日々の生活の中で、自分の気持ちを上手く伝えられないと思うことがある。たとえば感情とはうらはらな態度をとってしまったり、思ったことをストレートに口に出せなかったりすることもあるだろうが、自分の気持ちとぴったりはまる“ことば”が見つからないときもあるだろう。


同じ言語を話す人同士でそうなのだから、海外の言語ならなおさらだ。4月に発売された『翻訳できない世界のことば』はその名のとおり、他の国のことばではそのニュアンスをうまく表現できないことばを集めた本だ。アメリカで出版され、フランス・ドイツ・韓国など7カ国で翻訳が予定されており、各国のレビューサイトで評判を呼んでいる。

「積ん読」と表現するのは日本だけ?「翻訳できない世界のことば」を集めた本
『翻訳できない世界のことば』エラ・フランシス・サンダース (著) /創元社


ノルウェー語・アラビア語・イヌイット語・ウルドゥー語など52のことばが美しいイラストとともに紹介されていて、その中に日本語も紹介されているのでいくつか挙げてみる。
TSUNDOKU(積ん読)…買ってきた本をほかのまだ読んでいない本といっしょに、読まずに積んでおくこと。
KOMOREBI(木漏れ日)…木々の葉のすきまから射す日の光。


「積ん読」と表現するのは日本だけ?「翻訳できない世界のことば」を集めた本
「木漏れ日」は日本独特のことば。その他に「侘び寂び」「ボケっと」が紹介されている。


確かに積ん読を分かりやすく説明しようと思うと長くなってしまう。また、木々の葉のすきまから射す日の光に名前をつけるのは日本人らしい感性かもしれない。

世界中で2500万人以上が閲覧したネット記事


「この本のそもそもの始まりは、当時19歳だった著者がMaptiaというネットサイトに投稿した「11 Untranslatable Words From Other Cultures(翻訳できない世界の11のことば)」というイラスト入りの短い記事でした」と、創元社の担当編集者・内貴さんに教えていただいた。

このネット記事があっという間に拡散され、世界中で2500万人以上の閲覧を記録し、アメリカの編集者が書籍化を持ち掛け、原書『LOST IN TRANSLATION』が生まれたそうだ。内貴さんも投稿記事を目にしていて、原書を見つけたときには即座に日本での出版を決意したという。

イラストはもちろん、翻訳されたシンプルで美しいことばにも注目していただきたい。
ページをめくるたびに、素敵なことばが世界にはあるのだなあと感心させられる。また、「イラストの中にある日本語の手描き文字は、訳者の前田まゆみさんの手によるもの。イラストの雰囲気を壊さないように、かつ可読性も十分考慮して、何度も手直ししながら描きあげてくださいました」と教えていただいた。前田さんの丁寧な仕事ぶりのおかげで、日本語訳の本書が素敵に仕上がっている。

「積ん読」と表現するのは日本だけ?「翻訳できない世界のことば」を集めた本
カリブ・スペイン語には、シャツの裾をズボンの中に入れようとしない男に名前がついている


日本語以外で特に気になったのはPORONKUSEMA(ポロンクセマ)というフィンランド語だ。これは「トナカイが休憩なしで、疲れず移動できる距離」のことをいう。
トナカイの歩く距離がひとつのことばになるなんて!

内貴さんの好きなことばはUBUNTU(ウブントゥ)というズールー語だ。ズールー語は南アフリカ共和国のズールー族を中心に使われている。本来は、「あなたの中に私は私の価値を見出し、私の中にあなたはあなたの価値を見出す」という意味で、「人のやさしさ」を表している。好きな理由は「優しさの表現方法として非常にユニークで秀逸」と教えていただいた。

「積ん読」と表現するのは日本だけ?「翻訳できない世界のことば」を集めた本
「人のやさしさ」を表すズールー語「UBUNTU(ウブントゥ)」。日本語ではどのことばが近いか考えてみるのもおもしろい


ことばにはその土地の人々の生活が根付いているんだとあらためて気付かされる。

「日常生活のいろいろな場面で、この本に出てくることばを当てはめてみると、新鮮な驚きがあって楽しいと思います。
新しい目で世界を眺めるという素晴らしい体験ができると思います!」と内貴さんがいうように、「このことばを使う人たちの生活はこんな風かな?」と想像していると楽しくなってくる。みなさんもまだ知らない世界のことばに触れてみてはいかがだろう。

(上村逸美/boox)