「本編上映の前に、皆さんに見ていただきたい映像があります」
司会進行のスターチャイルドの池田慎一プロデューサーの言葉のあとで、館内が暗くなります。壇の中央にいた幾原邦彦監督が、舞台袖の方に移動します。

スクリーンに映し出されるピンクの文字。
「TOMOKO KAWAKAMI 1970-2011」

12/8にテアトル新宿で行われた「少女革命ウテナ テアトルAN上映会カシラ」。15周年を迎えたアニメ『少女革命ウテナ』のオールナイトイベントです。チケットは指定席・立ち見席ともに約2分で完売。そんなイベントに、cakesのひらりささんと参戦してきました。
今回のイベントは、待望のBD-BOXの発売を記念したもの。
幾原邦彦監督のトークイベントに、TV版のセレクション上映に、観客へのプレゼント抽選と、あっという間の六時間。幾原監督による上映回のセレクションは、「川上とも子セレクション」と称されています。
川上とも子さんは、『ウテナ』の主役・天上ウテナを演じた声優。他の代表作に『ヒカルの碁』(進藤ヒカル)、『ARIA The ANIMATION』(アテナ・グローリィ)、『AIR』(神尾観鈴)などがあります。
川上さんは2011年6月に病気で亡くなりました。声優界に与えた大きな影響と貢献を讃えて、2012年3月の第6回声優アワードで〈表彰すべき特別な活動〉に対する賞「声優アワード特別賞」を受賞しています。

ウテナは、男装をしているボクっ娘。でも「王子様になるんだ!」と言うのと同じ口で、「ボクは女の子だよ」とあっけらかんと言えてしまう。アンバランスなキャラクターなんです。そのアンバランスさを支えているのが、明るくまっすぐな川上さんの声。『ウテナ』という作品も、ウテナというキャラクターも、川上さんの声を欠かすことはできません。

スクリーンには、川上さんの笑顔の写真が流れています。
音楽は「光さす庭」。この曲は、TV版でも劇場版でも「大切な人との思い出」を象徴するシーンで使われています。
写真がビデオに切り替わります。笑い声のあとに、「もー、遊んでないで仕事してくださーい!」と可愛く怒る川上さん。
そして最後に、「川上とも子は誰よりも少女革命ウテナだ。今も輝いている 幾原邦彦」の文字が出てきます。


「『川上とも子セレクション』ということで、川上とも子さんのコーナーにしようかと思っております。皆さん御存知のように、ウテナ役の川上さんは昨年の6月にお亡くなりになりました。ここからもう一人ゲストをお招きしたいと思います」
池田さんが呼ぶと、原案・漫画担当のさいとうちほ先生がゲストとして登場。川上さんの思い出話に移ります。
幾原「ピュアな声だったよね」
さいとう「漫画で描いていたウテナと全然違うイメージができてたので、びっくりしました。もっとシリアスな感じだと思っていたのに、のんびりしてて(笑)」
幾原「みんなキリッとしてると思ってたんだよね。
オーディションでもそういう演技の人が多かったんだけど、そうじゃないな、宝塚的なニュアンスを越えた、聞いたことのないニュアンスで喋ってくれる人がいいなあと思っていて。その意味では、当時新人であった彼女のピュアさが僕の思っていたオーダーに応えてくれる感じだったのかなあ」
さいとう「私、昨日の夜、仕事しながら一話目からずっと見てたんですけど。そしたら一話目は何もかもが違和感だけで成り立ってるような、すごい作品で…(笑)私の絵もマッチしてるようなしてないような、川上さんの声もマッチしてるようなしてないような、あの音楽(J・A・シーザー)もマッチしてないし、いろんなものがマッチしてない」
幾原「今日これから一話を流すのに!(笑)」
さいとう「でも、異分子だらけのものが、エピソードが重なって、一話ごとにどんどん方向が定まっていくんですよ。良い意味でヘンな方向に。その過程が一話ずつ見ているとよくわかる。監督が『ふつうじゃないもの』をすごく求めてたんだなあっていうのが、みなさんも今日改めて見ると感じられるんじゃないかな」

ここで、もう一人のスペシャルゲストとして、川上さんの母・川上賤子さんが登壇。

「川上とも子が、皆さんの心の中にこういう形で残っているんだなってすごく嬉しかったです」という挨拶のあとに、賤子さんは静かな声で続けます。「でも本当でしたら、私の代わりに、川上とも子がここに立っていなければいけないのに、いないっていうことが悔しいし、残念です。悲しいです」
「『ウテナ』は、幾原監督と、さいとうちほ先生と、川上とも子の、三位一体の作品だと感じています。永遠の命を持ってる立派な作品として、古今東西の名作として、これからもずっと生き続けていくと思うんです」
ウテナ役に選ばれたときの川上さんの様子についてもお話が。
「とも子自身も、初めてなった主役でしたので、この奇妙奇天烈な女の子の役をどういう風に表現したらいいか、すごく悩んでいました。声優になるか女優になるか、悩んでの瀬戸際のときにいただいた役で、『この役をどう表現するかによって、自分のこれからの一生も決まるんじゃないか』と、傍から見ていても可哀相なくらい悩んでおりました。それで最後に辿りついた境地が、とも子が今までずっとやっていた演技の勉強を、声に全部かけようっていうものだった。作品内でだんだん『とも子のウテナ』になってきたってお話をうかがって、彼女はそこまで努力していたんだなあと嬉しく思いました」
そして最後に、病室での川上さんのお話もありました。
「幾原監督とちほさんが、二人揃って病室にお見舞いに来てくださったときに、とも子は、『ああいいなあ、私も早く元気になって、またあの二人と一緒に仕事がしたい!』とずっと言っておりました」
この言葉に、会場にはすすり泣く声が。幾原監督の最新作『輪るピングドラム』に川上さんが出演したがっていたというのは有名な話。もし『ピングドラム』に川上さんが出演していたら、どのキャラクターで、どんなふうに演じたんだろう。桃果かな、それとももっと違うキャラだったのかな…。頭の中に、いろんな「もしも」が浮かびます。

