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「わたしを離さないで」9話。仮面をかなぐりすてた三浦春馬

2016年3月18日 09時50分

ライター情報:杉江松恋

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「わたしを離さないで」の世界にも桐野夏生が存在することを確認した。

図書室のミステリー小説棚が映ったのだが、そこにあったのが桐野『バラカ』、長岡弘樹『教場2』、辻村深月『きのうの影踏み』、薬丸岳『Aではない君と』などの諸作だった。あの世界にもミステリーってあるのね、と思った次第である。

カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』を原作とするドラマには大きな変化があった。すでに酒井美和(原作のルース。水川あさみ・演)は「提供」の使命を終え、後に「心から愛し合っているカップルには猶予が与えられる」という噂にすがる2人、保科恭子(原作のキャシー・H。綾瀬はるか・演)と土井友彦(原作のトミー。三浦春馬・演)だけが残されたのである。そして第9話では彼らに、その「猶予」についての真実がつきつけられた。

夢の果てにあったもの


これまで先延ばしにしてきた陽光学苑(原作におけるヘールシャム)設立の謎が、ついに明かされた回だった。特に驚かされたのは恵美子先生(原作におけるエミリ先生。麻生祐未・演)が自身の出自について告白した内容で、これはドラマの完全なオリジナルである。
それ以外の台詞はほぼ原作に忠実だった。快適な暮らしを求める人々は決して不快な存在を視野に入れない、自分と同じ魂を持った人間とは認めようとはしない、という現実認識は、第6話で真実(まなみ)が絶望の中で見せつけられた真実(しんじつ)を裏付けるものだろう。真実は死を賭して周囲の人々を呼び集め、その事実に目を向けさせようとしたのだが、あえなく挫折した。また、美和や友彦たちが縋ってきたものも、その厳然たる事実を希望の力で変えられるのではないか(正確に言えば、変えられないかもしれないが、憐れみをかけてもらえるのではないか)という淡い夢だった。恵美子先生の告白は、そうしたものに、現実の側からの苦い回答をつきつけたことになる。

ドラマ「わたしを離さないで」の巧い点は、救いと絶望とを交互に繰り出して視聴者の感情を操ることであり、1話の中の展開でそれをやる場合もあれば、今回のように週をまたいだ大きな形で起伏が訪れることもある。前回、死を前に恐怖する美和に恭子がかけた言葉は、空疎なものに見えていた陽光学苑の教えが、実は一抹の救いをもたらすものではないか、と視聴者に感じさせるものだった。9話では、それがふたたび裏返されたのである。帰途についた車中で友彦が漏らした一言にすべてが集約されていたように思う。

ライター情報

杉江松恋

1968年生まれ。小説書評と東方Projectに命を賭けるフリーライター。あちこちに連載しています。

URL:Twitter:@from41tohomania

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