食品業界の世界最大手ネスレが、国内最大手である味の素と手を組んだ。味の素が展開する経管栄養食の買収や栄養補助食品での一部提携という小さな案件だが、そこには世界を見据えた両社の壮大なる野望が潜んでいる。

(「週刊ダイヤモンド」編集部 泉 秀一)

 株式時価総額約25兆円。食品世界一の称号を手にしてもなお、スイスのネスレの“食欲”は旺盛だ。日本法人のネスレ日本は2月29日、味の素と栄養補助食品事業で手を組むと発表した。

 ネスレ日本は、味の素から濃厚流動食事業を買収するとともに、医療機関や介護施設、調剤薬局など医療系ルートにおける栄養補助食品の独占販売権を取得。濃厚流動食、栄養補助食品共に、4月25日からネスレ日本による販売がスタートする。

 味の素から買収した濃厚流動食「メディエフ」は、鼻や胃にチューブを通して摂取する経管栄養食で、主に病院などの医療現場で使用されている。

 販売で提携した栄養補助食品では、口から摂取する補水液「アクアソリタ」や栄養補助飲料「メディミルプチロイシンプラス」が施設から家庭まで幅広く使われており、今後はネスレ日本が医療機関や介護施設での販売を担い、家庭向けルートは味の素が引き続き自社で販売する。

 もともとネスレ日本は医療機関や介護施設への販売網が強く、味の素は家庭向け販路を自前で持つ。それぞれの強みを生かすかたちでタッグを組んだ格好だ。

 日本をはじめ先進国では、社会の高齢化とともに糖尿病や肥満などの慢性疾患の患者が増え、医療費の上昇が深刻化している。そんな中で高価な「医薬」ではなく「食品」で健康管理を行う動きが広がっており、食品大手は「栄養」をキーワードに「食品と医薬の間の新領域」(中島昭広・ネスレヘルスサイエンスカンパニープレジデント)にチャンスを見いだしている。

 栄養剤・流動食(経管・経口)の市場規模は、国内で見ても700億円程度(矢野経済研究所調べ)とみられ、まだ小さい。

しかし、世界的に市場の拡大が確実視されているだけに、英蘭ユニリーバや仏ダノンなどグローバルプレーヤーの鼻息は荒い。

 ネスレは2007年にスイス製薬大手ノバルティスのヘルスケアニュートリション事業を買収して市場に参入。その後も世界中でM&A(企業の合併・買収)を重ねた。粉ミルクなどの乳幼児向けの栄養補助食品では世界でトップシェアを握るが、高齢者向けの栄養補助食品は「いまだ市場の勝者が決まっておらず、混戦状態」(高岡浩三・ネスレ日本社長)。

 ネスレといえど、この市場では単なる一プレーヤーにすぎない。だからこそ、味の素と手を組んだのである。

国内提携で終わらずに世界で協業も

 このタッグ、今のところは、販売提携は日本に限定され、ビジネスの規模でいえば小さい。

 しかし、ネスレは「将来的にはグローバルでの提携も見据えている」(中島カンパニープレジデント)としており、これで終わらせるつもりはない。今回の買収と提携は、同盟を結んで世界を取るための“序章”にすぎないのである。

 これまで両社は、コーヒーブランドの「ネスカフェ」(ネスレ)と「ブレンディ」(味の素)が競合し、ライバル関係にあった。その両社が栄養補助食品でパートナーという新しい関係をスタートさせるわけだが、ネスレはなぜ味の素をパートナーに選んだのか。

 彼らが取り込みたかったのは、味の素が持つアミノ酸のR&D(研究開発)である。

味の素は、業界で「アミノ酸研究の分野で世界一」といわれており、栄養補助食品市場においてその力は大きな意味を持つ。

 人間の体の約20%はタンパク質で作られているが、そのタンパク質を構成しているのが20種類のアミノ酸。アミノ酸は人間にとって必須の栄養素であり、栄養補助食品の要である。

 提携内容には、味の素のR&Dの提供は含まれないが、高い研究開発力を誇る味の素の商品の独占販売権を得ることで、競合他社との差別化を図れる。

 近年は、手軽に摂取できる経口栄養食の需要が高まり、消費者は「おいしさ」も求め始めている。しかし、おいしさの基準は国や地域で異なるため、各市場の嗜好に合った商品の開発は極めて難しい。そこでネスレは、アミノ酸の組み合わせによって“味覚を科学”できる味の素の技術に注目し、アプローチしたのである。

 味の素にもうまみはある。「うちはR&Dは強いが、栄養補助食品の分野は世界で販路がない」(味の素幹部)のが悩みで、世界中に販路を持つネスレと組めば一気に拡販でき、「20年までに食品企業でグローバルトップ10入りを果たす」という目標の達成に一歩近づく。

 技術を持つ味の素、販路を持つネスレという最強タッグは、双方が胸に大いなる野望を秘め、二人三脚の一歩を踏み出す。

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