ある通訳はこう言った───
「サッカーの通訳は言葉をそのまま訳すのが仕事ではない。監督の“情熱(パッション)”を選手に正確に伝えるのが仕事だ」と。


ある熟練ホペイロ(用具係)は新人ホペイロに対して次のように諭した───
「オレたちホペイロは常に選手に寄り添って心置きなく試合に集中できるようサポートするのが仕事だ。子を思う母のように」。

ある審判は選手に「てめぇ、ちゃんと見てんのかよ。オレたちは生活がかかってんだぞ!!」と抗議され、心の中でこうつぶやいた───
「俺にも生活がかかってるんだよ」と。

プロフェッショナルやなぁ~。どの言葉もただただカッコイイ。
もう頭の中では「プロフェッショナル 仕事の流儀」よろしくスガシカオの「Progress」がリフレイン状態ですよ。上記の言葉は実在の人間がしゃべった訳ではなく漫画の中のセリフなんですが、そこに至るまでの描写の細かさによって「実際の通訳や審判もそう感じているんだろうなぁ」という説得力と重みが生まれているんです。
サッカーに携わるそんな裏方の面々……審判、クラブ広報、ホペイロ(用具係)、実況アナウンサー、第3ゴールキーパー、スポーツカメラマン、通訳、ユースコーチ、チームドクター、クラブ社長、ターフキーパー(芝管理人)……という11人それぞれの立場から「サッカーという仕事」にどう携わっているのかを描き出し、裏方ならではの「プロフェッショナルな視点」を通してサッカーの新たな見方を提示してくれるのが実業之日本社から出版された『サッカーの憂鬱~裏方イレブン』です。11人それぞれの仕事内容がしっかり取材・観察されていて、これから実際にサッカーを観る上でも参考になりそうな点が多いのが魅力です。

例えば、第3ゴールキーパー。
ポジションがひとつしかないゴールキーパーの場合、第2キーパーですらなかなか出場機会はないのに、第3キーパーとなれば言わずもがな。
でも不測の事態に備え、常に100%の準備をしなければならないのも第3ゴールキーパー。自らを「準備のプロフェッショナル」と慰めながら……。

例えば、スポーツカメラマン。
90分間の試合の中で生まれるワンプレー、一瞬の邂逅のために800枚以上のカットを収め、試合展開を読みながら望遠レンズと広角レンズを使い分け、フィールドを駆け回りまたシャッターを押す。その重労働によって現地観戦以上の“興奮”と“情報”を読者に伝えてくれています。

例えば、ターフキーパー(芝管理人)。

ただ芝を生育し、伸びた芝を刈ればいいのではなく、時期・天候・生育具合に応じて、
ドリリング用機械/バーチャルカッター/土壌准注用機械/スパイキング用機械/サッチング用機械/ブラッシング用機械/シャッタリング機械……。
という舌を噛みそうになるこれらの機械を使いわけ、あの美しい緑の絨毯を作り出しています。

他8名の仕事の苦労と活躍っぷりに関しては本書に譲りますが、ひとつひとつの「裏方仕事」があってのプロスポーツであることがよくわかります。むしろのその「影」の役割があってこそ、コントラストのように「光=フィールドで活躍する選手」の存在感もより浮かび上がってくるのではないでしょうか。
実際の世界においては、プロになれなかった“元選手”が、それでも「サッカーという仕事」に関わりたくて裏方に就くことが多いと言われます。そして、サッカーを愛するが故の、サッカーを理解しているが故の葛藤・苦労が生まれてくるのだと思います。
「裏方の仕事」をただのキレイ事でまとめるのではなく、そんな辛酸もしっかり描いている点からは、作者のサッカーへの造形の深さと愛情を感じずにはいられません。

作者の能田達規氏は、これまでにも『ORANGE』(全13巻)で地方の弱小クラブの活躍とサポーターの視点を、『オーレ!』(全5巻)では自治体やスポンサー、選手などそれぞれの立場から「サッカークラブの運営」の難しさを表現したりと、独自の目線から日本サッカーの問題点を描き続けています。
今、サッカー漫画と聞くと、監督視点からサッカーを描いた『ジャイアントキリング』が人気です(『ジャイキリ』もだんだん、サポーター、サッカー記者、広報、フロントなど描き方が多角的になってきています)が、能田氏のこれまでの作品からも同様にサッカーの持つ多角的な難しさと面白さを味わえるので是非ともオススメです。
また、『サッカーの憂鬱~裏方イレブン』を読んで「スポーツの世界の裏方」に興味を持った方には、活字でも裏方にスポットを当てた作品がいくつかありますので最後にご紹介したいと思います。

『裏方―物言わぬ主役たち プロ野球職人伝説』(木村公一/角川書店)
審判、スカウト、グラウンドキーパー、トレーナーなど、プロ野球界を陰で支える「裏方」と呼ばれる人々8名を追ったノンフィクション。
『裏方の流儀』(小宮良之/SSコミュニケーションズ)
トレーナー、審判、コーチ、リーグ運営サイドなどなど、スポーツを裏側から支える様々な職種の15人にスポットを当てた作品。
サッカー、野球、競馬、競泳など、職種だけでなく競技も多岐に渡っているのが面白い。
『打撃投手 天才バッターの恋人と呼ばれた男たち』(澤宮優/講談社)
イチロー、清原、松井のそれぞれ打撃投手を務めた男たちの生き様から、日本の野球界にしかない「打撃投手」という地味なプロフェッショナルの仕事にスポットを当てたルポ。

そして私自身も、『サッカーの憂鬱』で裏方の一人として取り上げられていた「実況アナウンサー」を考察するべくインタビューを実践しています。サッカー実況に関しては永田実アナウンサーに、野球実況に関しては石原敬士アナウンサーに話を聞いていますのでこちらも是非!
(オグマナオト)