子どもの頃に習い事や家族旅行を体験できるかどうかは、親の経済状況に左右される。チャンス・フォー・チルドレン代表理事・今井悠介さんの著書『体験格差』(講談社現代新書)より、小学生の長男と次男を育てている池崎愛子さんのケースを紹介する――。

■家計に給料を入れず、暴力を振るう夫
池崎愛子さんはデイケアで看護師として働いている。二人の子どもがまだ4歳と2歳だった頃、夫の暴力や夜遊びなどが原因で離婚を経験した。
――離婚をされたことで、経済的な面での変化はありましたか。
夫がいた頃も給料は入れてくれていませんでした。光熱費だけは口座振替で落ちていたんですが、貯蓄をするのは難しかったです。
――離婚以前から収入としては母子家庭に近い状態で。

そうですね。夫とは次男を妊娠している頃から仲が悪くなり、出産後しばらくしてからは家庭内別居のような感じになりました。
彼は食事だけして別の部屋にこもっていました。それで、夜は週4ぐらい遊びに行って、夜中の2時とか3時に帰ってくるという。その回数があまりに多いので改めてほしいという話をしたら喧嘩になって。子どもと家を出て、数日後に戻ったら別の女性がいました。

子どもの目の前で自分を蹴るとかもありました。次男はそのことを覚えていて、今でも時々その話をするんです。まだ次男が赤ちゃんだった頃に、泣いている次男を夫がソファーの上にボンと落とす、みたいなこともありました。
■手取り19万円と公的手当でやりくり
――暴力や虐待も受けていたんですね。
私は看護師をしているのですが、看護師は「夜勤してなんぼ」というのがあります。次男の出産後は子育てや保育園の送迎のため日勤の仕事に就いたので、給料が下がりました。
以前は30万円近いときもありましたが、今は手取りで19万円ぐらいです。日曜祝日も働けなくなりましたから。
給料のほかには就学援助を受けていて、あとは児童手当と児童扶養手当ですね。学童の費用も二人で月8000円くらいまで抑えてもらっています。
養育費はもらえていません。彼が出て行ってすぐの頃は、子どもの誕生日のプレゼントがポストに入っていたり、「来週子どもを動物園に連れていくから」という連絡がいきなり来たりすることもありました。
でも、その1、2年後からはまったく音信不通の状態です。
■月4000円の通信教育は長男1人が限界
――お子さんたちはお金のかかる習い事などに参加したことがありますか。
ないですね。お金もそうですし、送迎も難しくて。車は元の夫が持っていってしまいました。私が子ども二人を自転車の前と後ろに乗せて行けるところだけ。
あとはバスとか電車で遊びに連れていったり。
夜6時頃、学校で地区の夏祭りがあったときに、仕事が遅くなって一緒に行ってあげられませんでした。子どもたちそれぞれに500円ずつ渡したんですけど、二人ともめだか釣りを1回やっただけでなくなってしまったみたいで。今はそういうのも高いんですね。あとはほかの子が色々やっているのを見ていたって。
長男が学童で将棋を習って好きになったんです。
そしたら、ファミリーサポートの方が「公民館で年間500円だけ払ったら将棋ができますよ」と教えてくれて。それで、今は3人で月に2回、バスで20分くらいの場所にある公民館まで行っています。日曜日の午前中です。地域のおじいちゃんが子どもたちに将棋を教えてくれています。
私がなかなか勉強を教えられないので、タブレットでできる通信教育みたいなものには入りました。仕事から帰って、急いでご飯をだーっとつくって、子どもに食べさせて、お風呂に入れて、寝かせてっていう、そういう毎日で。
離婚をして、子どもたちに申し訳ない気持ちがずっとありました。通信教育は月に4000円くらいです。普段の生活を切り詰めながら、ちょっと奮発して払っています。ただ、二人分は経済的にキツいので、長男だけになってしまっています。
■「普通の親」ならできることができない
――勉強のほうはどうですか。
二人とも国語が得意ではなくて。特に下の子がもう2年生なのにまだカタカナもよくわからないんです。漢字はもう全然で。学校の先生にも相談したんですけど、障害があるのかもしれません。それぐらい書いたり読んだりというのが苦手です。
「普通の親」だったら、勉強をずっと見てあげたりとか、どこかに通わせたりとかができるかもしれないですが、なかなかできなくて。
