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アニメ映画「百日紅」原作者・杉浦日向子の天才性

2015年5月10日 10時50分

ライター情報:近藤正高

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杉浦日向子『百日紅』上・下(ちくま文庫)
浮世絵師・お栄(応為)とその父の北斎を描いた同作は、1983年11月より88年1月まで「漫画サンデー」に連載された。そのタイトルは、梅雨明けから秋にかけてたくさんの花を咲かせ続ける百日紅に、多作の北斎をなぞらえたものだという。お栄と北斎を描いた作品にはこのほか、山本昌代の小説『応為坦坦録』などがある。杉浦と山本は2歳違いのほぼ同世代、しかも『応為坦坦録』の初出は「文藝」1983年12月号と、『百日紅』の連載が始まったのとほとんど同時だ。これは偶然なのか、それともこのころ、20代の女性がお栄に惹きつけられる何かきっかけがあったのだろうか。

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きのう5月9日より、原恵一監督のアニメ映画「百日紅(さるすべり)~Miss HOKUSAI~」の公開が全国で始まった。原作は杉浦日向子のマンガで、江戸時代の浮世絵師・お栄(画号は応為)とその父親・葛飾北斎を中心に物語が展開する。今回の映画でお栄と北斎を演じるのは杏と松重豊だ(おや、月9ドラマ「デート~恋とはどんなものかしら~」の父娘ではありませんか)。

原作者の杉浦日向子が2005年に46歳で亡くなってから、今年でちょうど10年が経つ。そのためか、『百日紅』のほか、今秋には『合葬』の実写映画版(小林達夫監督、渡辺あや脚本、柳楽優弥・瀬戸康史主演)の公開が予定されるなど杉浦作品の映画化の企画があいついでいる。

この機会に、原作の『百日紅』を十数年ぶりに再読した。1980年代に雑誌に連載されたこのマンガは、全30話それぞれが独立した連作である。現在出ているちくま文庫版では、上巻に「其の一」から「其の十五」まで、下巻に「其の十六」から「其の三十」までが収録されている。

『百日紅』の舞台は文化11年の江戸、西暦でいえば1814年ということになる。当年とって55歳の北斎に対し、お栄は23歳。もっとも彼女の生没年は不詳だから、これは杉浦の推定だろう。年表をひもとけば、この年、「隅田川花御所染」が初演された歌舞伎作家・四代目鶴屋南北は実力・人気とも絶頂にあり、曲亭馬琴は大長編小説『南総里見八犬伝』を世に送り始める。江戸を中心とした文化が爛熟期を迎えようとしていたこのころ、北斎は馬琴の読本(よみほん)の挿絵も数多く手がけていた。人物・動物・器物などあらゆるものを対象とした絵手本『北斎漫画』の初編が出版されたのもこの年のこと。なお、北斎畢生の名作「富嶽三十六景」のシリーズが発表されるのはもう少しあと、まだ15年あまり待たねばならない。

作中に登場するのは、お栄と北斎のほか、北斎の弟子で居候の池田善次郎(のちの渓斎英泉。映画では濱田岳が演じる)、10代にして売れっ子絵師の歌川国直(同、高良健吾)など。国直は北斎のライバル・歌川豊国の弟子にもかかわらず、北斎を慕ってしょっちゅう家にやって来る。

この北斎とお栄の家というのがまた散らかり放題で、絵の依頼主を連れて来宅した版元の主人など、よく見れば着物が汚れないよう畳の上に敷物を広げて座っている(「其の二 ほうき」)。親子そろって片づけられない性分なのだからしかたない。

ライター情報

近藤正高

ライター。1976年生まれ。エキレビ!では歴史・科学からドラマ・アイドルまで手広く執筆。著書に『タモリと戦後ニッポン』(講談社現代新書)など。愛知県在住。

URL:Culture Vulture

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