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元巨人の投手だった ジャイアント馬場の偉大な過去

ライター情報:篁五郎

プロレス界のスーパースターといえば、古くは力道山であり、それに続いたのがアントニオ猪木ジャイアント馬場の二人だ。
ジャイアント馬場が死去して17年。昨年には17回忌も行われた。そんなジャイアント馬場について振り返ってみたい。

元巨人の投手だったジャイアント馬場


ジャイアント馬場は元々は読売ジャイアンツの投手であった。しかし風呂場で転倒し、利き腕の右手を負傷したためにプロ野球選手を断念。
知り合いであった力道山に請われて当時の日本プロレスへ入門し、アメリカ遠征でプロレスラーとしての才能を開花させた。

その後、1972年に全日本プロレスを旗揚げし、プロレスラーとして当時最高峰といわれたNWA世界王座を三度獲得。また、強豪外国人を次々と呼ぶなどプロモーターとしても評価されていた。
選手の育成も怠らず、ジャンボ鶴田、天龍源一郎三沢光晴川田利明小橋建太田上明など数多くの弟子を育てあげ、プロレス界に多くの功績を残す。

タレントとしても活躍したジャイアント馬場


また、馬場は数多くのテレビ出演を誇った。日本テレビ系列で放送されていた『クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!』に出演し、司会の逸見政孝と軽妙なやり取りでお茶の間を沸かせる。
他にも、ビートたけしが『ビートたけしのオールナイトニッポン』で「車のサンルーフから頭を出して運転していた」、「ゴルフでカップインしたボールを取り出そうとしたら、グリーンも一緒に持ち上がった」などと馬場のことをよくネタにしていた。

ライター情報: 篁五郎

酒とラーメンと麻婆豆腐と餃子をこよなく愛する独身おっさん物書き。書くものは雑食系。できることからやるをモットーに90年代を懐かしつつ記す日々

2016年1月15日 09時00分

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