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岩田聡がいなければ今の自分はなかった。決してノーと言わない天才プログラマーをマイコン時代から振り返る

2015年7月15日 10時50分 ライター情報:多根清史

ファミコン以前に「マイコン」のカリスマだった岩田さん


いつもと変わらない一日。いつもの日課で塗ったり塗られたり主に潰されに行った『スプラトゥーン』のハイカラシティで、すれ違うイカごとに「岩田さんありがとう」というイラスト入りのメッセージ。百万本のニュース記事より「ああ、本当なんだな……」と喪失感がこみ上げた瞬間でした。
追悼ムードからいつもの空気に戻りつつあるハイカラシティ。僕らが楽しく『スプラトゥーン』を遊ぶことが岩田さんにとっても嬉しいはず……お疲れ様でした、そして有難うございました。

55歳の若さで、濃密すぎる人生を駆け抜けた任天堂の岩田聡さん。2002年に社長に就任してからの13年はあっという間でしたが、筆者は振り返れば30年以上前に間接的に出会ってました。残念ながら一度も面識を得る機会はなかったんですが、岩田さんがいなければ今の自分もなかった…。氏の古巣であるHAL研(HAL研究所)のゲームと出会わなければ。
遡ること1980年代の初め、まだ「パソコン」が普及する以前に「マイコン」と呼ばれていた頃。ナイコン(マイコン持ってない人)だった筆者が親にNECのPC-8001mk2をねだったのは、HAL研の販売した拡張ボード・PCG-8100上で動くアーケードゲーム(ゲームセンターのゲーム)そのままの移植ソフトに一目惚れしたからです。

ヒューレット・パッカードのプログラム電卓でゲームを作って同社をビックリさせた岩田さんが、池袋・西武百貨店のマイコンコーナーで腕を振るって(当時のマイコンは高価で学生が買えなかった)スカウトされ、HAL研に「唯一のプログラマー」としてゲーム作りのバイトに没頭した話は、追悼記事があふれる中で耳タコでしょう。

そのHAL研はソフトだけでなくハードも作れる会社でした。グラフィックのショボいPC-8001に、細かなゲームのキャラクターを表示できるPCG機能を追加したのがPCG-8100という基板。パックマンのようなドット絵をテキスト文字と同じ扱いで動かせるPCGは、キャラが動くたびに画面全体を書き換えるビットマップ方式よりも動作が早かった。PCGはナムコ(現バンダイナムコエンターテイメント)の『ギャラクシアン』(79年)で採用されたスプライト(一定の大きさのドット絵を一つのキャラとして動かす方式)の兄弟のような技術で、アーケードゲーム移植とはとても相性が良かった。

そのハード上で、本物そっくりなソフトまで提供したHAL研は、ゲーセンに行けば補導された少年ゲーマーにとってはカリスマ。岩田さんは同社のサウンドボードに関わっていた証言もあり、その完成度の高さからも、PCGにも深い縁があったと考えていいはず。

ライター情報

多根清史

1967生。『オトナアニメ』(洋泉社)スーパーバイザー/フリーライター。『教養としてのゲーム史』(ちくま新書)『宇宙世紀の政治経済学』(宝島社)など。

URL:Twitter:@bigburn

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