『ジュンのための6つの小曲』が大傑作。
冒頭を少し長めに引用する。

“一、二、三で目覚める朝を、愛するのは音楽家たちだ。
それは呼ばれるような朝、腕を広げて歓迎されるような朝、一拍の狂いもなく正しい瞬間に目覚めたことを、確かに感じられる朝だ。曇天でも構わない。鳥の声も必要ない。ゆっくり二、三度まばたきをして、そっとシーツの匂いを嗅ぎ、胎児の気分で伸びをして、誰にともなくおはようを囁く─音楽家たちはそれだけで、五線上に生まれついた幸運に胸を震わせることができるのだ。ちょうど今、目覚めたばかりのジュンのように。

本屋で頭から立ち読みして、気づいたら十ページ目まで一気に進んでいて、これは買いだとあわててレジに持っていった。
作者も知らない、どういう小説なのかも知らなかった。
でも、絶対に当たりだと確信し、それは的中した。
作者は、古谷田奈月(こやたなつき)。
2013年、第25回ファンタジーノベル大賞を『今年の贈り物』で受賞。
受賞作を改題し『星の民のクリスマス』でデビュー。

『ジュンのための6つの小曲』は、二冊目の著作だ。
帯の「小説の愉楽、ここにあり!!」という言葉通り、読んでいるあいだずっと楽しい。
主人公は、ジュンという少年。
アホジュンとクラスメートからバカにされている。
友達は、自転車のジュライ。
ジュライに乗って、ジュンは歌う。

“二日前にショッピングモールで仕上げたばかりの歌、『ソリチータ・ソリギョット』だ。ショッピングモールの中央で回り続ける勤勉なエスカレーターへの敬意を歌ったものだが、ジュンが独自に考案した言語による曲名や歌詞の、その正確なニュアンスなどは、当然ながらジュンしか知らない。”
ジュンは、ギターをひくトクと出会う。
トクのギターに勝手にエイプリルと名付けて、エプリルを誘拐する。
本書は、6つのエピソードで、ジュンとトクの奇妙な友情と音楽を描く。
友情? 音楽がふたりを結ぶ、というような友情ではない。

“「『アオ』なんて音じゃ、全然、青い色が出ないよ。アオ、アオ、アオ……青にしては重すぎる感じ。なんか黒みたいだよ。ほんと、黒なら『アオ』って歌ってもいいけど、青では『アオ』って歌えない。だから僕、青いフレーズのところでは、『メ』とか『サ』に近い音をあてるんだ。『エ』もたまに使うけど、青の『エ』は息を吸いながらじゃないと発音できないからちょっと難しい。
あとは、歯のあいだからスーッてやったりもする。色の濃さとか、ほかの色との組み合わせとか、そういうので歌い分けてるんだ」”

自分独自の世界がありすぎて、ジュンは他者と理解しあうことがむずかしい。
トクは、そんなジュンを気持ちわるいと思いもするけど、ギクシャクしながら関わっていく。
音楽をやっているときは、いっしょに夢中になることもある。でも、それで絆が結ばれるわけでもない。
音楽の外部講師としてやってくるイオタ先生も奇妙な人物。

“いいんです。僕にはなんでもわかりづらくて……友人とヒマワリの区別もつかない。不自由でしょう?”
イオタ先生には、ジュンが大きなセキレイに見えるらしい。
“本当に、自分であきれる。セキレイなわけがないですよね。鳥ならアレルギーがでるはずですから。”
イオタ先生は、ジュンを「気持ち悪いんじゃない。怖いの」と言い、ジュンは「イオ先生、怖いから」と言う。
不思議なリズムで話す床屋のカンさん。猪突猛進、大股で歩くトランペットのコマリ。クラスメイトのユーゴ。
登場する人物たちは、だれもがギクシャクと、他者とぶつかってしまう。
言葉の跳躍距離とつながりの気持ちよさに、いつまでも読んでいたいと思わせる物語。
音楽が溢れてくる小説。音楽を聞いているとき以上に音楽が聞こえてきた気持ちになったのは、生まれてはじめてだ。
古谷田奈月『ジュンのための6つの小曲』(新潮社)、幸せな気持ちにつつまれたい人は読んでください。
(米光一成)