ホンダは同社初の量産EV「Honda e」の生産を今年1月に終了した。発売開始は2020年夏で、3年という異例の短さの生産終了だった。
どこに問題があったのか。ジャーナリストの井元康一郎さんは「乗り心地や運動性能は卓越していたが、価格と航続性能の2点に関して初志貫徹できなかったことで存在意義の不明な商品になってしまった」という――。
■ホンダ・日産のEV提携のウラで、「Honda e」が生産終了に
今年1月のCES(北米家電ショー)で次世代BEV(バッテリー式電気自動車)のコンセプトカー「Honda 0(ゼロ)」シリーズを公開、3月15日には日産自動車と電動化、知能化に関する提携の覚書を交わすなど、2040年脱エンジン宣言の実現化に躍起になっているホンダ。その陰で今年1月末、1台のBEV「Honda e」が生産終了となった。
「Honda e」は八郷隆弘前社長の肝煎りで開発され、2020年10月にホンダの4輪車史上初めて車名に“Honda”の5文字を戴いて華々しく登場したモデルだ。
が、デビュー後は積極的にPRされることはなく、車体色の改廃を除き改良も行われることもなかった。
ホンダ自身からまるでなかったことにされた挙句、モデルライフ3年あまりでディスコン(生産終了)というのはあまりにも寂しい幕切れと言えよう。
■売れなかったの一言に尽きる
短命に終わった理由は売れなかったからの一言に尽きる。筆者はHonda eで過去に4回、走行距離延べ約1万7000kmにわたって長距離ロードテストを行っている。その使用実感にかんがみて、販売不振に終わったのは当たり前だと思う。
弱点を挙げればきりがない。満充電からの走行可能距離がBEVに適した温暖期でもせいぜい200km程度、急速充電が遅い、寒さに極端に弱い、後席や荷室が狭い、等々。
それでも価格が安ければコロッとした可愛いデザインを目当てに洒落で買うという需要を少しは期待できただろうが、その価格が495万円と、全長3.9mのサブコンパクトカーとしてはきわめて高価ときた。
ホンダは発売時「街なかベスト」「シティコミューター」と謳っていたが、車両価格500万円のシティコミューターなどというビジネスを成立させられるブランドフォースはホンダにはない。性能価格比で割に合うクルマでなかったという時点で発売した瞬間に詰んでいた。
■可能性を感じるモデルだっただけに残念
が、「Honda e」はまったく成功の見込みのないクルマだったかというと、そうはまったく感じなかった。生かしようによってはホンダのブランドバリューを引き上げるのに貢献するモデルに育てられた可能性もあった。その意味では何の改良を施すこともなく3年あまりでディスコンというのはいかにももったいないと思ったのも確かだった。

「Honda e」の開発陣の狙いは市販版とは大きく異なっていた。「Honda e」の市販版のプロトタイプが初めて公開された2019年、定年退職で離脱を余儀なくされたが完成間近まで開発を指揮していた本田技術研究所の人見康平氏はコンセプトを次のように語っていた。
「製造時にCO2を大量に排出するリチウムイオン電池の総容量は35.5kWhに絞るが、急速充電30分で200kmぶん充電可能として長距離移動もこなせるようにする。価格は日本円で400万円以下」
■「大型バッテリー車と互角」の設計だった
小容量バッテリーにもかかわらず30分で200kmぶん充電可能というのは当時としてはかなり先鋭的なコンセプトだった。
筆者は大型バッテリーを積む日産自動車「リーフe+(62kWh)」、ヒョンデ「アイオニック5(72.6kWh)」で横浜~鹿児島間をツーリングしたことがある。「リーフe+」は中継充電30分×6回、アイオニック5は同5回で鹿児島に到達した。
満充電で出発後、初回充電まで400km、その後は1回の急速充電あたり、リーフは平均180km、アイオニック5は平均220kmずつ積み増されるというイメージである。
かりに「Honda e」が人見氏の狙った性能を持っていたとしよう。充電率100%で出発後、「リーフe+」、「アイオニック5」に比べて、初回充電までの走行距離が短く、1回余分に充電する必要があるが、それ以降は両モデルと似たようなペースで走れる。
カーボンフットプリント(製造時の環境負荷)の低い小型シティコミューターでありながら、大型バッテリー車と互角の使い方が可能なのだ。
■欧州で喝采を浴びた「Honda e」のコンセプト
このコンセプトは“小さいのにすごい”と聞くと萌えスイッチが入る傾向が強い欧州で喝采を浴びた。後輪駆動、走行性能の高さ、信じ難いほどの小回り性能、先進装備、凝縮感のあるデザインなど他の要素も考え併せて「ベビーテスラ」と称する向きすらあった。

