人気テレビ番組『SMAP×SMAP』(フジテレビ系)の放送作家として、国民的アイドルグループに伴走してきた鈴木おさむ氏が、小説『もう明日が待っている』(文藝春秋)を上梓した。本書の第3章「世界で二番目にスキだと話そう」より、メンバーの結婚をめぐるエピソードを紹介する――。

■結婚報道当日に開催されたライブ
ライブの時間が近づいてくる。
メンバーは誰一人としてタクヤに結婚のことを言わない。大事なのは今日のライブを成功させること。
ライブ会場の開場が始まり、お客さんがどんどん入ってくる。僕はお客さんがどんなテンションなのだろうと思って、こっそり見に行った。すると、会場のお客さんの中には、その日の新聞を握っている人もいた。
結構いたのだ。
もしあの人たちがライブ中にあの新聞を両手で上に掲げたらどうなってしまうんだろう?
あらゆるワーストケースが頭に浮かぶ。
僕以上に、それを想像しているのは、リーダーでありメンバーだっただろう。リーダーはきっとあらゆる事態をシミュレーションしたはずだ。
ライブ中にファンが結婚のことを口にしたり叫んだりした時にどう対応しようか? 考えていたはずだ。
ライブの開始時間が近づくと、スタッフの緊張感も高まっていく。

誰も経験したことのないライブが始まる。
あのラブソングをファンはどんな思いで聞くのだろう……。
■一つになりきれないメンバー、そしてファン
ライブが始まった。
何も知らない人が見たら、とても盛り上がったライブに映っただろう。
でも、いつもは120%のところまでブチ上がっていくのだが、その手前で止まっている気がした。
メンバーもあらゆる事態に備えながらやっているし、あらゆる場面でライブを爆発させるタクヤも、この日はその集中力に限界があったはずだ。
なにより盛り上がっているはずのファンのどこかに迷いと悩みがあった気がした。
どんなに歓声を上げても一緒に歌っても、一つになりきれない何かがあった。
タクヤはどうするんだろう?
5人はどうなるんだろう?
私たちは何を信じたらいいんだろう?
そして、この迷いの中では、大ヒットまっただ中の、ライブで一番聞きたいはずの極上のラブソングを、純粋な気持ちで聞ききれない。
■タクヤは人生を賭けた会見へ向かう
フリートークがカットされて、いつもより短い時間でライブは終わった。
スタッフはいつもと変わらず「お疲れさまでした」とメンバーを出迎える。リーダーも、ゴロウチャンもツヨシもシンゴも、楽屋の方に戻ってきても顔色を変えず、スタッフに「お疲れさま」とは伝えるが、今日のライブがどうだったかは何も言わない。

タクヤだけはこの日、ライブが終わりではなかった。自分の人生を賭けた会見がある。
楽屋に戻ってきたタクヤは、急いで会見用の服に着替えた。そして会見に向かうために楽屋を出た。
メンバーたちは、タクヤがこのあとどこに向かうか知っている。人生を賭けた会見に向かうことを分かっている。
でも、何も言わなかった。
タクヤは楽屋を出ると、廊下を歩いた。イイジマサンとマネージャー陣、僕と最低限の人数で、ライブ会場の上にある会見会場に向かった。
真っ白な廊下を通り、エレベーターを待つ。このエレベーターに乗って上がると、そこが会見場である。
世の中に彼の結婚がどう受け止められるかはこの会見次第だ。

