ども、つい最近、自分の部屋でBSとCSが観られる環境を整え、毎日ワクテカしながら番組表をチェックしている近藤です。

BSといえば、わたしが東京に住んでいた頃(入居していたアパートではBSが視聴できた)、毎回欠かさずとまではいかないまでもよく見ていた番組に、NHKのBS2(現在はBSプレミアムに移行)の「週刊ブックレビュー」がある。
同番組はNHKがBSの本放送を開始してまもない1991年から現在にいたるまで、じつに20年にわたって放送されている長寿番組だ。

番組の1コーナーとして本をとりあげたものはちょこちょこ見かけるものの(たとえばテレビ東京系の報道番組「ワールドビジネスサテライト」には「スミスの本棚」というコーナーがある)、テレビの定時番組でまるまる本をテーマにした番組というのは、おそらく60年近い日本のテレビの歴史のなかでもほとんどないのではないか。何しろ出版界にとってテレビは長らく商売敵だったわけだし(いまではそれがネットに取って代わっているわけだけれども)、そのテレビでブックレビューをするということに加えて、特定の商品の広告が許されていないはずのNHKで書籍の宣伝の場という役割を果たしている(本の版元も明示される)点でも同番組はかなり異色だと思う。

「週刊ブックレビュー」の通常放送では前半に、毎回3人のゲストがおすすめの本(新刊・既刊を問わない)を3冊ずつ持ち寄り、そのうち各1冊は皆で合評するというコーナーが設けられている。さらに後半では特集として、作家が自作を語ったり、あるいはその時々の本の世界でのトピックがとりあげられる。とりわけ「合評コーナー」はユニークで、先日わたしがこの番組を久々に見たときも、中田安彦著『日本再占領』を元格闘家の須藤元気が熱っぽく推すのに対し、ノンフィクション作家の長田渚左が「わたしはひとつの見方として読みました」と、同書の内容を何の疑いも挟まず受け取るのはどうかという意味にもとれるコメントをしていたのがちょっとスリリングで面白かった。


先ごろNHKサービスセンターから刊行されたムック『週刊ブックレビュー 20周年記念ブックガイド』の「番組20年のあゆみ」という記事によれば、この「合評コーナー」は苦肉の策で生まれたものらしい。プロデューサーとして同番組の企画、立ち上げに携わった岡野正次は次のように語っている。

《“NHKが選んだ本”となると権威づけと受け取られてしまって難しくなる。だから、あくまで本はゲストに選んでもらうスタイルを考えました》

結果的にこれが功を奏し、番組の自由度・特色へとつながり、時には、ゲスト同士が本の話でエキサイトして喧嘩寸前……という場面も見られるようになったそうだ。現在も同番組の司会を務める作家の藤沢周は、自分が立ち会った回ではこんなことがあったと以下のように語っている。

《若い女性作家が若い人の小説を「これ、本当に面白いんです、こういうところが」って説明するわけ。
で、その隣で年配の評論家の方が「これのどこが面白いの」って。「こんなものがあるからだめなんだよ、日本の小説は」なんて言い始めて。それで「どこがだめなんですか?」って聞くと「もう、言いたくない」なんて言うんです。「いや、言ってください」みたいな感じですごい険悪になったことがありましたね》
(中江有里・室井滋との「司会者座談会」より)

今回のムックでは、特集の全リストなど番組に関するデータのほか、1991年から2011年までの本をめぐる話題が年ごとにまとめられている(今年については「週刊ブックレビュー 2011年特別増刊号」と題して別枠で各回の内容をリストアップ、さらに合評コーナーおよび特集のダイジェストや、司会者および番組常連の書き手たちの選んだ今年のおすすめ本などが収載されている)。20年間の回顧では、毎年のベストセラーや話題の本の紹介をはじめ創刊誌と休刊誌、日本人の平均読書時間・冊数などデータも充実。これとライターの永江朗の「本と本をめぐっての20年」という寄稿をあわせて読めば、いかにこの間にわたしたちと本をめぐる環境が激変したかがわかるだろう。
それ以外にも、過去に出演した作家インタビュー(「自作を語る」)が抄録されているのもうれしい。そのなかには松本清張、井上ひさし、佐野洋子、小松左京と物故者も目立ち、この番組がアーカイブとしての役割も果たしていることを証明している。

