専門家に聞く「ナメクジのおいしい食べ方」 酢の物にしたらこんな味だった

2018年11月上旬、あるニュースが話題になりました。オーストラリアで27歳の男性がナメクジを生で食べたことが原因で亡くなった、というものです。
ナメクジは「広東住血線虫」という危険な寄生虫の主な宿主として知られます。男性は広東住血線虫の寄生による影響で髄膜脳炎を発症。寝たきりの状態で8年間の闘病生活を強いられ、最終的に命を落としました。

こんな危険なナメクジですが、一方では日本人にとっても非常に身近な生き物。ちゃんと調理をすればナメクジは食べられるらしい。昆虫料理研究家として、書籍出版やイベント開催を通じて「正しい虫の食べ方」の啓蒙活動を行う、内山昭一さんは事件について報じた東京新聞(11月8日)の取材でこう語っています。


「ナメクジだって、ちゃんと加熱処理すれば香辛料の味しかしないエスカルゴよりもずっとおいしい」

筆者としても常々、ナメクジがどのような味なのか興味がありました。そんなわけで、ナメクジの正しい調理法を伺うとともに、内山さんが提案したナメクジ料理をいただいてみることにしました。


ナメクジの生食の危険性とは


専門家に聞く「ナメクジのおいしい食べ方」 酢の物にしたらこんな味だった
昆虫料理研究家の内山昭一さん

広東住血線虫への感染によって引き起こされるのが、「広東住血線虫症」です。広東住血線虫の幼虫がナメクジなど中間宿主の体内を介して人体に侵入。脊髄から脳に入り、髄膜脳炎や脳性のマヒを引き起こします。くだんの男性のように寝たきりを余儀なくされる場合もあり、非常に危険です。
その一方で日本では喉や心臓の治療としてナメクジを生食する民間療法があったとも聞きます。


結局のところナメクジを食べることにはどれほどの危険性があるのでしょうか。まずはここから内山さんにお伺いしてみました。

内山:確かにこうした民間療法に関する都市伝説があることは事実です。ただ、根拠はないですし、やはり危険な広東住血線虫の中間宿主であるナメクジを生食することは感染リスクが高く、おすすめできません。どうしても食べたいのであれば、しっかりとした加熱処理が必要です。

ナメクジを安全に食べる秘訣はしっかり1分間加熱すること


――では、実際のところどれくらい加熱すればナメクジを安全に食べられるのでしょうか。厚生労働省ではナメクジなどに寄生している広東住血線虫が熱に弱い、との指摘をしています。


内山:とにかくしっかり加熱する、ということが前提です。具体的に言えば75度で1分間ほど加熱すれば、問題はないでしょう。
ただ、加熱処理以外に、注意していただきたいことがあります。食材が触れたかもしれない調理器具や食器も十分に加熱消毒しておいておくなど、対策を講じてください。
食材はきちんと調理したのに、食材が生のまま食器に触れていた、なんてこともありますからね。

おすすめの調理法は酢の物


――なるほど、では、実際ナメクジを食べるにあたって、おいしい食べ方というのはあるのでしょうか。

内山:私も実は知的好奇心でナメクジを食べてみただけなので、この料理がおいしい、おすすめ、とは断言できません。
ただ、ナメクジは陸性の貝の仲間でコリコリ、シコシコとした食感があります。またそのヌメリも特徴的です。
特徴を生かした、酢の物などが調理法としては適していると思います。加えて、酢の殺菌効果もあるため感染のリスクを低くすることにもつながります。


ナメクジの酢の物を実食


というわけで、こちらが、内山さんのおすすめするナメクジの酢の物。

専門家に聞く「ナメクジのおいしい食べ方」 酢の物にしたらこんな味だった
見た目からはナメクジであった形跡はわからない


ちなみに、こちらの酢の物は内山さんの著書『楽しい昆虫料理』でレシピが公開されています。気になる方はご覧になってみてください。


さて、実際にナメクジの酢の物をいただいてみましょう。
こうやってぶつ切りにしてしまうと、もはやナメクジだったことすらうかがい知れません。ナマコの酢の物のようです。ただ、ナメクジの特徴であるストライプはちらちら視界に入ってきます……。