■緊張を楽しみ、戦いを勝ち抜いてきた
エレベーターに乗ると、彼が言った。
「全身の毛穴から血が出そうだよ」
はにかんで言っていたが、本音だろう。
タクヤが僕にこんなことを言ったことがあった。知り合いのサッカー選手が初めてのワールドカップに出場して、試合直前、電話を掛けてきたらしい。
「やばいよ。めっちゃ緊張してる」
そう言った彼に対してタクヤは言った。
「今からその緊張を味わえるのって日本に11人しかいないんだぞ。だからその緊張を楽しめよ」
タクヤからその話を聞いた時に、なるほどと納得した。彼はこれまで、そうやって戦って勝ち抜いてきたのだと。
彼のこの言葉を聞いてから、僕も、とんでもなく緊張したとしても「この緊張を味わえることは人生であと何回もないのかもしれない」と思うようにしたら、緊張を楽しめるようになった。
タクヤも、この人生最高の緊張感を楽しもうとしているのかもしれない。
エレベーターが止まって、扉が開いた。
タクヤが、エレベーターを出て歩き出した。
僕はその背中を見送った。
会見が始まる。
■冒頭、格好付けずに放ったひとこと
タクヤが会見場となる場所に入ると、一斉にフラッシュがたかれた。
日本一の男が28歳で、人気絶頂の時に結婚する。それを伝えるために、想像を超える数のマスコミが集まり、その人たちの温度で会場は熱くなっていた。
黒の袖無しのシャツに黒のデニム。あくまでもカジュアルにまとめたタクヤらしいスタイルで、1人で堂々とマスコミの前に立つと、タクヤは自ら口を開いた。
「皆さんにこの場を借りて報告することがあるので報告します」
そう言うと、「えー……」という言葉のあとに、言った。
「結婚します」
格好付けることなく。ごまかすことなく。男らしく言ったその言葉と覚悟をマスコミの人たちも受け取ったように見えた。
記者たちの質問が矢継ぎ早に飛んでくる。
■「出来ちゃった」ではなく「授かった」
1人の記者が一番聞きたいことを聞いた。
「おめでたという話がありますが」
それに対してタクヤは真っ直ぐに答えた。
「事実です」
記者が「4カ月ですか?」と聞くと「はい」とすぐに答える。
飛び続ける質問。
「具体的にどんな言葉でタクヤさんには報告があったんですか?」
そう聞かれると、ここでタクヤは言った。
「授かったよ」
彼からこの言葉が発されると、そのあとに、誰も「出来ちゃった結婚ですか?」などと言う人はいなかった。
別の記者が「プロポーズはなんて?」と聞くと、照れながら「恥ずかしいので」とさすがに答えを拒否したが、これもタクヤのキャラクターらしいなと思った。
そして彼は言った。
「本当はこういう場には2人でちゃんと皆さんの前に、自分たちの声で言いたかったんですが、体のこともありますので」
結婚する相手のことを気遣った。
■守るべき人を守り、さらけ出した会見
会見の後半では、あのラブソングを歌っている時に「自分がどうにかなりそうだった……」という迷いも吐露した。
全てを隠すことなくさらけ出した。
守るべき人を守りながら。
記者が「メンバーに報告したらなんて言ってましたか?」という質問には「驚いてました」と言った。実際はどうだったかは分からないが、ここでは「おめでとう」という言葉はなかった。
この日の朝に会見をすると決めて、会場に入りライブを行い、そして会見を行った。
とてつもなく長い1日だったろう。
タクヤは自分らしく会見をやりきった。
■メンバーたちは初めての笑顔を見せた
会見を終えたタクヤにイイジマサンが「お疲れさま」と言って頭を下げた。イイジマサンの「男らしくない」から始まったこの日。「お疲れさま」の言葉が僕にまで沁み渡った。
タクヤは僕に右手を出して握手を求めてきた。
彼の右手と僕の右手で強く握り合うと、彼が言った。
「ありがとう」
エレベーターを降りて、廊下を歩く。メンバーたちはこの会見をどこで見ていたんだろうか? ライブ会場から移動する車の中で見ていたのだろうか?
そう思いつつ、タクヤと楽屋に戻る。
そしてタクヤが楽屋の扉を開けると、目の前のソファーに、リーダー、ゴロウチャン、ツヨシ、シンゴが一緒に並んでいた。そしてタクヤに声を揃えて言った。
「結婚おめでとう!」
みんなの顔に今日初めての、本当の笑みが浮かんでいた。
そしてタクヤにもやっと笑顔が出た。
この会場に入ってから、メンバーの誰もが「結婚」のことも何も口にしなかった。それがプロとしてのエチケットだと思ったのだろう。
そして、楽屋を出て行く時に誰も「頑張ってね」と声をかけなかった。あそこで中途半端な言葉をかけることは良くないと思ったのかもしれない。
■彼らなりのやり方と絆と信頼、そして友情
彼ら5人の仕事の時、タクヤはいつも決めるべき場所で決めてきた。生放送の放送終直前に、ボウリングでストライクを決めて最高のエンディングを作ったり。
バスケでロングシュートを決めたり、アーチェリーで最高得点を射止めたり。最後の最後にタクヤがビシッと決めて奇跡を起こしてきた。
彼らはそういう時、余計な言葉を口にしない。「やってくれる」と信じるのだ。それが彼らなりのやり方と絆と信頼。そして友情。
だからタクヤが会見に出て行く時も何も言わなかった。タクヤは「頑張るのは当たり前でしょ」とよく言っていた。手を抜かない。
彼の性格をよく分かっているからこそ、何も言わずに、最高の緊張状態のまま送り出した。
そして最高の会見をやってのけた彼を、リーダーは、ゴロウチャンは、ツヨシは、シンゴは笑顔で迎えた。
僕はその言葉を聞き、後ろを向いた。涙が出たからだ。
■アイドルならではの罪悪感が溶けていった
アイドル冬の時代にデビューし、先輩たちのように華々しく売れることなく、他のアイドルたちが進まなかった道を、自分たちで切り開いて進んできた彼ら。
メンバーが1人抜けて、最大のピンチを迎え、そこで5人でまた手と手を強く握ってやり遂げてきた。
そして国民的アイドルとまで言われるようになった彼らのメンバーの1人が結婚をするという、想定外の出来事。
結婚して、子供を授かって、本来なら「おめでとう」と言われるべきことがアイドルだとめでたくはなくなる。誰かのガッカリに変わる。本当だったら胸を張って「結婚しました」「子供が出来ました」と言うべきことなのに言えない。
タクヤもきっと、この日ずっと胸のどこかに罪悪感があったに違いない。だけど、仲間たちの「おめでとう」で、全てが溶けていったはずだ。

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鈴木 おさむ(すずき・おさむ)

実業家、元放送作家

1972年、千葉県千倉町(現南房総市)生まれ。高校時代に放送作家を志し、19歳でデビュー。バラエティーを中心に数々の人気番組を構成。2002年には、森三中の大島美幸さんと結婚。「いい夫婦の日」パートナー・オブ・ザ・イヤー2009受賞。主な著書に、結婚生活を綴った『ブスの瞳に恋してる』(マガジンハウス)、『ハンサム★スーツ』(集英社)、『テレビのなみだ』(朝日新聞出版)、『最後のテレビ論』(文藝春秋)など。

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(実業家、元放送作家 鈴木 おさむ)