大人が深夜に観るアニメとしてちょうど良いという評判の『舟を編む』。三浦しをん原作、辞書作りに没頭する編集者たちの姿を描いた物語だ。

「ヘンタイ」は昔、褒め言葉だった「舟を編む」今夜5話
「潮風」CD/岡崎体育

先週放送の第4話「漸進」は「ぜんしん」と読む。「ざんしん」と読んじゃった人は手を挙げて! 10年はかかると言われる辞書作りと、主人公の馬締(まじめ)光也(演:櫻井孝宏)と香具矢(演:坂本真綾)の恋路が、どちらもじわっと前に進むお話だった。

『大渡海』編集中止のリユウ


前半では、辞書『大渡海』制作中止の噂に対する辞書編集部の奮闘が描かれる。制作中止の大きな理由は「予算」だ。先ほど完成まで10年かかると書いたが、その間は利益が生まれないということになる。それでも社員の馬締と西岡(演:神谷浩史)に対する給料は支払わなければいけないし、嘱託の荒木(演:金尾哲夫)、契約社員の佐々木さん(演:榊原良子)への報酬も発生する。

仮に給与を30万円とすると、30万円×4人×12ヶ月×10年=1億4400万円! さらに執筆料などの編集コスト、紙代、印刷代のハードコストもかかる。
辞書が完成しなければ、お金が出て行くばかりで入ってこない状況が続く。辞書づくりは金を食うのだ。

実際には『玄武学習国語辞典』という小中学生向けの辞典を売って稼いでいるが、それだけでは足りないというのが上層部の判断なのだろう。制作に時間がかかる映画やゲームソフトなどのモデルに近いが、辞書は莫大な収益をもたらすわけではなく、出版社としての姿勢、社会的な意義のほうが強い。逆に言えば、会社の経営が傾けば、真っ先に整理の対象になる可能性が高い。

辞書編集部は、西岡の発案で、辞書原稿の外部発注を前倒しで行い、既成事実を作ってしまうという少々乱暴な手で窮地を乗り切ろうとする。
『大渡海』の編集が進んでいることが広く知られてしまえば、(体裁を気にしがちな)出版社はやすやすと中止にはできないだろうという読みだ。

西岡は溌剌と原稿発注のための外回りを続け、馬締は執筆要領(原稿執筆の指示書のようなもの)の作成に勤しむ。少ない人数だが、荒木の言うとおり、適材適所、バランスのとれた良いチームに見える。西岡と三好麗美(演:斎藤千和)の会話からは、西岡が馬締に一目置いていることがわかる。

なお、西岡が馬締の辞書つくりの姿勢に対して使う「ヘンタイ」という言葉について、本作の辞書制作監修・サブタイトル語釈を行う飯間浩明は「昔から音楽関係者の一部の間で褒めことばでした」とツイートしている。

飯間はシンガーソングライターの谷山浩子が1989年に著書で〈「アイツってヘンタイだから」と言う時、それは「ヘンでおもしろい」と言ってホメてるのだ〉と書いている例を上げているが、なるほど、たしかに1982年に刊行された糸井重里責任編集『ヘンタイよいこ新聞』(雑誌『ビックリハウス』の読者投稿欄をまとめたもの)という本のタイトルで使われている「ヘンタイ」は褒め言葉だった。


しかし、今では「ヘンタイ」という言葉は「変態性欲」という意味を強く想像させるし、欧米で「HENTAI」といえば二次元ポルノを示す言葉として流通している。言葉の意味は常に変わっていくし、辞書つくりには終わりがない。

岡崎体育大暴れ! 期間限定公開の「潮風」MV


後半では、馬締と香具矢の遊園地デートの模様が描かれる。とは言っても、はしゃぐ部分は一切ない。二人で淡々と観覧車(東京ドームシティにあるラクーアの観覧車がモデル)に乗って語り合うだけだ。

「観覧車って料理を作ることに似てる。
どんなに美味しい料理を作っても、終わりじゃなくて、そこが始まり」
「それは……」
「完璧な料理や、本当の完成ってないんだよね」
「それでも、香具矢さんは……」
「うん、作りたい。作り続けたい」
「同じです! 辞書も、辞書作りも」
「……うん」
「僕、遊園地の乗り物の中で、観覧車が、一番好きです」
「私も」

なになに、いい雰囲気なの? と思った瞬間、香具矢の姿が文字の奔流の向こうに消えていってしまう。そう、馬締が恋文を書こうとしているのだ! というところで次回に続く。

なお、GYAOにて11月30日までの期間限定で公開されているOPテーマ「潮風」のMVが傑作なので『舟を編む』ファンは必見! ちゃんと歌詞にあわせて『舟を編む』のシーンが再現されているのだが、後半になると、岡崎体育本人(そっくり!)が『大渡海』を持って歌い踊り、馬締のように言葉の海で溺れ、香具矢のように満月の前で猫を抱く(猫が嫌がっているのがツボ)。爆笑必至。

本日放送の第5話は「揺蕩う」。
読めますか?
(大山くまお)