この一件。被害者にとっては大惨事ですが、日々、様々な情報をメディアから受け取っている一市民にとっては、愚にもつかない瑣末なトピックなはず。「広い日本の中で、こういう悪事を働く輩もいるんだな」。その程度の認識で、ちらっと気に留めた後、明日には忘れてしまうことでしょう。
しかしその裏に、もう一つの事実が隠れていたことを本稿では紹介していきます。何でも、強奪行為に及んだこの男は、遡ること20年以上前、日本中を騒然とさせたある事件の当事者だったことが分かったのです。
事件の通称は「悪魔ちゃん命名騒動」。実の子に「悪魔」と名付けようとしたことで、一大論争を巻き起こした出来事であり、男はその赤ん坊の父親でした。
「悪魔ちゃん」はキラキラネームの始祖?
「キラキラネーム」「DQNネーム」なる珍名が、広く一般に認知されている現在。火星(まあず)だとか、光宙 (ぴかちゅう)だとか、詩羽楊(じばにゃん)だとか、愛保(らぶほ)だとか……。酷すぎるネーミングは可笑しくもあり、同時に、付けられた子の一生を思うと不憫でなりません。
捉え方によっては、深刻な社会問題ともいえる「キラキラネーム」「DQNネーム」ですが、その先駆けともいえるのがこの「悪魔ちゃん」でした。
物おじしない野心家に…「悪魔ちゃん」の命名理由
1993年8月11日。東京都昭島市の役所に提出された「悪魔」と名付けられた男児の出生届。常用漢字である「悪」と「魔」を組み合わせた名前であったため、一度は受け付けられたものの、親権の濫用を理由に、不受理となりました。これに届出者である父親は不服申し立てをします。その時に主張された「悪魔」命名の意図は次の通りです。
■誰からも興味を持たれ、普通以上に多くの人々と接してもらえることが子の利益になる
■物おじしない野心家になって欲しい
弁護士と相談したためか、一応、もっともらしい理由です。しかし、「普通以上に多くの人と接してもらえること」は、果たして「子の利益になる」のでしょうか?
珍名が児童のうつ病につながるケースも!?
以前Twitter上で「知り合いの医師が『小学生のうつが最近増えていて、その一番の原因はいわゆる“キラキラネーム”』と言っていた」とのつぶやきがあり、話題になったことがありました。自分の名前をクラスメートからイジられたり、自己紹介の度に失笑されたりするうちに、心を病む児童が増えているというのです。
独善的な考えでヘンテコな名前を付けてしまうあたり、想像力が欠如していると言うか何と言うか……。ともかく、例の父親は自身の正当性を通すために、家裁で市と争うことに。結果、なんと彼は勝訴したのです。
悪魔と名付けた男の末路
市側は東京高裁に即時抗告。あくまで「あくま」という名にこだわる父親は、「阿久魔」という別の当て字で再提出を試みます。
最終的に、家族・友人が赤ん坊を「あく」と呼んでいることから「亜駆」と命名し、これが受理され、即時抗告審は未決のまま終局となったのでした。
その後の顛末としては、騒動から3年を経た1996年に両親は離婚。さらには同年、散々世間を騒がせた挙句、『とんねるずの生でダラダラいかせて!!』『進め!電波少年』にも出演していた父親は、覚せい剤取締法違反で逮捕されることに。そして、時を隔てた2014年には窃盗で再逮捕されたのです。
名付けた方と名付けられた方。どちらが本当の悪魔だったのか、結果は明らかというものでしょう。
(こじへい)
※イメージ画像はamazonよりキラキラネームの大研究 (新潮新書)