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手塚治虫が描いた先祖はどこまで真実か「ファミリーヒストリー」

2016年2月12日 10時00分

ライター情報:近藤正高

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NHK総合のドキュメンタリー番組「ファミリーヒストリー」(金曜よる10時~)は、各界の著名人の肉親の歴史を探る番組だ。その調査はいつも緻密で、出演者本人も知らなかったような事実が次々とあきらかにされる。本日(2月12日)放送分に登場するのはヴィジュアリストの手塚眞。彼の父親がマンガの神様・手塚治虫(1928~89)であることはよく知られる。番組では手塚家のルーツをたどりながら、治虫をはじめ先祖にまつわる秘話が紹介されるという。

手塚家のルーツは『平家物語』にも登場する名武将?


「父は漫画の神様 ルーツは平安の武将」というのが今回の番組のサブタイトルだ。この「平安の武将」にピンと来た人もいるかもしれない。そう、日本の古典文学を代表する軍記物『平家物語』には、手塚太郎光盛(?~1184)という武将が出てくる。光盛は信濃(長野県)の人で、平安末期の源平合戦では源(木曽)義仲にしたがった。寿永2年(1183)6月の加賀(石川県)・篠原の戦いでは平氏方の斎藤実盛(さねもり)を討ち、歴史にその名を残す。すでに平氏の敗戦色は濃く、死を覚悟した斎藤が、武人の誉れをまっとうするべく老齢とわからぬよう白髪を黒く染めて出陣したことは、『平家物語』の名場面の一つだ(巻第七のうち「実盛」)。
手塚治虫『弁慶』。20代前半の手塚治虫による初期作品。ちなみに同作発表の1951年には、『鉄腕アトム』の原型である『アトム大使』の連載も始まった

その斎藤実盛を討った手塚光盛は、手塚治虫の先祖ともいわれ、彼のマンガにも何度か登場した。1951年、若き治虫による児童向けの歴史物『弁慶』(講談社版「手塚治虫漫画全集」第41巻)では、光盛が一ノ谷の戦いの場面にひとコマのみの出演、源義経の陣にあって弁慶に声をかける。弁慶から「おお手塚の太郎光盛か」と応じられるその姿は、馬上で甲冑こそつけているものの、大きな鼻にメガネをかけ、画板や筆(ペン?)のようなものまで持っており、治虫の自画像そのものだ。

ただし、寿永3年2月の一ノ谷の戦い、それも義経の陣に手塚光盛がいるということは残念ながら史実ではありえない(作者の遊びにツッコミを入れるのは野暮だけど)。というのも、その前月に光盛は、ほかならぬ義経らの軍に追われて近江(滋賀県)で敗死しているからだ。義仲軍は前年7月に平氏を西へ追いやり京に入ったものの、これと前後してひそかに手を結んだ後白河法皇と源頼朝が義仲討伐に乗り出し、追われる側へと転じていた。

手塚光盛は、『弁慶』より四半世紀ほどあとの作品である『火の鳥 乱世編』(1978~80年)にも出てくる。

ライター情報

近藤正高

ライター。1976年生まれ。エキレビ!では歴史・科学からドラマ・アイドルまで手広く執筆。著書に『タモリと戦後ニッポン』(講談社現代新書)など。愛知県在住。

URL:Culture Vulture

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