定価数千円のチケット価格がインターネットオークションで数百倍に跳ね上がり、50~60万円の高値で売買される――。
「日本一チケットが取れないアーティスト」といわれる超人気グループ・嵐のコンサートでは、これまでこうした数十万円単位のチケット取引が成立することが珍しくなかった。
しかし、その嵐が2016年4月から始まるツアーで、入場者がチケット購入者本人であることを識別するための「顔認証システム」を本格的に導入することを発表し、ファンの間で賛否を呼んでいる。チケット価格の高騰は、嵐に限らず人気アーティストなら起こり得る現象であり、一種のステータスともいえる。しかし、なぜ嵐は顔認証の導入に踏み切ったのだろうか。
●ファンクラブ会員にも紛れ込む転売屋
背後に見え隠れするのは、人気アーティストのチケットを最初から転売目的で購入して高額で売りさばく、ダフ屋まがいの「転売屋」の存在だ。例えば、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)は15年11月からネット上での転売が確認されたチケットを無効にする対策を採っているが、それ以前は転売目的で買い占められたチケットの総額は年間10億円にも上ったという。
不正転売が後を絶たない背景には、ネットオークションなどによる転売を「違法」と言い切れないという事情もある。
「入手困難なチケットを仕入れるために、転売屋は組織化しているケースも多いです。個人よりも複数で行ったほうが効率的ですから。例えば、彼らはファンクラブ会員のみが応募できるコンサートにも、会員として紛れ込んでいるし、抽選が行われるチケットの場合は家族や友人の名前を借りたり、複数人で応募したりすることで当選率を上げています。
この状況を健全化するべく、近年は主催者側も転売対策に本腰を入れ始めている。
「アイドルグループのももいろクローバーZは、14年7月に行われた日産スタジアムのライブで、チケット購入時に登録した顔写真を専用機器で照合し、本人かどうかを識別する『顔認証システム』を業界で初めて導入しました。その後、B'zやGLAY、福山雅治など、ほかのアーティストも続々と顔認証を取り入れています」(同)
●公演中に泣きながら退場させられるファンも
そんな中、以前から「顔認証を導入するのでは」といわれていたのが、転売屋による高額のチケット売買に悩まされていた嵐だった。そして、ついに今年4月23日から8月10日にかけて行われるアリーナツアー「ARASHI“Japonism Show”in ARENA」で、QRコードを用いたデジタルチケットと顔認証の導入を発表したのだ。
ジャニーズ事務所側は、これまでも事前に確認できた転売チケットは無効にするなど、独自の対策は行ってきた。昨年のツアーでも、一部の公演で顔認証による入場(係員による目視)を実施、会場内での本人確認も実施しているが、転売チケットによる入場を完全に防ぐまでには至らなかった。
「ジャニーズ側も転売された席番はだいたい把握しているので、その周辺に座った人にはランダムに本人確認をするのです。ジャニーズのコンサートの場合、チケットを持っていれば会場には入れますが、席に着いてからスタッフが確認に来ます。ランダムのため、自分のところに来るかどうかは完全に運なのです。もちろん、アウトなら強制退場させられるので、転売チケットを買ってコンサートに行くほうも、ある意味で賭けなのです。さすがに、公演中に泣きながら退場する人を見た時は、少し同情しました」(Bさん)
当選倍率の高さを考えると、高額の転売チケットに手を出してしまうファンの気持ちもわからなくはない。
ジャニーズの場合、これまでは1人につき1公演4枚までチケットを申し込むことができたが、今回の嵐のツアーでは2枚までに変更された(入場者はファンクラブ会員限定)。さらに、申し込みの代表者と同行者の入れ替えが禁止され、座席番号がわかるのは公演前日となった。
「高いお金を払ってでも行きたいのがファン心理で、数十万円でもチケットを買うのは、そもそも取るのがあまりに難しすぎるから」(同)という声もあるように、需要と供給があるからこそ転売ビジネスが成り立っているのも確かだ。
入手困難問題はあるにせよ、ジャニーズが本気の対策を打ち出した今、これまで何度も繰り返されてきた主催者側と転売屋のイタチごっこは、新たな局面に突入したといえるだろう。ファンの反応も含めて、今後の展開を見守りたい。
(文=青柳直弥/清談社)