トークイベントが終わったら、セレクション上映に。
今回上映されたのは、「薔薇の花嫁(1話)」「誰がために薔薇は微笑む(2話)」「見果てぬ樹璃(7話)」「永遠があるという城(9話)」「たぶん友情のために(12話)」「黒薔薇の少年たち(14話)」「デュエリストの条件(23話)」「ふたりの永遠黙示録(25話)」「薔薇の封印(34話)」「世界の果て(38話)」「いつか一緒に輝いて(39話)」の11話。
「今回は『川上とも子セレクション』ってことで、『少女革命ウテナ』の全体の流れがわかるような並びと、彼女の声の変遷がわかるような流れになっているかと思います」と語る幾原監督。難解と言われがちな『ウテナ』のストーリーの流れをしっかりと抑えつつ、川上さんの声を堪能できるセレクトです。
ただし、避けられている話もあります。「みんなでチェックしてたらさ、どんどん男性が脱ぎ始めるじゃない(※『ウテナ』では中盤以降、一部男性陣が競い合うように脱ぎ始めます)。かなーり気まずかった! あの気まずさを劇場で共有してもいいんだけど、今回は気まずくならないようにチョイスしました」とのこと。
でも『ウテナ』は一話ごとに脚本や演出の個性が爆発している作品。ファンの中でも好きな回が分かれています。上映前にもひらりささんと「樹璃回を全部やってほしい」「若葉回も!」「枝織……」「『夜を走る王子』を見たらみんなヘコむかな」などなどひとしきり盛り上がってしまうくらい、印象深い回が多いんです。
「あの話が見たかった…」とどうしても考えてしまうファンに、監督からありがたいお言葉がありました。「このセレクションにね、いろいろと不満がある人もいるかもしれないけど…それは家で見よう! ブルーレイでね!」
はい!(最終話の枝織の表情)

『ウテナ』は、スタッフも声優も、今見ると豪華すぎるほど豪華な面々が集まっています。
たとえば、『スタードライバー THE MOVIE』を制作中の榎戸洋司と五十嵐卓哉(風山十五)。
『機龍警察』で日本SF大賞を受賞した月村了衛。
『おおかみこどもの雨と雪』『サマーウォーズ』の細田守(橋本カツヨ)。
そのほかにもエトセトラエトセトラ、今のコンテンツ業界を率いるひとびとばかり。見返す度に「榎戸洋司のウテナ」や「月村了衛のウテナ」が見えてくるんですよ。
制作当時の『ウテナ』について、幾原監督は壇上でこう語っていました。
「チャレンジングな企画だった。スタッフみんなに野心があったよね。僕にも野心があったし、さいとう先生にとっても自分の絵がテレビで動くのは初めてだったし、川上とも子さんにとっても最初の主役の作品だったし。スタッフみんなが若かった」
「大人たちに『これやれよ!』って持ってこられる作品ではなくて、『自分たちが主導してやっていくんだ』っていう気概と希望があった。興奮してたね、スタッフ全員が。『これは俺達がやっていいんだ』って。その反面、大人の人がいないって葛藤もあった。誰も止めてくれないし、軋轢もあったしね。みんなスタッフが言いたいこと言ったので、ものすごいトラブルもあったし、だからこそ熱量の高い作品になったのかなって気もするよね。僕も以前のスタジオを辞めて、フリーでやっていこうとしたし、そういう人たちを集めたし。結果として『熱量の高い作品にしよう』っていう気持ちを、スタッフ全員が共有できた。とても運がよかったし、時代の流れに乗れた自分がいた」
まだ二十代~三十代だった彼らが、百合を否定されたショックで急性胃腸炎で倒れたり、樹璃のことを考えすぎて髪の毛の大半が抜けてしまったり、劇場舞台挨拶後に「終わるのが寂しい」と半べそをかいたりしながら作り上げたアニメ。ファンとしては、「全ての道はウテナに通ず」くらいのことを言いたくなってしまいますね!

さて、今後に控えている展開を、池田Pがどどーんと告知してくれました。
まずはBD-BOX。1/23に上巻、2/27に下巻が発売。HDリマスターなので画質も(劇場で流しても大丈夫なほど!)キレイ。また、音声も、DVD-BOX版では5.1chのみでしたが、BDでは2ch(ステレオ)の仕様も追加されます。
冬コミ(12/29~12/31)では、スターチャイルドの企業ブースでチュチュのぬいぐるみが販売。ウテナのドールも制作進行中。また、杉並アニメーションミュージアムで、背景美術を担当した小林七郎氏の展示会(12/19~4/13)もあります。『ウテナ』の決闘曲のJ・A・シーザー氏率いる「万有引力」の公演も5/23に。
ほかにも、CD-BOXの再販(「池ちゃん、オレCD-BOX友だちにあげちゃったからさー、手元にないんだよね。それってけっこう悲しくない? 持ってない人も多そうだし、検討してほしいな~」「そんなに言うなら検討しますよ!」という会話が壇上で)や、劇場イベント(違うセレクションでの上映)なども企画中。
そして最大のイベントは、来年の春。幾原監督の押し入れやさいとう先生の屋根裏部屋から発掘された(?)ウテナの原画やセル画などの展示会が行われるとのこと。詳細は決まり次第公式サイトで告知されるそうです。
まさに怒濤のウテナフェア。…今からウテナ貯金はじめます!
(青柳美帆子)