欧州委員会のBEVゴリ押し政策への対応に大わらわとなっていた欧州メーカーにとって「Honda e」の登場は青天の霹靂(へきれき)で、普段はやり取りの疎遠な欧州のエンジニアから何か追加の情報はないのかと筆者のもとにメールが何通も届いたりした。
■実際には30分充電で100kmほどしか走れなかった
これほど期待感を上げておきながら、なぜ市販車は電気的性能の低いクルマになったのか。
実際にドライブしてみると温暖期でも急速充電30分で200kmどころか満充電からの航続距離が200km程度。物理容量35.5kWhのバッテリーのうち、実際に使っているのは25kWh程度にすぎず、それが足かせになった。
急速充電30分で走れる航続距離はせいぜい平均100kmプラスアルファといったところ。事前の説明に期待を抱きつつ初めて「Honda e」の長距離ロードテストを行った時の空振り感といったらなかった。

なぜ実現できていない空想的性能を開発陣が堂々と語ったのかと最初は腹立たしく思ったものだが、ロードテストを重ね、幾度となく充電しているうちに、別の推測が頭をもたげてきた。
それは「Honda e」が本当はもっと高い充電受け入れ性を持っていたにもかかわらず、発売前に意図的に性能を制限されたのではないかというものだ。
■「Honda e」は本来の性能を発揮できていない?
「Honda e」の充電速度は遅いのだが、バッテリーのコンディションが悪いことによる充電速度の低落ではなく、バッテリーの状態がどうあろうともコンピュータが頑なに充電を絞るという挙動らしい。
短いインターバルでの繰り返し充電への強さからしてバッテリーは常に「余裕しゃくしゃく」、本来もっと高い性能を狙って設計されていることがうかがえた。
2020年の発売前に取材した時、電気系エンジニアが急速充電30分200kmを実現させる技術的な裏付けについてかなり具体的に述べていた。そのひとつがどのような特性のバッテリーセルを使うかという選択だった。
■あえて“奇策”に出た
通常、BEVのバッテリーセルには同じ体積、重量でより多くの電力量を蓄えられるようエネルギー密度の高いものが選択される。それに対して「Honda e」の開発陣はあえてハイブリッドカー用に近い低エネルギー密度セルを使うという“奇策”に出た。
バッテリー密度が低いと蓄電容量は減るが、目の細かいザルより目の粗いザルのほうが水の通りがいいように、高密度タイプより大きな電流を受け入れる。セルの種類もハイブリッドカーで使用実績のあるGSユアサや東芝のチタン酸リチウムイオンセル、中国のCATLセル等々さまざまなタイプを試した結果、パナソニックに決めたとのことだった。
ホンダに限らず取材の現場ではエンジニアが記者に優良誤認させようと意図して話すというのはよくあることだ。が、そういう時はこんな明瞭な言い切りはせず、もっと曖昧な話し方をするのが常で、乗れば一発でバレるような嘘を並べ立てるようなことはまずない。あまつさえ「Honda e」のエンジニアたちは「やり切った」と満足げな表情を浮かべていた。彼らの言葉に嘘はないと見ていいだろう。
■バッテリーの品質保証費用発生を嫌って性能制限か
思うに、「Honda e」本来の性能は総容量35.5kWhのうち30kWhから32kWhを使用範囲とし、急速充電30分で25kWh前後を充電可能というものだったのだろう。それなら人見氏はじめエンジニア陣の大風呂敷にも妥当性が出てくる。
昨年の東京モーターショーあらためジャパンモビリティショーの会場で別の電動化技術者になぜ「Honda e」をこんな仕様にしたのかきいてみた。答えは長年使用しても新車の時と同じ性能を維持するためというものだった。
バッテリーが劣化した時を見越して新車時からバッテリーの使用範囲を狭め、急速充電のスピードも落としたと解し得る言葉だ。
ホンダは近年、品質費用(商品の異常への対応などで発生するコスト)の増加に頭を悩ませている。「Honda e」での品質費用の発生を嫌い、すんでのところで守りに入ってしまったのかもしれない。
■「守り」に入らなければもっと評価されていた
が、これはホンダにとって決していい手とは思えなかった。「Honda e」リリース版の性能では長距離ドライブを快適にこなすことは望めず、シティコミューター(街中での移動に使われる車)専門というキャラクターになる。
価格も、人見氏の構想より100万円高い500万円のシティコミューターなど売れるわけがないし、ホンダのBEVは性能が悪いという先入観をユーザーに植え付けることにもなりかねない。そんな仕様にするくらいならいっそ発売を諦めるべきだった。
もし将来の品質費用の発生リスクを過剰に恐れず、本来の資質をそのまま生かして発売していれば、「Honda e」は今とはまったく違う評価を受けていただろう。
現状でも走り、快適性、小回り性能については文句のつけようがないくらい素晴らしいクルマに仕上がっている。高い価格と電気的性能の悪さでユーザーを遠ざけていなければ、もっと多くの人が「Honda e」に触れてその素晴らしさを体感し、「ホンダはBEVに関してこんなユニークなアイデアを持っているのだな」とプラスイメージを持つケースも出てきたことだろう。
■「Honda e」でのツーリングは快適すぎた
