2月4日(水)~2月15日(日)までの12日間、東京・ 六本木の国立新美術館を中心に開催される「第18回文化庁メディア芸術祭の受賞作品展」。アニメーション部門で優秀賞を受賞したのが、『映画クレヨンしんちゃん ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん』だ。

2002年の『映画クレヨンしんちゃん を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦』(原恵一監督)が、同じくメディア芸術祭アニメーション部門大賞を受賞して以来の快挙となった。ある日、突然ロボットになってしまった野原ひろしが、父親の威厳復活をもくろむ謎の組織の野望を打ち砕くため、しんのすけと共に立ち向かう。これまでは家族をサポートする立場だった父のひろしに、初めてスポットが当たった作品だ。

近年の『映画クレヨンしんちゃん』シリーズの中でも、とりわけ大ヒットとなった今作。脚本は、原作者の臼井儀人の元担当編集であった劇団☆新感線の作家で、『天元突破グレンラガン』や『キルラキル』などアニメ作品の脚本も多数手がける中島かずき。そして監督は、アニメ『クレヨンしんちゃん』シリーズに制作進行や演出として長年関わってきた、高橋渉。
映画監督わずか2作目にして大きな名誉を得ることになった、期待のクリエイターである。そんな高橋監督に、作り手としての「クレヨンしんちゃん」の魅力をたっぷりと伺った。「大人も泣ける」と言われることについて、一体どう思っているのだろう?

――メディア芸術祭優秀賞受賞、おめでとうございます。

高橋渉(以下、高橋) ありがとうございます。でも、受賞ラインナップの中で浮いているような気がして、落ち着きません(笑)。

――高橋監督は『クレヨンしんちゃん』テレビシリーズの演出もされていますが、この『ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん』で劇場版を初めて監督されました。
テレビシリーズとの決定的な違いは、なんでしたか?

高橋 「でっかいことはいいことだ」という言葉があるように、テレビではできない大きなスケールのお話がやれるということですね。と言いつつ、今回は春日部の街の中で完結しちゃってる。映画の舞台としてのスケール感はちょっと小さかったかもしれませんが、物語としては深いものができたと思っています。あとは、1本のお話として完結できる点です。テレビ放送は、もう20年を超えて放送され続けています。でも映画は、それ1本で完結した作品というか、カギカッコでくくることができるんですね。
やってみてわかりましたが、スッキリするんです。

――高橋監督はシンエイ動画に入社してすぐに制作進行として『クレヨンしんちゃん』に関わって以来、演出助手、監督と長年この作品に携わっています。今作の主役である野原ひろしを、どういうキャラクターだと思っていましたか?

高橋 みんな馴染み深いキャラクターばかりですが、特にひろしは同性だし、年も近い。なにより、よくぼやくところが自分に似ていて、感情移入がしやすいキャラクターです。テレビだと、しんのすけとみさえの間に挟まれているかわいそうなお父さん、という感じですけどね。

――ひろしがロボットになるという設定は、高橋監督のアイデアだそうですね。
ひろしを主役にしてあげたいという思いが?

高橋 そうですね。近年ひろしにスポットが当たっていたので、ちょっとしゃくな部分もあったんですけど(笑)。

――ひろしの名言を集めた『野原ひろしの名言 「クレヨンしんちゃん」に学ぶ幸せの作り方』(双葉社)なんて本も出ていましたもんね。

高橋 いろいろ考えましたが、ひろしがメインになるのが一番しっくりきました。ひろしって、それぞれの監督が自分の言葉を乗せやすいキャラクターだと思うんです。作者の臼井儀人さんも、もしかしたらそうだったのかもしれない。
ときどき凛々しいことを言うのも、だからなんじゃないかなって思います。愚痴ったりぼやいたり、飲んで酔っ払ったり、女性にデレデレしたり。そんな人間くさい、泥くさい、足もクサい人間がロボットになったら、面白いことが起こりそうだと思いまして。それに、弱い部分をさらけ出している人間が好きなんです。あと今作では、もっとオヤジギャグを言わせたかったのですが、あまり入れられなかったのが心残りですね(笑)。

――今回の主人公はしんのすけではなく、ひろしということになりますか?