■買い物で値段を気にする子どもたち
――子どもたちから「こんなことをやってみたい」と言われたことはありますか。
我慢してるのかなと思います。学校からサッカーとか野球のチームのチラシが配られるんですけど、「やりたい?」と聞くと、「いいよ、やりたくない」って言うんです。「テレビで見るのが好きだから」って。チラシに料金も書いてあるので、それが理由かなと思ったり。
二人とも勉強は苦手だけど、体を動かすことは好きなので、スポーツをやったらきっといいんだろうなと思います。クラスでやっている子もいるみたいです。
イオンに行くとキャンプのテントが売っていて、すごくやりたいのがわかるんです。わーってテンションが上がって、テントの中に入ったりして。でも「キャンプに行きたい」とは言わないです。
買い物に行っても、「これ高いね、こっちがいいね」とか言ったり。
何かほしいものがあったとしても、まず母親がどう思うかなというのを先に考えて、その範囲で言ってくるようなところがあります。子どもらしくないというか。
■家族で何かするような場所を避けてしまう
――キャンプに行ったり遠出したりという経験はほとんどないですか。
ないですね。旅行もまったく行っていないです。長男が学校の行事で山の学校に行ったぐらいです。
元々私は他県の出身なんですけど、両親は結婚前に他界しているので、息子たちにとっては「田舎に行く」という機会もなくて。田舎暮らしとか、キャンプとか、そういう体験をさせてあげられていません。
お友達に頼んで行けたりすればいいんですけど、必死で仕事をしているとママ友をつくる余裕もなかったり……。
キャンプ場とか、父親を交えて家族で何かするような場所を避けている部分もあります。離婚の前に乗っていたのと同じ色の車を見ると、子どもたちが「あ、パパの車だ!」って言って手を振ったこともありました。
――池崎さんご自身は子ども時代に何か習い事などされていましたか。
小学校低学年までピアノをちょっとだけ。あとは4年生ぐらいから塾に。
両親は共働きで商店をしていて、時間的な余裕がなかったです。学校のあとに近所の親切なおじいちゃんおばあちゃんのところに行って、晩御飯を食べさせてもらったり。
私の両親は仕事が忙しく学校の行事に来れなくて寂しい思いもしたので、私は運動会とか参観日には必ず参加しています。それで仕事がやりにくくなったり、限られたりもするんですけどね。
■ファストフードは1000円以内で
――最近は食費や光熱費も上がっていますね。
色々切り詰めようと思っても、なかなか難しいですね。ちょっと暑いぐらいだったら扇風機だけで、窓を開けて。エアコンはつけないで。
スーパーでも割引のシールが貼ってあるものを探して買っています。二人とも果物が好きなんですけど、見切り品のバナナが50円とかで売ってたら買ったりします。高かったら今日はあきらめようって。
普通のレストランとかでは食べることがないですね。子どもたちはファストフードが好きなので、たまに買うぐらいです。ハンバーガーとポテトとジュースのセットを一人分買って、単品のハンバーガーをもう一つ買って。ジュースとポテトは二人で半分ずつ。私まで食べると1000円を超えてしまうので我慢します。
――もし少しお金に余裕ができたら何に使いたいですか。
前は誕生日のプレゼントで百均のおもちゃとかを買っていたんですけど、長男は自転車がほしいみたいで。でも高いですよね。もう3年も待たせています。
体もどんどん大きくなってきているので、服とか靴も。服は支援などでいただけることもあるんですけど、靴はなかなか難しくて。
■「子どもに自転車も買ってやれない」
――貯金をされたりもしていますか。
ちょっとずつですね。今は自分しかいないので、「もし自分が倒れたら」というのは常に不安に思っています。すごく怖いです。
二人がどんどん大きくなっていったら教育費もかかるだろうし、お金がないから行きたい学校を我慢するというのは絶対にさせたくないので。
年齢的な不安もあります。「いつまで働けるのかな」と思ったり。下の子が成人する前に私が定年を迎えてしまうので、そこからまた収入が落ちたらどうすればいいのかなって。
――出費の中では家賃が一番大きいでしょうか。
