2017年2月24日に発売された村上春樹の新作『騎士団長殺し』
どんな話で、どんなあらすじで、そもそも読むべきなの?
というみなさんのために、整理券をもらって23日11:40からに新宿紀伊国屋に並んで0時発売でゲットして、ひとまず徹夜で「第1部 顕われるイデア編」を読みましたよ。

村上春樹『騎士団長殺し』「第1部 顕れるイデア編」を読んでみた

“今日、短い午睡から目覚めたとき、<顔のない男>が私の前にいた。”
『騎士団長殺し』のプロローグは、幻想的なシーンから始まる。
顔のない男が、「肖像を描いてもらいにきたのだ」と私に語る。
『騎士団長殺し』というタイトルとプロローグで、「おおおお、中世ファンタジーなのか?」と驚く。
“靄が突然の疾風に吹き払われるように、一瞬にして空中に消え”る顔のない男。
どんな物語が始まろうとしているのか。


本編が始まると、舞台は現実世界だ。
最初の章で、この物語の枠が語られる。
“その当時、私と妻は結婚生活をいったん解消しており、正式な離婚届に署名捺印もしたのだが、そのあといろいろあって、結局もう一度結婚生活をやり直すことになった。”
『騎士団長殺し』は、この九ヶ月の別離の期間の物語であること。
しかも、その時期は、混乱状態にあったこと。
“この時期のできごとを思い出すとき(そう、私は今から何年か前に起こった一連の出来事の記憶を辿りながら、この文章を書き記している)、ものごとの軽重や遠近やつながり具合が往々にして揺らぎ、不確かなものになってしまうのも、またほんの少し目を離した隙に論理の順序が素早く入れ替わってしまうのも、おそらくはそのせいだ”

「信頼できない語り手」であることが宣言される。
村上春樹『騎士団長殺し』「第1部 顕れるイデア編」を読んでみた
『騎士団長殺し』を待つ列

17ページ。“妻と別れてその谷間に住んでいる八ヶ月ほどのあいだに、私は二人の女性と肉体の関係を持った。どちらも人妻だった。”
いきなり人妻ふたりと肉体関係宣言。
けっこうベッドシーンが多いのである。

18ページ。“最初に関係を持ったのは、二十代後半の背の高い、黒目の大きな女性だった”。彼女とどのようなセックスをしたのかが語られる。
19ページ。“その次に関係を持ったもう一人の人妻は、幸福な家庭生活を送っていた”。こちらも、どのような関係か語られる。

この後も、主人公はモテまくる。
十三歳の少女とのおっぱい&おちんちんトーク。放浪中の名も知らぬ女性とのセックス。
官能的なシーンと、謎で、物語をぐいぐいと引っ張っていく。

“「とても悪いと思うけど、あなたと一緒に暮らすことはこれ以上できそうにない」”
と、妻が別離を言い渡す。
ここから修羅場になって洗いざらい吐き出せばいいのだが、そうはならない。

なぜ別離することになったのか、妻は語らず、私も問い詰めない。
謎として残る。
主人公は、家を出て、赤いプジョーで北海道の各地をあてもなくまわる。
その後、画家の雨田具彦が住んでいた小田原郊外の家に住むことになる。

そこで見つけた『騎士団長殺し』の絵。
なぜ、その絵だけが残されていたのか?
『騎士団長殺し』に描かれた「顔なが」は何者なのか?
『騎士団長殺し』の絵が指し示すのは何なのか?
村上春樹『騎士団長殺し』「第1部 顕れるイデア編」を読んでみた
『騎士団長殺し』0:00発売を告げる掲示

謎は次々と増える。

『騎士団長殺し』を描いた雨田具彦は、なぜ洋画から日本画に転向したのか? 
彼がウィーンに留学したときに何が起こったのか?
谷間を隔てた山頂に住む隣人は何者なのか?
法外な報酬を提示してまで肖像画を依頼してくる男の目的な何か?
深夜、聞こえてくる鈴の音は?
謎、ベッドシーン、美術、謎、ベッドシーン、美術、謎、ベッドシーン。
これは『ダ・ヴィンチ・コード』か?と思うようなサービス満点っぷりだ。
が、主人公はほとんど積極的に移動しないので、アクションミステリにはならない。

村上春樹節炸裂、集大成のような印象すら受ける。
語ることができない何かを巡って旋回する物語の構図は『風の歌を聴け』。
名字が「色を免れる」と書いて免色、名が渉で、免色渉という名の登場人物は、『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を想起させる。(レビュー)
騎士団長は『1Q84』のリトル・ピープル。
モーツァルト『ドン・ジョバンニ』がキーとなっている感じは、ヤナーチェク作曲の「シンフォニエッタ」がキーとなった 『1Q84』。
日本の古典小説とシンクロ(今回は、上田秋成『春雨物語』の「二世の縁」)するところや、女性がやってきて突然セックスをして受胎するくだりは『海辺のカフカ』か。
愛する者の喪失、絶対悪と暴力、影、地の中の空洞といった村上春樹がずっと追い続けているテーマやモチーフもふんだんに盛り込まれている。

村上春樹ファンなら、ぜひ読むがよろし。
そうじゃない人も、話題作だし、読みやすいので、読んでみるとよいと思います。
村上春樹『騎士団長殺し』「第1部 顕れるイデア編」を読んでみた
0時に顕われる本の姿

一人称の語りで、登場人物も多くない。
回想なので時系列順ではないが、混乱するようなことはない。
ゆっくりとていねいに語られるので、一気に読むのではなく、ゆっくりと読み進めてもいいかもしれない。

そして、何より今回は主人公が画家ということで創作の物語なのである。
肖像画を描いた主人公は、絵の依頼主にこう言う。
“「心配しているのは、作品の出来よりはむしろ、ぼくがそこで何を描いてしまったのかということなのです。ぼくは自分を優先するあまり、何か自分が描くべきではないことを描いてしまったのかもしれない。ぼくとしてはそのことを案じているのです」”
さらに、こう言いかけて、やめる。
“そして何か不適切なものをあなたの中から引きずり出してしまったかもしれない。”
我々読者は、『騎士団長殺し』の中に自分自身の顔を見つけることによって、何かを引きずり出されてしまうのだろうか。
「第2部 遷ろうメタファー編」をゾクゾクする気持ちとともに読みます。(テキスト米光一成
村上春樹『騎士団長殺し』「第1部 顕れるイデア編」を読んでみた
無事ゲット!