。引用したいところだけ原文と照らし合わせればいいので、ずいぶん楽になりましたが、そのかわりどんどん英語を忘れています(笑)。

自由でいられる「知の宇宙」

——近年は多様な真実が登場し、情報の取捨選択自体が難しくなっています。たとえば、SNSでは陰謀論なども爆発的に出回っていますが。

もともと「天下国家」の話には興味がないんです。トランプや習近平がどうしようと、私がそれを変えることはできません。ストア哲学は「自分が変えられること」と「変えられないこと」を分け、「変えられること」に集中するよう説きます。

この世界がどのようなルールで成り立っているのかを知るのは大事ですが、そのルールを個人の力で変えるのはほぼ不可能でしょう。自分自身の経済的土台を構築し、人的資本に一極集中しようと思うのは、 自由でいられる唯一の場所が、誰にも侵入できない自分の「知の宇宙」だからです。

——AIの登場で「知」の価値が揺らいでいるともいわれますが、そんな今、読書の価値はどこにあると思われますか?

知識社会は定義上、高い知能を持つ者に大きなアドバンテージがある社会なので、これからはその格差がさらに拡大するのではないかと思います。

知識やアイデアをマネタイズできる人間が、富とステータスを独占していく。AIに仕事を奪われるのではなく、AIを使いこなし、自分の能力を拡張できる人間にとっては、こんなに面白い時代はないのではないでしょうか。

読書は、著者が一生をかけて獲得した知識を、わずか数時間、数千円で自分のものにできる得難い機会ですから、これほど効率の良い〝投資〞は他にありません。

まずは自由な時間を確保し、ジャンルのちがういろいろな本を読めば、これまで知らなかった知の世界を体験できるし、それが人的資本に反映される。すくなくとも私にとっては、これが人生を楽しむ秘訣になっています。

文/橘玲
(集英社クオータリー コトバ 2026年春号より)

kotoba 2026年春号

コトバ編集室
橘玲が語る“知識社会”の残酷な真実…AI時代、読書しない人はますます置いていかれる
kotoba 2026年春号
2026/3/61,550円(税込)166ページISBN: -

特集
あの人の読書習慣

あの人は、どう本を読んでいるのか?
SNSで言葉があふれるいま、ゆっくりと本を読むことは、
世界との距離を測り直す行為かもしれません。
コトバは、本を読むという営みをもう一度見つめます。

Part1どう本を読むのか?
池上 彰 30年後に役立つ読書
内田 樹×岩田健太郎 読書という快楽の深め方
石破 茂 読書は「無知の恐怖」を教えてくれる
杏 林芙美子の旅と“起源本”から学ぶ幸せ
角幡唯介 読書がもたらす“ズレ”にこそ人生の醍醐味がある
小林ふみ子 江戸庶民の読書習慣
川口則弘 直木賞から広がる読書体験

Part2本の場所、読書の場所
鹿島 茂×亀井崇雄×杉本佳文 本の街 神田神保町の現在・過去・未来
永井玲衣 「人間なめんなよ」の読書論
児島 青 本と人がつながる星座のような物語
水野太貴×一ノ瀬翔太 企画者たちの読書対談
前川仁之 井上ひさし、遅筆堂文庫を訪ねて

Part3読書が変える、読書が変わる
荒俣 宏 蔵書のゆくえ、読書の到達点
橘 玲 読書はタイパ&コスパの良い“投資”
酒井邦嘉 言語脳科学から見た紙の本と電子書籍
町田 樹 実践知と学問知をつなぐ書物の世界
石黒 圭 他者と共存するための「読みの多様性」
飯田一史 「聴く読書」の否定は人権侵害である
中江有里 本が孤独に寄り添ってくれた

【対談】
山岡淳一郎×須賀川 拓 「人間・中村哲」が託したもの
【短期集中連載】
腹巻猫 劇伴哲学 樋口真嗣
磯部 涼 ルポ 川崎2

連載
大岡 玲 写真を読む
山下裕二 美を凝視する
山極壽一 ますます「サル化」する人間社会
三宅陽一郎 文学がなければ人工知能はない
足立倫行 古代史を考えなおす
橋本幸士 物理学者のすごい日記
宇都宮徹壱 法獣医学教室の事件簿
赤川 学 なぜ人は猫を飼うのか?
町田麻子 ことば万華鏡 ミュージカルの訳詞の妙技 南陀楼綾繁 愛と憎しみの積ん読
木村英昭 月報を読む 世界における原発の現在
おほしんたろう おほことば
【kotobaの森】
著者インタビュー 小森真樹『歴史修正ミュージアム』
マーク・ピーターセン 英語で考えるコトバ
大村次郷 悠久のコトバ
吉川浩満 問う人
町山智浩 映画の台詞

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