作家の五木寛之さんが、あるコラムで「呆れるぐらいに素晴らしい」と表現した「絵本 化鳥(けちょう)」。発売1カ月で出版元の在庫が、ほぼなくなるなど、売り上げも好調だという。
文豪、泉鏡花の幻想的な世界を見事に描いた注目のイラストレーターが、中川学(なかがわがく)さん。なんと、京都・瑞泉寺の住職でもある。

子どもの頃から水木しげるや妖怪が好きで、将来の夢は漫画家だったという中川さん。京都に生まれ、お寺の息子として育った。中川さんの絵を表現する時の代名詞「和ポップ」という言葉は、彼が描く独特な画風にぴったりと当てはまる。どこか懐かしく温かい、それでいて神秘的。
中川ワールドで描かれるイラストは、絵本や週刊誌などにとどまらず、海を越えイギリスのデザイン誌など、国内外で評判を呼びオファーが後を絶たない。

■ 絵本を通じて子どもたちに伝えたいこと
中川さんは、2011年に日本を代表する小説家、泉鏡花の作品「龍潭譚(りゅうたんだん)」を「どうしても世の中に出したい」と自費出版したほどの鏡花ファン。中川さんが表現する幻想的で圧倒的な世界観が支持を受け、第2弾となる「絵本 化鳥」が誕生した。

同本では、貧困の中、ゆがんだ環境で生きる女性とその息子が主人公。「投げかけられる問題は偏見、貧困、親子問題と、現代社会となんら変わりません」(中川さん)。母親の価値観の中で生きる少年には、母以外の人は全て動物に見える。
絵本を開けば全て少年の語りで話が展開し、そこに広がる不思議な世界。どこか妖しげだけど美しく温かい絵。見たことがないような独創的な色使い。絵だけでなく色までもが何かを語りかけてくる。中川さんのイラストが人気の理由だ。

「仏教的になってしまうが、人も動物も皆等しく平等という教えが鏡花の作品にはある。
少し怖い印象がある話ですが、最後は子どもが問題を克服し、生きていく姿が描かれます。鏡花の作品は子どもには難しいという人もいますが、伝えたいことは『母への愛』と、とてもシンプル」(中川さん)

「少年が持つ世間や学校、先生らに対する違和感が、幻想となって描かれますが、独創的な世界に浮かび上がる文章の魅力にも注目してほしい。子供の時から、文章の意味が分からなくても、絵から入って難しい文章に親しんでもらえば、想像力は広がる。言葉は簡単なほうがいいという風潮が、日本語を駄目にしている。母国語の美しさ、力を大事にしてほしい」と訴える。

「泉鏡花の話は難しい」と敬遠する人もいるというが、絵本を開くと映像が浮かび上がり、幻想の世界へいざなってくれるようだ。
「現代に繋がる話。だからこそ、大人から子どもまで読んで欲しい」(中川さん)

■ イラストレーターは使命
中川さんが中学生の時に見た、泉鏡花原作の映画「夜叉ケ池」は、大人になってもしっかり心に刻まれていた。「僕がそうだったように、子どもの頃に『絵本 化鳥』を読んで、大人になっても心の中に大切なメッセージとして残る「トラウマ」的役割が果たせれば」(中川さん)

「お坊さんの仕事をしながら、イラストを書くなんて大変でしょう?」と、よく質問されるというが、中川さんにとって、イラストを描くことは使命。中川さんの宗派「浄土宗西山派」では、昔から「当麻曼荼羅(たいままんだら)」という絵解きを使って、文字が読めない人にも目で見せて理解できるよう教化してきたそうだ。「たとえば、曼荼羅は視覚的な効果が全て計算されていて、目にするだけで自然に何かが伝わるよう描かれています」

中川さんには「お坊さんだから」「イラストレーター」だから、という線引きはない。1人の人間として「伝えたいこと」を、大好きな絵を通して発信していく。
「カッコ付けて言うと、僕にとってイラストは、自らの身を投げうつ修行のようなもの。自分の思いをイラストで人に伝え、自分の持つ力で社会に貢献したい」(中川さん)

中川さんのイラストは当麻曼荼羅のような役目を果たし、人種や年代を超え、自然に人の心に何かを届けてくれる。中川さんのイラストから放たれる「メッセージ」、今後も楽しみだ。
(山下敦子)