艦隊型育成シミュレーションゲーム『艦隊これくしょん』――かつて太平洋戦争で活躍した日本の軍艦を萌えキャラとしてゲームの中で蘇らせるという想像力の奇抜さには敬服した。さてその人気キャラの一隻(一人)「軍艦・金剛」に乗って航海したことがある有名作家がいることを文献を漁っていて偶然知った。
それはなんと(!?)大正時代の文豪、芥川龍之介。『羅生門』『地獄変』『蜘蛛の糸』など、日本文学史に残る名作を数々残している氏が、金剛に乗船したときの体験を『軍艦金剛航海記』として残しているのだ。いったいどんなことを書いたのか。その気になる中身を今回は紹介する。

とその前に、「軍艦・金剛」についてごく簡単に説明しておきたい。同艦は大正2年(1913年)に竣工したイギリス製の巡洋艦で、翌年には第一次世界大戦に出陣。
以後、改造工事を経て高速戦艦となり、「ガダルカナル島奪還作戦」「マリアナ沖海戦」など数々の戦いに参加し、最後は昭和19年(1944年)に台湾海峡で魚雷を受けて沈没。日本海軍の軍艦の中で大いに活躍した一隻である。それにどういう訳か芥川が乗船。文末の日付は大正6年8月とある。文献によれば同5年〜8年まで横須賀の海軍機関学校で英語を教えていたそうで、本文中に出てくる機関少尉たちを「教室で一度は講義を聞かせたことのある間柄」ということから、そうしたつながりもあって乗船が許されたものと推察される。

前部艦橋をはじめ、砲塔、水雷室、無線電信室、機械室、汽缶室と艦内さまざまな場所に案内されており、中でも印象深そうに叙述しているのが汽缶室と炭庫である。

「恐ろしく大きな缶(ボイラー)がいくつも、噴火山のような音を立てて並んでいる」とあり、さらに「煤煙で真っ黒になった機関兵が(中略)忙しそうに動いている」「機関兵が三時間の交代時間中に、各々何升かの水を呑むというのも更に無理はない」と付け加える。当時の金剛は石炭と重油を燃料にしていたようで、それらがボイラーの中で盛んに燃える光景に『パラダイス・ロスト』(ミルトン作)のはじめの一章のようなイメージを持ったという。

「ぼんやりした光の輪の中に、虫のようなものが紛々と黒く動いている。(中略)それが宙に舞っている石炭の粉だと言う事に気がついた。この中で働いている機関兵の事を考えるとほとんど同じ肉体を持っている人間だとは思われない」
「海の上の生活は、陸の上の生活に変わりなく苦しい」と漏らす。
「人生は地獄よりも地獄的」と言った芥川をして「凄まじい労働」と言わしめた金剛の心臓部はまさに地獄的であったわけだ。


他方、みんなで楽しく酒盛りをしたときのことも描かれているが、
「ニコチンとアルコールをチャンポンに使った。そうしたら、しくしく胃が痛くなり始めた」と、芥川にとってまたも苦々しい結果となってしまった。ただ、この後の叙述がとても興味深い。
「仁丹を貰って、それを噛みながらケビンのベッドの上へ這い上がった。そうして寝た。僕がマストの上へ帽子をかぶっている軍艦の夢を見たのは、その晩だったように記憶する」――これはまるで「予知夢」ではないか! 21世紀の日本で擬人化された軍艦・金剛の姿を垣間見たように解釈できないだろうか。
天才はこうした不思議な夢を見るもののようだ。

そして、航海記は目的地の陸が近づいてきたところで、
「十四インチ砲の砲身に、黄色い褄黒蝶が一つとまっている」のを見ながら、
「陸を、畠を、人間を、町を、そうしてまたそれらの上にある初夏を蝶と共に懐かしく、思いやっていたのである」と詩人のような情景描写で結ぶ。

短い航海記だが、芥川の鋭い観察眼が金剛の内部の日常をリアルに抉り出しており、自分も乗船して目のあたりにしているかのような錯覚が味わえ、その地獄のような艦内から最後は蝶が現れて、住み慣れた明るい世界に戻るという明暗のコントラストが眩しいくらいに美しい作品である。

なお、軍艦・金剛はゲームの世界だけでなく、リアルでも蘇っていることはご存知の方も多いだろう。自衛隊の海上自衛隊に世界最強と言われる防空攻撃能力を持つイージス艦「金剛」が平成5年(1993年)に就役している。時代が移り変わって、萌えキャラとイージス艦になった金剛を見て、果たして芥川はどのように思うか。
願わくば知りたいものである。
(羽石竜示)

○参考文献
『芥川龍之介全集8』(ちくま文庫)
『金剛型戦艦』双葉社)
『オールアバウト海上自衛隊』(イカロス出版)