覚悟を決めてほおばってみます……。

味はというと、歯ごたえのしっかりとした貝類やナマコの酢の物という感じ。
ヌメリは確かにあるものの、ジュンサイやメカブのようで、気になるほどではありません。むしろ食べやすさに貢献しているといったところでしょうか。
ナメクジと言われなければ、食材がなんであるかに気付く人は少ないでしょう。

取り立てて味に癖はなく、コリコリとした食感がよく、日本酒やビールなど、お酒のつまみにも合いそう。
結論を言えば、ナメクジは普通においしいです。変な癖もないので、貝類やナマコが苦手、という方でも楽しめそう。
味には好みがありますし、ナメクジには危険性があることも事実です。一概に判断するのは難しいでしょう。ですが、適切な調理法を踏まえれば、おいしくナメクジを食べることはできるわけです。

とはいえ、ネット上では「えぐい」「にがい」といった食レポも多いナメクジ。単に酢の物にしただけではそのえぐみが取れるとも思えません。
おいしく調理するコツについてもう少しお伺いしてみました。


おいしく食べるコツはきちんと糞抜きすること


――ナメクジの味というと、非常に苦い、えぐみが強い、といった話を聞くこともありますが、全然そんなことはありませんでした。何かコツはあるのでしょうか。

内山:きちんと糞抜きすることです。糞抜きしないと、消化物がそのまま体内に残っていることがあります。ナメクジを調理する場合は、少なくとも2~3日は絶食しておいてください。糞抜きさえすればそれほど変な味になることはありません。

専門家に聞く「ナメクジのおいしい食べ方」 酢の物にしたらこんな味だった
内山さんの書斎 スズメバチが飼育されている 


――ところで、なぜ昆虫食のような文化的な背景もないある種「ゲテモノ」のナメクジを調理してみようと思ったのですか。

内山:知的好奇心によるものが大きいです。これはどんな味がするんだろうと。確かに昆虫食に関してもそうですが、見た目にハードルはあるかもしれません。でもしっかりと調理すればおいしく食べることができるわけです。

文化としての昆虫食に興味を持ってほしい


――最近はナメクジに限らず、昆虫食やジビエ料理など、これまで一般的に食べてこられなかったものに対する興味関心が高まっているようにも思いますが、専門家としてはどういった印象をお持ちですか。

内山:確かに、2013年にFAO(国際連合食糧農業機関)が昆虫食を推奨する報告書をだしてから、興味関心は増しているように思います。日本以外ではヨーロッパを中心に新たな食糧として注目が高まっています。最近では主催するイベントにも来る人が増えたかもしれません。どちらかというと若い人が増えてきています。

ただ、ヨーロッパのように単に栄養素についてのみ取り上げられることには疑問があります。粉にしたり、チョコレートバーみたいにしたり、虫の形が分からないようにしている商品が圧倒的に多いです。ですが、私としてはちょっと違うかなと思うのです。

私自身はあくまでも食文化として、昆虫食など今あまり食べられていないものを食べてみるというところに関心があります。
昆虫食を通して、食べられないと思っていたものが食べられるという風に見方が変わることは、食のイノベーションにつながるのではと思っているのです。

――内山さんのお話を聞いて昆虫食に興味を持つ方も多いと思うのですが、初めて食べるのにおすすめの昆虫や、昆虫食が食べられるレストランなどはあるのでしょうか。

内山:気軽に見つけられて味もいいというのであれば、時期は違いますがセミがおすすめです。またいつでも食べられるというのであれば、養殖物のコオロギやミールワームなどいかがでしょうか。

専門家に聞く「ナメクジのおいしい食べ方」 酢の物にしたらこんな味だった
内山さんが料理したキイロスズメバチのさなぎの田楽とコオロギ田楽 普通においしい

お店だと高田馬場にあるジビエ料理の「米とサーカス」などもおすすめです。あとは私自身も昆虫を実際に調理したり食べたりするイベントを開催しているので、そちらもいいかと思います。

内山さん主催の昆虫食イベントは随時開催中


内山昭一さん公式ホームページ http://insectcuisine.jp/
近刊: 新潮新書『昆虫は美味い』発売中。

(小林たかし)