「最悪は回避された」――その安心感こそが危ない。イラン攻撃をめぐる緊張が一服し、株式市場には反発の兆しが見え始めているが、国際的な投資家は「それは回復ではなく錯覚だ」と警告する。
名を変えた負担、今後の世界経済に影響
イラン人の友人によれば、長きにわたる経済制裁によって国民の不満が爆発寸前に達し、内紛は不可避と見られていたイランが、ハメネイ師をはじめとする指導層の殺害、さらには攻撃によって家族や親族が次々と犠牲になるという極限状況の中で、逆に「国家の主権を守る」という一点に収斂し、国民が一丸となったという。
皮肉にも、それはトランプやネタニヤフの行動が引き起こした結果なのかもしれない。そのうえで彼は、トランプ大統領がホルムズ一度は海峡の完全な開放を待たずに戦闘終結へと舵を切る姿勢を見せたことで、結果としてイランが実質的な影響力を強める構図になると語っていた。
だが、それは望ましいことではない。なぜなら、イランが調子に乗るからだという。さらに踏み込めば、ホルムズ海峡の航行についてはイラン側の主張が一定程度織り込まれ、通航に対して何らかの対価、すなわち通航料のような形でコストが課される構図すら現実味を帯びてくるという。
ここで重要なのは、仮に攻撃に対する補償という形を取れば、それは米国が戦争の敗北を認めることに等しく、現実的には選択し得ないという点である。だからこそ、通航に対する対価という形であれば体裁は保たれる。表向きの論理を崩さずに、実質的には新たなコスト構造だけが固定化されていく。この“名を変えた負担”こそが、今後の世界経済に静かに、しかし確実に食い込んでいく。
そもそも今回の米国およびイスラエルによるイラン攻撃の大義は、「イランに核兵器を保有させないこと」であったはずだ。日本もその是非について明確な立場を示してはいないが、少なくとも建前はそこにあった。
しかし、トランプ大統領の発言は、いつの間にか核の問題から石油、さらには海上輸送路へと軸足を移しつつある。これは単なる言葉の揺らぎではない。戦争の目的そのものが、安全保障から資源と供給網の支配へと変質していることを意味している。この構造変化が示すものは極めて重い。
人類全体にとってマイナスでしかない「全員が敗者」の戦争
仮にイランがホルムズ海峡に対する実効支配に近い影響力を持ち、通航に対するコストが恒常的に発生するのであれば、それは一時的な地政学リスクでは終わらない。エネルギー価格そのものが構造的に押し上げられることになる。
原油価格はイベントで上下する対象ではなく、常にリスクプレミアムを内包した状態へと変わる。そしてその影響は、時間差を伴いながらも確実に世界経済へと波及していく。
ロシアとウクライナ、イスラエルとパレスチナ、アフリカではスーダン、サヘル、コンゴ、ソマリア、エチオピア、さらにはアジアに目を向ければインド、パキスタン、アフガニスタンと、現代の戦争には明確な勝者が存在しない。
言い換えれば、全員が敗者である。民間人が命を落とし、有限であるエネルギーは攻撃に費やされ、油田や製油施設、貯蔵インフラまでもが破壊されていく。大袈裟に言えば、人類全体にとって純粋なマイナスでしかない。
それにもかかわらず、市場は上がることがある。
いつ上昇局面が訪れるのか
ある程度、事態が収束に向かえば、日本株は反発し、むしろ力強く上昇する局面すら訪れる。
そのシナリオ自体は難しい話ではない。中東情勢の緊張が一服し、「最悪は回避された」という認識が広がれば、売り込まれていたポジションの買い戻しが入り、海外資金も再び日本株に流入する。
円安基調が続く限り、輸出企業の業績期待も維持され、指数は見かけ以上に戻る可能性がある。しかし、その上昇の本質を見誤ってはならない。それは回復ではない。錯覚である。
なぜなら、その裏側では何も解決していないからだ。むしろ、円安と原油高が同時に進行する中で、輸入コストの上昇はすでに現実のものとなっている。
エネルギー、物流、食料といった生活の根幹に関わる分野で、10%前後の値上げ圧力が静かに積み上がっている。
そしてこの影響が本格的に表面化するのは、いまではない。半年後、あるいは1年後だ。そのとき、統計ではなく、生活実感として我々を直撃する。
最も警戒すべきは、このタイミング
さらに問題なのは、日本の政策対応である。日銀は利上げを示唆しながらも、すでに2度にわたり実行を見送っている。この時点で市場は、「やると言ってもやらない」という前提を織り込み始めている。仮に0.25%の利上げが実施されたとしても、その効果は瞬時に吸収されてしまう可能性が高い。
そして最も警戒すべきは、利上げをしてもなお円安が止まらない局面である。これは通貨に対する信認そのものが揺らいでいる状態を意味する。政策金利を引き上げても資金が戻らないのであれば、それは金利差の問題ではなく、日本という通貨圏そのものに対する評価が変わってしまったということだ。
この構図の中で起きる株価の上昇は、極めて脆い。
ここまで読み進めてきた読者の多くは、すでにこう考えているはずだ。それでも、いずれ反発は訪れるのだろう、と。確かに、その通りである。
だが、その認識こそが落とし穴になる。
これからの反発こそが、その前触れに過ぎない。
市場は常に少数派が勝つ。誰もが「もう大丈夫だ」と思った瞬間に、次のリスクは芽を出す。そして、誰もが「押し目だ」と信じて疑わない限り、それは本当の買い場にはならない。
本当の買いのシグナルは、安心の中にはない。むしろ、誰もが市場から目を背け、株など見たくもないと思った、その瞬間にしか訪れない。
今回の反発がその地点なのか、それともその手前の錯覚に過ぎないのか……。その見極めこそが、いま問われている。
文/木戸次郎 写真/shutterstock

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