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「わたしを離さないで」原作との違いがはっきり出る三角関係、森の殺人事件

2016年1月29日 09時50分

ライター情報:杉江松恋

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第1話の結末で衝撃的な種明かしをしたドラマ『わたしを離さないで』は、視聴者にどう受け止められたのだろうか。カズオ・イシグロの原作小説では、ページ数の1/3が経過したあたりで読者につきつけられる事実なのだが、ドラマ制作者は物語の最初の山場である種明かしを第1話にもってこようと判断したようだ。
『忘れられた巨人』カズオ イシグロ/早川書房

原作は穏やかな学園小説として始まる


第2話では種明かし以前のページに戻ってエピソードが拾われることになった。ただしそれに収まらず、ドラマ独自の要素も付け加えられることになったのである。原作で作者は、まずヘールシャム(ドラマにおける陽光学苑)の日々を穏やかに描いていくことに専念している。主人公キャシー・H(ドラマにおける恭子)とルース(ドラマにおける美和)の関係が描かれるのもこの部分だ。ドラマには出て来ないが第四章の終わり、ルースがキャシー・Hに話しかけ、乗馬ごっこに誘う場面が印象的である。キャシー・Hに対してルースは自分の馬に乗せてやると言う。

──わたしはルースが差し出した透明の手綱を受け取り、二人して金網沿いに行ったり来たりしはじめました。ときにキャンターで、ときにはギャロップで。わたしは、馬がいないと言っておいてよかった、と思いました。というのは、しばらくブランブルに乗ったあと、ルースはほかの馬にも次々に乗せてくれたからです。一頭ずつ、乗っているわたしに大声で指示も出してくれました。その馬には、こういう癖があるから、こう乗らないとだめ、と。(土屋政雄訳)

乗馬ごっこを楽しんだ後、ルースはキャシー・Hを「ジェラルディン先生の秘密親衛隊員」に加えるのである。ジェラルディン先生はドラマでは甲本雅裕が演じる山本先生だ。こうした形で、キャシー・Hはルースの影響力の下に入っていくことになる。子供同士の綱引きのような力関係、意味のないタブーやルールに縛られた独自の世界観、そういったものが穏やかな物語として綴られた後に「種明かし」があったから、原作の読者は衝撃を受けたのだ。そして、この幼年時代についての回想が、小説全体を通して伴奏のように主人公たちの行動につきまとい、作品の色彩を淡く柔らかなものにすることに寄与している。

森の殺人事件の恐怖


原作に比べるとドラマ版はより怜悧で、暗いブルーのような色彩に覆われている感じだ。恭子(キャシー・H)と美和(ルース)の関係も第2話から本格的に動き始めたが、友彦(原作におけるトミー)をめぐる三角関係の恋愛模様を描く方向にドラマは舵を切るようだ。

ライター情報

杉江松恋

1968年生まれ。小説書評と東方Projectに命を賭けるフリーライター。あちこちに連載しています。

URL:Twitter:@from41tohomania

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