プレミアムフライデーは格差を拡大させる「官制賃下げ」【勝部元気のウェブ時評】
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毎月月末の金曜日の終業時間を午後3時に早めるよう企業に呼びかける「プレミアムフライデー」が明日2月24日からスタートします。この政策は、アメリカの「ブラックフライデー(感謝祭の翌日の金曜日に消費が増える現象)」にあやかり、早期退社を促すことで、消費喚起につなげることが狙いのようです。


これに対して、巷では以下のような疑問の声や批判的な声があがっています。

「そんなことよりも優先するべき課題がたくさんある」
「休みがあっても結局は家で休息するだけで経済政策として大した効果は見込めない」
「定時にすら帰れていないのに無理を言うな」
「長時間労働が発生する根本的な構造を変えない限り別の日時にしわ寄せが行くだけ」

プレミアムフライデーは非正規雇用者に対する「官制賃下げ」


確かにどれもその通りです。ですが、それ以上に私は、プレミアムフライデーはマイナス面の大きい政策ではないかと危惧しています。それは非正規雇用者の収入減を伴うからです。

簡単にシミュレーションしてみましょう。9時半~18時の1日7.5時間(休憩1時間)、月21日間、時給1,500円で働く派遣社員のAさんの当初の月給は236,250円。ところが、プレミアムフライデー導入によって、3時間の労働時間減少=月4,500円の収入減の231,750円となります。


月4,500円というと大したことない数字に思えるかもしれませんが、1日あたり214円の減少で、1時間あたり29.13円の減少です。春闘で勝ち取れば成功とも思われるべき金額が、しれっとここで減額されているわけです。つまり、プレミアムフライデーは、それを実施した企業の非正規雇用者にとっては「官制賃下げ」なのです。


プレミアムフライデーは正規雇用者しか見ていない


それに対して正規雇用者に関しては、プレミアムフライデーが実施されても、給与の額は据え置きとのこと。正規雇用者の所得が変わらないのに、非正規雇用者の所得が減るわけですから、正規非正規の格差は拡大します。そして非正規雇用者の多くは若者や女性が占めているわけですから、結局は世代間格差やジェンダー格差が拡大するでしょう。

副業をしようにもプレミアムフライデーの時間だけ別の仕事を入れるというのはまず困難に等しい。
偶然見つかったとしても、雇用主(派遣会社等も含む)が副業を禁止しているケースも多いわけですから、自己で収入を回復する手段はほぼ皆無です。

安倍政権は同一労働同一賃金を掲げて非正規雇用者の改善を訴えていますが、プレミアムフライデーに関してはむしろ格差を拡大させる真逆の政策ではないでしょうか。


プレミアムフライデーよりも有給消化率を上げるべき


確かに資金的に余暇をある人の消費が増えるならば、経済を刺激する政策としてある程度の効果は見込めるのかもしれませんし、長時間労働を是正することには賛成です。でも、プレミアムフライデーには上記のように非正規雇用者の収入減という強い副作用を発生される仕組みが存在します。それは、「一斉に休む」というところです。一斉に休むから非正規雇用者を監督する人がいなくなり、非正規雇用者も強制的に休みにさせられます。

では、どうすれば良いのでしょうか? プレミアムフライデーを導入する企業には時給で働く非正規雇用者にも定時までの給与を支給することを義務付けるということも手段の一つかもしれませんが、それよりもやはり欧州諸国が行っているような「王道」を進めるべきでしょう。


それは、有給休暇消化率100%を目指して、それを高めること。有給休暇であれば「一斉に休む」ということはほぼ無いわけですから、非正規雇用者も強制的に休みを取らなければならないということはありません。2016年の「Expedia有給休暇・国際比較調査」によると、日本の有給休暇消化率は調査対象の28カ国中で最低の50%ですから、まずはここから改善して行くことが妥当だと思うのです。


景気刺激策よりも経済のベースアップを


さらに、余暇ができることで恩恵を受けるであろう外食産業やレジャー産業の雇用を考えても、有給休暇消化のほうが圧倒的に望ましいと思います。というのも、プレミアムフライデーのような景気を刺激するキャンペーンによって客数が増加した際、それに伴って人員確保が必要になるところも多いと思いますが、事業者はどうやって人員を確保するのかと言えば、当然非正規労働者の一時的な補充です。

月末の金曜日という限られた日にしか需要が増えないわけですから、事業者側も恒常的な人員を配置するわけにはいかず、非正規労働者の一時的な補充で済ませることが望ましいと考えるのは至極当然のことでしょう。

それに対して、有給休暇であれば各々が自分の予定に合わせて休暇を取るので、その恩恵を受ける外食産業やレジャー産業に対する需要が平準化する傾向にあると思います。
外食産業やレジャー産業からしても、特定日に繁忙期となるよりも、需要が平準化してベースアップしてくれたほうが正規雇用者を雇いやすいわけです。

このような側面からしても、政策として行うことは景気刺激策によってわざわざ繁忙期を増やすことではなく、需要を平準化させた上で全体を底上げする方向が正解ではないでしょうか?


プレミアムフライデーよりも「ギビングチューズデー」


なお、「経済が活性化すれば当然その恩恵が非正規雇用者にも向かう」という主張をする人もいるかもしれませんが、現状としては新聞で企業の最高益更新が踊る中で、厳しい生活を強いられている非正規雇用者が多々いる状況はさほど改善がされていないわけですから、活性化策だけでは恩恵を得るのは一部の層というのが現実でしょう。

そもそも、社会的弱者への富の再配分をするならば、最初からガッツリと再配分を目的とした施策をすれば良いと思うのです。たとえば、以前ブログとそれを転載したハフィントンポストの記事で紹介した「ギビングチューズデー」は、アメリカでプレミアムフライデーの消費主義に対抗して起こった運動で、寄付を目的とした消費を促しています。

このようなキャンペーンならば富の再配分をより強く促すものですから、プレミアムフライデーよりも何倍も効果があるわけですが、なぜそのような仕組みには言及しないのでしょうか? 結局のところ、「恩恵が非正規雇用者にも向かう」という主張は、「お為ごかし」に過ぎないのではないかと疑われても不思議ではないと思うのです。


格差を広げる障壁を取り除く経済政策が必要です


今回はプレミアムフライデーの副作用に関して扱ってきましたが、私は経済成長を志向すること自体には反対ではありません。安倍首相の掲げるGDP目標600兆円に対して「福祉より経済を優先している」と批判する人も多いですが、先進諸国との一人当たりGDPの差を考えれば、むしろ目標が低過ぎとさえ思っています。
北欧諸国を見れば一目瞭然で、高福祉と経済はトレードオフではないですから。

ただし、残念ながら導入されるものには、プレミアムフライデーのような「栄養ドリンク政策」が目立ちます。もちろんそのような景気浮揚策は一時的な効果はあっても、構造的な問題にメスを入れなければ、現状はさほど変わりません。一部が盛り上がった気になっているだけでおしまいです。

資源が無いヨーロッパ諸国が人的投資を徹底的に進めているように、同じく資源の無い日本も徹底的な人的投資を進める必要があると思います。そのためにはやはり現状の正規・非正規格差、世代間格差、男女格差を広げている「障壁」を取り払い、経済全体をベースアップさせることが、やるべき王道の手段ではないのでしょうか?
(勝部元気)