高橋 大きく言うと、主人公はしんのすけとひろしです。
もともとしんのすけは、能動的には動かないキャラクター。一生懸命動いているキャラクターの脇にくっついてちょっかいを出す、というのが基本的なスタイルです。誰かに引っ張られているんだけど、自分のペースを保っている。それが、しんのすけの特徴だと思ってます。引っ張られた先で、おかしなことをしでかして、流れに沿わない、予想もしなかった流れを生み出す。

――それが『クレヨンしんちゃん』の面白さの理由なんですね。初監督をして、新たに発見した魅力はありましたか?

高橋 映像面からいうと、キャラクターの身長が極端ですよね。現実の5歳児より、しんのすけたちはずっと小さい。しんのすけと大人を一緒に入れ込むとなると、画面がゆがんでくる。どうしても嘘をつかざるを得なくなり、画面がダイナミックになる。そのゆがみが、『クレヨンしんちゃん』のアニメーションとしての魅力なんじゃないかなって思います。

――確かに、下からなめるような構図だったり、遠近感を利用したりと、面白い画角になっていますよね。

高橋 ストーリー面でも、しんのすけの重要性に気づかされましたね。生と死を扱ったシビアなお話ですが、揺るがないしんのすけが救ってくれた。子どもの素直な目線がユーモアを生み出したり、複雑な問題を解決する奇抜なヒントを与えてくれたりもします。

――大人が状況に振り回されているのを、しんちゃんたち子どもが冷静に見ている。そんな構図だから、子どもにも大人にもヒットするのでしょうね。

高橋 僕自身は子どもに向けてではなく、家族に向けて作っているつもりなんですよ。お茶の間にいるであろうお子さんと、お父さん、お母さん。大人にしかわからないネタも入れているけど、意味がわからないことがあればお父さんお母さんに聞けばいいわけですし。そこで会話が生まれればいいなと。

――昨年はこの『ロボとーちゃん』と、同じくシンエイ動画製作の『STAND BY MEドラえもん』(山崎貴監督)が大ヒットしましたが、どちらも「大人も泣ける」と言われた作品でした。

高橋 いろいろとあざといなぁって思ってましたけどね(笑)。憎々しく思ってるわけではないのですが、今作は笑いで勝負したい気持ちがありましたので。でも、そういう映画は自分も大好物なもので……。悔しくもあり、うれしくもありです。

――『クレヨンしんちゃん』は泣かせようとしているわけではない、と?

高橋 そうですね。企画の段階から泣ける作品にしようという話は一切出ていないです。でも、絵コンテが完成に近づくにつれて、「ロボひろしとひろしの結末をどうするんだ、真剣にぶつかるしかない」ということで、ああいう形になった。いわゆる感動シーンみたいになっていますが、最初から想定して作ったものではないんですよ。悲しすぎて、拒否反応を示される方もいるだろうとは思いましたが。そこは覚悟していました。

――結果、感動したという声が圧倒的でした。キャラクターの力もありますね。

高橋 長期にわたる漫画、テレビのシリーズでみなさんに親しまれたキャラクターを真っすぐ真剣に描いてあげたいと思っていました。どんな悲しいことにもめげない、力強いキャラクターを生み出した臼井儀人先生のおかげです。

――高橋監督は、もともとアニメ業界を目指していたわけではないそうですね。

高橋 もともとは映画のスタッフになりたかったんです。子どもの頃は周りの友達と同じように、サンライズのロボットアニメや『タイムボカン』などを見ていましたが、中学生ぐらいでアニメは卒業して。高校卒業後は、実写映画の編集技師になろうと映画学校に入りました。裏方として映画のクオリティを高めたいと思っていたんです。

――当時は、どういう映画を作りたいと思っていたんですか?