「Honda e」はバッテリーに電力が残っている間は信じ難いくらい楽しく、心地良い。制約がなければそれこそどこまでも走って行きたくなるようなキャラクターだったからだ。
筆者はクルマの評価は長距離試乗でという主義だが、マイナーチェンジも挟まない同一モデルで4回もロードテストをしたことは過去に一度もなく、これからもおそらくない。
それだけ「Honda e」に乗ったのは、ツーリングが快感すぎたからだ。1度めの長距離ロードテストで充電パフォーマンスの悪さをイヤというほど味わったが、それでも2度、3度と長距離ドライブをするのにためらいはなかった。
■欧州ジャーナリストからも最大級の賛辞
後輪駆動、前後50:50の重量配分、前は軽合金製、後ろは鋼管溶接の軽量なサスペンション、ミッドシップのスポーツカーよろしく前205/45R17、後225/45R17の前後異径タイヤ等々。
これのどこがシティコミューターなのかと言いたくなるような走り重視のディメンションを持つうえ、チューニングが非常に丁寧で、文字通り狙った走行ラインを思い通りにトレースできる。
路面の荒れた山岳路を含め、どんな道路でもドライビングは思いのままという感があった。
サスペンションのロール剛性が高いわりに乗り心地がいいのも美点で、路面のいい高速道路やバイパスでは、あたかも船の世界におけるスポーツクルーザーのような滑走感がある。
道が荒れてくるとそれなりに揺れが発生するが、その揺れの収まりが非常に素早く、揺すられ感につながらない。ロードノイズの遮断はBセグメントサブコンパクト離れしており、快適性も高い。車内は広い窓とグラストップのおかげで明るく、狭いのに圧迫感は皆無だった。
乗り味にうるさい欧州のジャーナリストたちとの意見交換でも、ことドライブフィールについては大絶賛の嵐だった。ある評論家は「Honda e」の楽しさを“ridiculous(馬鹿げた)”と評した。最大級の賛辞である。
■アイキャッチ性の高いデザインも高評価
ファニーフェイスやキュッとしまったフォルムなどのアピアランスも独特の吸引力がある。
登場からそれほど時が経っていなかった最初の長距離ロードテストの時には行く先々で見知らぬ人から声をかけられた。生産終了が発表された後に行った最後のドライブではさすがに声をかけられたのは数人だったが、京都の平等院の近くで渋滞にハマっているときなど、通りすがりの人たちがクルマに目をやる。
販売台数があまりに少ないので最後まで物珍しかったということもあるが、それだけアイキャッチ性が高かったということでもある。
クルマとしては大失敗に終わった「Honda e」だが、ポテンシャルは間違いなく高いものがあったし、小容量バッテリーで高いパフォーマンスという狙いも良かった。
ルノーが2025年発売を目指している「R5」など、前輪駆動と後輪駆動の違いこそあれ、「Honda e」にインスパイアされたようなスタイリングだ。
小型BEVはどう作れば魅力的になるかというヒントを公に示しただけで自分は滅びるというのでは、敵に塩を送るようなものだ。「Honda e」を生かすことができなかったことをどう反省し、教訓を得るかはホンダの今後のBEV戦略の成否にも影響するので、しっかり総括すべきだろう。
■買うなら中古車がオススメ
ところでこの「Honda e」、航続距離や急速充電受け入れ性は求めない、とにかく走りの楽しい小型BEVが欲しいというユーザーにとっては、今は購入のまたとないチャンスである。
狙いはまだ在庫がある新車ではなく中古車だ。日本における「Honda e」の累計販売1900台弱のうち、結構な台数をディーラーの試乗車が占めている。モデル廃止と合わせてそれらが走行距離が非常に少ない上物の中古車として出回りはじめている。
中心価格帯は300万円台前半。ホンダの新エネルギー車では過去にプラグインハイブリッドカーの「クラリティPHEV」がモデル廃止時に走行数千kmの新品同様の個体が新車の半値近い価格で出回ったことがある。
そのことから「Honda e」は300万円を切るのではないかと何となく予測していた。その読みは外れたが、上玉が300万円強なら狙っていた人にとってはありだろう。
所有する場合、自宅充電は必須。ホンダは独自の充電サービスを終了しているため急速充電にはある程度の出費を覚悟しなければならない。充電残数%という薄氷を踏むような思いをしないことを前提とすると、航続距離の目安は春夏秋の3シーズンが150km、冬季が120km。この範囲で楽しむというのであれば素晴らしいカーライフになるはずだ。

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井元 康一郎(いもと・こういちろう)

ジャーナリスト

1967年鹿児島生まれ。立教大学卒業後、経済誌記者を経て独立。自然科学、宇宙航空、自動車、エネルギー、重工業、映画、楽器、音楽などの分野を取材するジャーナリスト。著書に『プリウスvsインサイト』(小学館)、『レクサス─トヨタは世界的ブランドを打ち出せるのか』(プレジデント社)がある。

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(ジャーナリスト 井元 康一郎)