あなたの家の周りで一番多く飛んでいる鳥は何ですか? と聞かれたら、私の場合はカラスである。鳩やスズメも居るのだが、自宅の窓から見える範囲で強い存在感を放っているのはカラスだ。

以前大きなカラスが自宅のベランダの手すりに止まり、そっとカーテンを閉めようとしたところにカラスと目が合ってしまった瞬間、手すりに留まったままバサッと黒い羽を大きく広げ、くちばしをクワッと開いて「カアーッ!」と威嚇されたことがある。
至近距離とはいえ窓ガラス越しであったというのに、あんなにも精神的に効いた威嚇は初めてで、数年経っても強烈な記憶である。

頭上を飛び回っている時は恐怖のカラスだが、そんな彼らとも犬や猫のように仲良くできたら良いのに……なんて思っていたところ、『カラス飼っちゃいました』に出会った。
この本は、傷ついた飛べないカラスを保護した著者の犬養ヒロさんがカラスと共に暮らす生活を描いたコミックエッセイである。なんとも壮絶で、ギャグマンガのように笑えるのだが、野生動物と共に生活するということについてドキュメンタリーのように考えさせられる。

犬養さんとカラスとの出会いを簡単に記すと、犬養さんが犬の散歩中、猫に噛まれて傷ついたカラスのヒナを発見した。
ここで死なれても困ると言う近所住民の意見や親ガラスの襲撃に耐えつつヒナを保護し、動物病院に連れて行くが埒が明かず、野鳥専門の病院に車で1時間かけて行き、さらに10時間待って診察を受け、傷ついた神経や、肝臓の病気のため一生飛べないということ、そのため野生には戻せないということ、カラスは長生きなのでうまく飼えば30年は生きるということを告げられるのだ。

放っておいたら死んでしまう、もしくは、30年共に生きていく。急に突きつけられるにはなかなか究極の選択だと思うのだが、共に生きていくということを選び、カラスは「かぁ子りん」と名づけられ、犬養さんとカラスの生活が始まるのである。

カラスのヒナのかぁ子りんが拾われる際の表情がいじらしくて、心をわし掴まれた。しかしあらためて、野鳥、しかもカラスを拾うという勇気がすごい。
カラスと暮らす日常が軽快で面白いのだが犬養さんのカラスへの、そして一緒に飼っている犬や猫、ハムスターへの愛情が感じられて読んでいて温かい気持ちになる。
動物たちの表情や仕草がとにかくかわいいのだ。犬養さんに飼われる動物たちは本当に幸せだ……としみじみ思う。日々のフン掃除にも、シャワーを浴びるにも、動物たちのリアクションに可愛いやつだなぁ……とにんまりしてしまうのだ。

ちなみにカラスを飼う、と書いたが、本書を読み、訂正させていただく。カラスを含めて野生動物をペットとして飼うことはできないそうだ。あくまで傷ついたカラスを最終的に野生に戻すことを目指し保護している、という状態である。


ちなみに著者は動物看護師の資格を持ち、動物病院での勤務経験もある、筋金入りの動物好きの方だ。これまで私はカラスを拾おうとしたことはないが、黒くてシャープでダークでカッコイイなどと軽い気持ちで手を出して良いものではない。何が起きても一生懸けて添い遂げる覚悟が必要である。野生動物を保護することがいかに大変か心に沁みつつも、読みながら犬養さんの大きく深い愛に感動し、そしていつも無邪気なカラスのかぁ子りんや動物たちとのやりとりに笑わせていただいた。

著者の犬養ヒロさんに、カラスとともに暮らす生活をコミックとして描かれたきっかけを伺ってみた。
「カラスなどの野鳥や野生動物は、半端な気持ちでは拾うべきではないということを、身をもって知ったので皆さまにもお伝えせねばと思いました」

本書を読むと野生動物を保護した時の暮らしが良く分かる。
まるで自分が飼っているかのような気分にさせてくれ、なんだか充実した気持ちにすらなることができる。本書にはカラスQ&Aのページもついていて、もし保護することになったときの注意など参考になる。

また、犬養さんがカラスを保護する以前から飼っていた犬や猫やハムスターなど、ほかの動物と一緒に生活されることで最も気を遣われた点を聞いてみた。
「犬は教えると飼い主の可愛がっている動物を襲ったりしませんが、猫は野生の本能が強いので、かぁ子りんとハムスターのトンキーさんの居住空間にはケージを利用したりして安全確保の工夫をしていました。どんな動物と暮らしても、日々の衛生管理に努め、人も動物も快適に暮らせるような環境作りがとても大切だと思います」

本書で面白いのは、とにかくしょっちゅうフンをするかぁ子りんである。トイレさえ覚えてくれるならば一緒に暮らしてみたい……とも思うのだが、漫画の中で、またやったかー! と怒りながらもひたすらフン掃除をする犬養さんの背中がカッコ良く見えてくる。
かぁ子りんの入ったケージの上で日向ぼっこをする猫や、一緒にさつまいもや鶏肉(カラスは雑食なので鶏肉も食べる)などいろんなものを食べているシーンがあるが、皆幸せそうで楽しい。
筆者の家でも猫を2匹飼っているが、カラスや犬や猫が幸せに共存しているのも、人間の環境作りやトラブル回避の策があってのことなんだよなぁと読んでいて勉強になる。

また、カラスのかあ子りんと暮らしている際のエピソードを教えていただいた。
「フン掃除をし、汚れた身体を水浴びさせてあげた後、かぁ子りんが気持ち良さそうに日向ぼっこをしている姿を見せてくれる時には、幸せな気持ちになりました。マッサージや温浴をしても、神経が麻痺していたので、年々進行して脚や翼が動かなくなって行くのを見ていてどうしてあげることもできず、仕方ないことだけれど切なかったです」

漫画の中で幸せそうなかぁ子りんの顔を見て私も幸せになったし、最後まで読むと泣きそうにもなった。本書には犬養さんとかぁ子りんの暮らしと、温かな愛情が詰まっている。
最後に、本書を読まれる方にお勧めしたいポイントを聞いてみた。
「野鳥は大空を飛び回り、自然の中で暮らすことが本来あるべき自然な姿だと思います。野鳥を保護する時の動機は、かわいいからといって飼い慣らすことではなく、できる限り放鳥の手助けをしてあげて欲しいと思います」

カラスとの生活ってどんなのだろう? と純粋な興味で読んでみたが、印象がだいぶ変わった。相変わらずワイルドで、読んでいてカラス怖えー! となることもあるが、一言で害鳥と片づける気にはとてもなれない。傷ついたカラスを保護できますか? の問いに答えはすぐ出せないが、窓から見えるその姿を、大空を飛び回るカッコイイ野生の鳥として、今までとは少し違う羨望のまなざしと親近感を持って見つめたいと思う。
(鎌戸あい/boox)