高橋 小学生ぐらいの頃に見ていた80年代のハリウッド映画が、いまだに好きなんですよ。ハッピーで楽しい、派手なギミックのあるエンタテインメントが好きというのは変わらない。これからもそういう映画を作っていきたいなと思っています。

――シンエイ動画に入社されて直接関わることになった原恵一監督(9作目『モーレツ!オトナ帝国の野望』、10作目『嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦』を監督)と、水島努監督(11作目『嵐を呼ぶ 栄光のヤキニクロード』などを監督)の存在はどのようなものですか?

高橋 毎年恒例のプログラムピクチャーでありながら、挑戦心あふれる映画でしたね。スタッフとして両監督の作品に関わっていましたが、当時の現場は両監督の熱気にあてられて、躁状態だったと思います。内容も結果も良くて、業界歴が浅い自分に、ある種のピークを経験させてくれた両監督を尊敬しています。当時はなかなかコンテをあげてもらえなくて、恨み節ばかりでしたけど。

 僕が入社した当時、原さんって、夕方会社に来て新聞を読んで帰っていくみたいな印象でした(笑)。いい意味で監督っぽくないというか。「監督って呼ばないでほしい」とはよく言っていましたね。飄々としているようで、じっと深いところを見つめているような。水島さんは、とにかくスケジュールを大事にされる方。『嵐を呼ぶ 栄光のヤキニクロード』で初めて水島さんの演出助手としてついたのですが、原画が積み重なっているのを見つけると「なんでこんなにためてるんだ、すぐチェックしろ」と。「スタッフを大事にするように」ともよく言われましたね。当時の僕は生意気だったので。

――生意気だったようには見えないです。

高橋 ゼロからものを生み出す過程も知らずに、「俺ならこうする」とか「ここは違うな」とか言ってたんですよね。できる前じゃなくできた後に。作る側としては、恥ずかしい態度でした。言葉遣いについても怒られました。制作って、みなさんに「原画をやってください」「動画をやってください」ってお願いして回るセクションですが、監督の仕事も本質は同じです。僕は絵もうまく描けないし、声もあてられない。お願いすることしかできないんですよね。あのままでは信頼もされず、演出にも監督にもなれなかったと思うので、叱ってくれた水島さんには本当に感謝しています。

――今後も、監督を続けていきたいと思いますか?

高橋 時々やれればいいなって思います(笑)。パワフルな映画は、欲望をためてからじゃないと作れないような気がして。テレビシリーズでも満足できるんですけど、やっていると「こういうことがやりたいな」って欲が湧いてくる。そういうものをふつふつとため込んで、映画で爆発できたらいいなって思います。

――映画の最後、ロボひろしの視点でしんちゃんを見ているカットがとても好きなんですが、アニメでは珍しい構図ですよね。あれはどんな欲望から生まれたんですか?

高橋 ロボットの主観視点は『ロボコップ』からですが。実はもうひとつ、ゲームからヒントを得たんですよ。プレイヤーの視点で進む『バイオショック』というアメリカ製のゲームがあるんですが、主観視点ならではの感動的な演出に胸を打たれました。今回の作品に生かせるのでは、と思って使わせてもらいました。ゲームは好きで、よく時間を潰すのですが、アニメの演出にもしっかり役立たせることを証明できました(笑)。

――最後に、あらためて、この作品を見る人たちに向けてメッセージをお願いします。

高橋 ケレン味たっぷりのエンタテインメントがやりたいという思いでこれを作りましたが、自分が本当に描きたかったのは家族の理想的な姿だったのかもしれないと、今になって思っています。野原家のような楽しい家庭がたくさん生まれれば、日本は平和になるんじゃないかなって思いますね。
(取材・文=大曲智子)

●『第18回 文化庁メディア芸術祭 受賞作品展』
2015年2月4日(水)~2月15日(日)
会場:六本木 国立新美術館/シネマート六本木/スーパー・デラックス
料金:無料
主催:文化庁メディア芸術祭実行委員会
※開館時間、休館日は会場によって異なります。

『映画クレヨンしんちゃん ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん』上映日時
8(日)12:30-14:15
11(水)17:30-19:55(上映後トークイベントあり)
15(日)10:30-12:10
すべてシネマート六本木にて
http://:j-mediaarts.jp/