ツボを心得たイギリス製ゾンビ映画の佳作、それが『ディストピア パンドラの少女』である。
ゾンビ映画「ディストピア パンドラの少女」感染者だらけのロンドンの凄惨

一捻りが効いたイギリス産ゾンビ映画最新作


映画は場所も時代もよくわからない地下施設から始まる。そこにはオレンジ色の囚人服のようなものを着せられた子供たちが監獄さながらの建造物の中に収監されていた。
移動の際は拘束具付きの車椅子に乗せられ、手足と頭を固定されたまま従順に教育を受ける子供たち。しかし一度人間の匂いを嗅ぐと凶暴化、人体に噛み付こうとする。

子供たちの一人メラニーは、ある日施設の兵士たちによって監獄から連れ出され、別の棟にある実験施設に移送される。そこで初めて、メラニーは外の世界を目にする。外には思考能力を無くし生きた肉のみを求めてさまよう人々「ハングリーズ」が大量に歩き回り、メラニーたちが暮らしていたのはフェンスに囲まれた基地の中だった。メラニーら子供たちはハングリーズ化を引き起こす菌に感染したにも関わらず思考力を保つ、「二番目の子供たち(セカンド・チルドレン)」であり、基地では彼らからワクチンを作り出す実験が行われていたのだ。

メラニーがワクチン作りのための犠牲になる寸前でハングリーズの群れが侵入、基地は陥落してしまう。チルドレンたちの教師ヘレン、シビアな軍人であるパークス軍曹とその部下ギャラガー一等兵、ワクチンの研究者コールドウェル博士らはメラニーを連れて脱出に成功するが、それは別の基地を求めてさまよう旅の始まりでもあった。果たしてワクチン作りは成功するのか。メラニーらはどうなってしまうのか。

イギリスというのはツイストの効いたゾンビ映画を作る国で、感染拡大の間主人公がずっと昏睡していたというギミックの『28日後…』やその続編『28週後…』のシリーズ、ゾンビコメディの傑作『ショーン・オブ・ザ・デッド』、老人VSゾンビの『ロンドンゾンビ紀行』、古典文学ミーツゾンビの『高慢と偏見とゾンビ』など、ちょっと変わったゾンビ映画生産国として知られる。『ディストピア』もそれに連なる作品だ。


『ディストピア』の魅力は、まず第一に前半のセカンド・チルドレンたちに関する描写のシャープさだ。子供たちがオレンジ色の囚人服にクロックスを着せられ、拘束具にライフルを抱えた兵士たちの監視がつくという物々しさはインパクト抜群。コンクリ打ちっ放しの地下施設の寒々しさや貧相すぎる食事(おれは虫が苦手なのであそこが一番きつかったです)などダイレクトにつらさが伝わってくる描写で、観客に「なんでこの子たちがこんな目に……」という疑問を自然に抱かせる。

映画の1/3程度が終わったところでこの疑問は解消されるわけだけど、そこで『ディストピア』は次のフェーズ、つまり「この後実際どうすんの?」という段階に入る。この観客の疑問を段階的に切り替えていく脚本はなかなか見事だ。

滅亡フェチも納得の「終わってる感」


ゾンビ映画の魅力といえば「世界の終わり」をお手軽に見られるところだ。世界が終わる描写が好きでたまらないという滅亡フェチみたいな人が世の中にはいるのだけど、そういう趣味の観点から見ても『ディストピア』は抜かりがない。

まず、軍隊の基地が陥落する間際にメラニーたちがトラックで逃げ出すシーン。後ろから大量のゾンビが追っかけてくるんだけど、そこで走るのが見渡す限り何もない原っぱなのである。この「ゾンビ以外誰もいない、だら〜っとした原っぱ」のビジュアルは超大事。特に説明しなくてもその映像があれば滅亡フェチの人たちは「うわっ! 滅んでる!」と喜ぶのである。

その後、メラニーらは感染者だらけのロンドンを突っ切って移動することになる。
『ディストピア』のゾンビは物音に反応するまではずーっと微動だにせず突っ立っており、獲物が立てる音を聞くと途端に突っ走ってきて噛み付いてくるというタイプ。だから大都市ロンドンの通りには、大量の感染者がずらーっと立ち並んでいる。音を立てないよう注意しながら、その隙間を縫ってメラニーたちは歩くことになる。

半分死体になっちゃった人たちが無音のロンドンで大量に立ち並んでいるというビジュアルの世界の終わり感はなかなか強烈。観客に「これはアカンわ」と一発で納得させるだけの力がある。

そしてこの半ば終わった世界の再建が、メラニーを材料にしたワクチンを作ることができるかにかかっているわけである。結末がどうなるかはここでは書けない。書けないけど、とにかく『ディストピア』が全編を通して描いた「世界の終わり」の質感はかなり好み。やっぱゾンビ映画はいい感じに滅亡を演出できるか次第で出来が違ってくるよな〜と再認識した次第である。

ただ、邦題はちょっと違うというか、これはいわゆるディストピアじゃないでしょと思った。原作小説の邦題は映画のサブタイトルになっている『パンドラの少女』なんだそうで、そっちの方が内容にはリンクしているかも。
(しげる)
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