「ハッカソン」ってご存じだろうか? ピンとこないという方、「ハッキング」は、どうでだろう。なんとなく「IT関連の用語でしょうな」とイメージできるのでは。
「ハッキング」は「ハック」とも呼ばれ、これは元来、英語の「hack」=「ぶった切る」とか「めった切る」とか「たたき切る」とか、なんだか物騒な意味とともに、「耕す」という意味も持つ。

で、IT業界で使われる「ハック」「ハッキング」とは、クリエイターたちがアイデアと技術を駆使して開発を行うことを指す。これに、「マラソン」を掛け合わせた造語が「ハッカソン」なのである。

一定の期間(2、3日~1週間程度)、クリエイターたちが同じ場所に集い、寝食をともにしつつ、自らの“開発する力”を競い合うイベント「ハッカソン」。マラソンと同じように、長い道のりを、できる限りのスピードを持って、戦っていく。クリエイターたちの、ハックのマラソンだ。


海外が発祥とされる「ハッカソン」は、いま、日本のIT業界でも定着しつつある。そんな中、日本の伝統あるお寺でハッカソンが開催されるというウワサを耳にした。

お寺とハッカソン。
歴史の重みをズシリと感じるお寺。時代の先へ先へと突っ走るIT。相反するような両者を、なぜ組み合わせたのか。
そこから生まれるものとは一体? 今回、この「禅ハック」と名付けられたイベントを開催した主催者の一人である、「面白法人カヤック」代表取締役の柳澤大輔さんに話を聞いた。

「禅ハック」の会場は、鎌倉・建長寺。鎌倉五山第1位の名刹で、正式名称が「建長興国禅寺」であるように、日本有数の禅寺であり、鎌倉で最も禅の歴史がある禅寺だ。

で、なぜこの禅寺でハッカソンだったのでしょうか? 「東日本大震災が発生してから1カ月後、鎌倉では、神道・仏教・キリスト教の三者が、その枠を超えて、合同で法要・復興祈願の祈りを捧げたんです。これに僕は、非常に感銘を受けました。そして、僕らITの力でも、宗教者の皆さんを何らかの形でサポートできないかと考えるようになったんです」と柳澤さん。


宗教とIT。結びつきにくい両者の関係にも思えるが、そこに着目するあたり、さすがは面白法人カヤックの代表取締役である。でも、ITサイドではそう思っても、宗教者サイドはITにあまり興味がないというか、理解がなかったりしませんでしたか?

「宗教者に限らず、やはりご年配の方々には、ITに対する誤解を持たれやすいのは事実としてあります」と柳澤さん。「でもね」と続ける。「建長寺はすごく懐が深いというか、開かれたお寺だったんです。以前、僕らの仕事の会合の場として、一室を貸してくださったこともあって」

また、柳澤さんは会合の一環として、仕事仲間と建長寺に宿泊したこともあるという。
「夜早く寝て、朝早く起きて、坐禅をして。その体験がすごく良かったんです。そして、多くのクリエイターたちにも味わってもらいたいな、と思いました」

お寺を、ITでサポートしたい。ITのクリエイターたちに、お寺の良さを体験してもらいたい。柳澤さんの中で、次第に近づくITとお寺。そして、彼の仲間たちとのミーティングを経て、また、建長寺の理解と協力もあって、「禅ハック」の企画が誕生した。


2014年3月15日・16日の2日間にわたり開催された「禅ハック」。参加者は、総勢65名。顔も名前も知らない同士のクリエイターたちが14チームに分かれて、“お寺体験を面白くするサービス・アプリ”の開発に向けたハッカソンが行われた。

就寝は21時。起床は3時。そして、坐禅。


まさに“禅寺ライフ”である。いや、普段こういった生活を送っていない者にとっては、「修行」と呼ぶにふさわしいかもしれない。「うん、キツイですよね、このスケジュール」と柳澤さんも笑う。「きっと、どんなクリエイターでも尻込みしちゃうとは思っていたんです。だから、人が集まるか心配もありました」

それでも、65名ものクリエイターが集まった。ただ人数が集まっただけではない。人としてもクリエイターとしても、非常に優れた参加者が集まってくれたと柳澤さんは言う。「だって、即席でチームを組まされて、“お寺縛り”という課題を与えられて、なおかつ普段ありえないような早寝早起きに坐禅までさせられたのに、14チームが生み出したアイデアはひとつもかぶらなかったんですよ」

全14チームによるプレゼンを筆者も見させてもらったが、たしかに、どのアイデアもかぶることなく、しかも面白い。たとえば、優勝チームは、実在する和尚にユーザーが相談をしたり、悩みを打ち明けられる「和尚のパーソナルコンテンツ」を提案。準優勝チームは、ユーザーがネットを一定時間以上使うと和尚から警告を受ける「中道メーター」なる、およそITの人間の発想とは思えないようなアプリをプレゼンしていた。

おもしろいだけではなく、そのアプリを通してお寺や和尚に対する興味を強く喚起されたり、具体的なビジネスモデルや金額に踏み込んだ想定までされるなど、「お寺×IT」の未来へとしっかりつながるハッカソンだと、筆者には感じられた。

「心とITは、イコールだ」
そう話したのは、「禅ハック」の審査員も務めた、建長寺の高井正俊総長である。「人の心とITは、実は遠いものではなかったんですね。参加者の皆さんのご提案を見て、気がつきました。心とITは、イコールなのだと」

参加者たちが利用した、お寺内のトイレ。「禅ハック」開始当初、そのスリッパはバラバラに置かれていたという。しかし、途中から、きちんと揃えて並べて置かれるようになった。

「そういうこともまた、禅ハックだからこそ得られたものですよね」と柳澤さん。参加したクリエイターたちは、アイデア出しに向けた情報収集のために、様々な和尚に話を聞き、禅を学び、「修行」もした。それにより、自らの内面も見つめられたのだろう。単なるハッカソンでは得られないもの。「禅ハック」だからこそ得られるもの。心とITが、イコールで結びついていく。

「高井総長だけでなく、鎌倉の観光協会や商工会の方など、今回は年配の方々に多く審査員を務めていただきました。その皆さんにも、プレゼンはどれもわかりやすく、また魅力的だったとおっしゃっていただけた。ITに対する誤解を解く場、ITの人とIT以外の人とを近づける場にもなったんじゃないでしょうか」と柳澤さん。

かのスティーブ・ジョブズも、禅に学び、禅を取り入れた生き方を実践していたことは有名である。外国人にとっても、禅とは魅力的なものなのかもしれない。「この禅ハックを、世界中のクリエイターが参加するハッカソンに育てていきたいですね」と語る柳澤さん。建長寺を訪れる、たくさんの外国人観光客の姿を見るにつけ、「禅ハック」が世界的なイベントになる可能性は十分にあると思う。

今後も、年1回開催予定だという「禅ハック」。日本にしかできないハッカソンが、日本中、世界中の人々の心とITとを近づけていくことになるかもしれない。
(木村吉貴/ 編集プロダクション studio woofoo