「週刊ブックレビュー」ではこの20年間に20人以上もの人が司会を務めてきた(複数の司会者が週替わりで出演しているだけに人数も多い)。しかしそのなかでひとりだけ、番組を代表する“ミスター・ブックレビュー”ともいうべき人物をあげるとするならやはり、1993年4月から今年3月まで丸18年司会を務め、降板直後の5月に急逝した俳優の児玉清ということになるだろう。

児玉というと一般的には、放映開以来36年間務めた「パネルクイズ アタック25」(朝日放送・テレビ朝日系)での司会のほうが、地上波の番組であり放送期間も長い分印象が強いかもしれない。だが、読書家として知られた児玉にとって、「週刊ブックレビュー」は単なる仕事を超えたライフワークのようなものであったろうし、番組にとっても要というべき大きな存在であったに違いない。
それを示すように今回のムックでも、在りし日の児玉をしのぶページが巻末に設けられている。そこでは、番組での共演者やプロデューサー、それからゆかりの作家たちの児玉へのメッセージのほか、昨年11月に放送されたアメリカの作家、ジェフリー・ディーヴァーへのインタビュー(児玉はディーヴァーの著作のほとんどを原書で読んでいたとか)が再録されている。

その生前にかかわりを持った人たちにとって児玉はある意味、恐るべき存在であったようだ。たとえば、藤沢周は前出の座談会でこんなエピソードを打ち明けている。それは、年にいちど番組司会者が集まって各自のおすすめ本を合評するという企画の収録時のこと。ある年、藤沢は児玉のすすめた本があまりにも厚くて、結局完読できなかったという。
ほかの司会者の本には付箋を貼るなど読んだ跡があるのに、藤沢の本にはそれがないことに児玉は気づいたのだろう、一言、「周さんの本、きれいだなあ」と言ったのだとか。冷や汗をかく藤沢の顔が目に浮かぶ。またべつの作家は次のような児玉へのメッセージを寄せている。

《ぼくの本をいつも読んでいただき、しかも褒めていただいて、ありがとうございます。ただ、褒めていただくのは、いつもではありませんでしたよね。といって叱られるわけでもなく、沈黙、なのですよね。
あの沈黙、結構、怖いものがありましたよ》


このメッセージが北方謙三のものだというのが、何だか意外というか衝撃ですらある。ちなみに前出の番組の元プロデューサー・岡崎正次によれば、児玉はすべての本に無条件に惚れていたがゆえに、作品に対しては絶対に悪口を言わなかったという。

わたしのような半端な本好きは、どうしても好きな系統の本、あるいは仕事に少しでも役に立ちそうな本ばかり手に取ってしまいがちだ。だが、児玉ほどの本好きになると選り好みしたり、本から意地でも何かを得ようとしたりなんてことはないらしい。やはり芸能界で一、二を争う読書家として知られる爆笑問題の太田光も、本ムックの巻頭でのインタビュー記事で、《本は、どんなにつまらない本でも面白いから。つまらなかったこと自体が面白いと思うんだよね》と語り、その一例として、村上春樹は嫌いなのにもかかわらず新作が出ると毎回期待しながら読んでいることを明かしている。

太田光は、「週刊ブックレビュー」を初期のころからよく見ていたという。その太田をして児玉清は《どんだけ本が好きなんだよ》とあきれるほどの本好きであった。あるとき同番組を見ていた太田は、オープニングで児玉が《このあいだ、公園で傘をさして本を読んでいたんですけど……》と話しているのを聞いて、笑ってしまったのだとか。

ところで、ここ数年、NHKでは「BSマンガ夜話」や「芸術劇場」といった文化番組があいついで打ち切られている。そんな状況を見るにつけ、「週刊ブックレビュー」だけは何とか続いてほしいとつくづく思う。ベストセラーだけでなく隠れた名著をとりあげたり、めったにテレビに出てこないような書き手が自作について語ったりするこの番組はやはり何物にも代えがたい。続けることによってアーカイブとしての存在価値もますます高まるはずだ。

余談ながら、エキレビ!ライターのひとりである米光一成さんはこの番組で著書がとりあげられたり、取材されたこともあるとか。少なくともわたしが出演を依頼される、もしくは自著が紹介されるまでは、この番組を終わらせないでほしいと、切にお願いするしだいである。(近藤正高)