そうですね。実は持ち家なんです。主人と結婚したあとに「マンションを買わないと離婚する」みたいに言われて、そのとき私が持っていた全財産を注ぎ込んで買ったんです。保険も全部解約して、私の親が残したお金も全部使って。
マンションが売れたらいいんですけど、音信不通の彼と共同の名義になっているので、手続きができていません。本当は市営住宅とかに移りたいんです。それで食費とかにもう少し回せるようになるといいんですけど、それが今はできない状態なのもきついですね。
家だけが良くて、でも実際の中身は全然整っていない。子どもに自転車も買ってやれない。なんでこんなことになったのかな、って思ったり。すごくしんどいなって。すみません、泣いてしまって……。
■食事は子ども優先、親は我慢するしかない
ひとり親家庭においては、貧困の問題を避けて通ることはできない。時給が低く不安定なパートタイムの仕事に就いている場合もあれば、池崎さんのように夜勤や残業ができずに収入が低く抑えられている場合もある。仕事から得る収入だけでは足りず、公的な手当がなければ生計を立てることが難しい家庭が多い。
20年以上シングルマザーの女性たちを支援してきたしんぐるまざあず・ふぉーらむ沖縄代表の秋吉晴子(あきよしはるこ)氏は、「経済的に厳しいひとり親は、まず真っ先に自分の食事を減らす」と言う。同団体が沖縄のひとり親家庭を対象に物価高騰の影響について調査した結果によれば、実に7割近くの家庭で親が自分の食事の量や回数を減らしたと回答したそうだ。子どもにハンバーガーを食べさせて自分の分を我慢するという池崎さんのお話は、その典型だろう。
子どもにお金を使うために、自分にかかる支出はぎりぎりまで切り詰める。けれども、そうまでしてもなお、自転車すら買ってあげられない。そこに表れるのは、子どもに対する「申し訳なさ」の感情だ。あるいは、離婚したことについて子どもに対して「罪悪感」を持つ場合もある。子どもが親に言わないことがあるように、親が子どもに伝えないこともある。
■「うちは無理だよね」という悲しい理解
子どもに何かの「体験」をさせようと思えば、経済的な負担に加えて、送迎などの時間的・体力的な負担も重くのしかかる。比較的安価に通える地域クラブやボランティア主体の活動においては親の付き添いが必須であったり当番制を設けていたりすることも多い。
その負担は、二人の大人が子育てに関与できる状況よりも重く感じられるだろうし、いわゆる自分の「実家」の助けが得られない場合はなおさらだ。困りごとがあっても助けを求めづらい、地域や近所の人たちに苦しみを打ち明けられていない、という場合も多いようだ。貧困に加えて、孤立の問題も深い。
池崎さんの話からは、子どもがやってみたいことを言わ(え)ず、「うちは無理だよね」とあきらめている様子が窺える。泣きながら「サッカーがしたいです」と言う子どもとは、表裏の関係にあると言えるだろう。
こうした状況を生きる子どもたちに「体験」の機会を届けるためには、「やってみたい」という気持ちが明確に表れている場合に、それに対して経済面を含めたサポートをする、というだけでは必ずしも十分ではない。一度ふたをしてしまった「やってみたい」という気持ち自体に寄り添うこと、あるいは「やってみたい」何かを見つけようとする好奇心を育み直すこともまた大切になってくるはずだ。

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今井 悠介(いまい・ゆうすけ)

公益社団法人チャンス・フォー・チルドレン代表理事

1986年生まれ。兵庫県出身。小学生のときに阪神・淡路大震災を経験。学生時代、NPO法人ブレーンヒューマニティーで不登校の子どもの支援や体験活動に携わる。公文教育研究会を経て、東日本大震災を契機に2011年チャンス・フォー・チルドレン設立。6000人以上の生活困窮家庭の子どもの学びを支援。2021年より体験格差解消を目指し「子どもの体験奨学金事業」を立ち上げ、全国展開。著書に『体験格差』(講談社現代新書)がある。

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(公益社団法人チャンス・フォー・チルドレン代表理事 今井 悠介)